――ゴトン。
そんな音が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。
空耳かもしれない。
幻聴かもしれない。
日も暮れて真っ暗になった帰り道。
僕はひとり、ぼんやりと歩いている。
そんな中聞こえた、異音。
道路の端には、違法駐車している黒い普通車が見える。
音の出所は、そこか?
人が乗っている気配はない。
車中の物が自然に落ちた――そんな風に考えるのが普通だろうか。
しかし僕は、そこで下らないことを考え始める。
例えばこういうのはどうだろう。
あの狭そうなトランクには、ロープで縛られ口を塞がれた美少女が捕らえられているのだ。
身代金目的の誘拐だろうか。
それともストーカーの仕業だろうか。
そしてその少女は、助けを求めて精一杯体をよじる。
思うように動かない体を、精一杯に。
やっとのことで出せた、僅かな救命信号――それが、異音の正体。
偶然にも音に気付いた僕は、そうと知らず車を調べ、トランクに捕らわれた少女を助ける。
僕は驚きながらも、少女の拘束を解く。
――そして最後はやはり誘拐犯とのバトルだ。
自分の車の異常に気付き、その場に戻ってくる誘拐犯。
奴はもちろん、事件を知った僕を殺そうとする!
隠し持ったナイフで襲いかかるが、僕はそれを巧みにかわし、逆に誘拐犯をやっつける。
犯人を警察に引渡すと、少女は涙を浮かべながら僕に感謝の言葉を述べる。
当然のことをしたまでですよ、と僕はあくまで自然体で答える。
そして二人、笑ってハッピーエンド。
そんな、ベタで痛快で幸せな物語。
うん、いいじゃないか。
僕は、自分の妄想に満足する。
しかし、あんな小さな物音ひとつでよくもまあ話を広げたものだ。
いつものことといえばいつものことなのだが。
誰もいないのをいいことに、にへらと笑みを浮かべてみたり。
ん?
僕の視界に、何かが映る。
少女が捕らえられている――という妄想をした、トランク。
そのわずかな隙間から、何やら液体が滴り、アスファルトへポタリポタリと・・・。
あれは。
――血。
街灯の頼りない光に映しだされた液体の色は、赤銅色。
古いワインのような、だけどかすかに粘り気を帯びた。
「いや、ないない」
僕はそれを見なかったことにして、足早にその場を去った。
大事件なんて、妄想の中だけで十分だ。
現実にはお呼びでないのである。
そんな音が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。
空耳かもしれない。
幻聴かもしれない。
日も暮れて真っ暗になった帰り道。
僕はひとり、ぼんやりと歩いている。
そんな中聞こえた、異音。
道路の端には、違法駐車している黒い普通車が見える。
音の出所は、そこか?
人が乗っている気配はない。
車中の物が自然に落ちた――そんな風に考えるのが普通だろうか。
しかし僕は、そこで下らないことを考え始める。
例えばこういうのはどうだろう。
あの狭そうなトランクには、ロープで縛られ口を塞がれた美少女が捕らえられているのだ。
身代金目的の誘拐だろうか。
それともストーカーの仕業だろうか。
そしてその少女は、助けを求めて精一杯体をよじる。
思うように動かない体を、精一杯に。
やっとのことで出せた、僅かな救命信号――それが、異音の正体。
偶然にも音に気付いた僕は、そうと知らず車を調べ、トランクに捕らわれた少女を助ける。
僕は驚きながらも、少女の拘束を解く。
――そして最後はやはり誘拐犯とのバトルだ。
自分の車の異常に気付き、その場に戻ってくる誘拐犯。
奴はもちろん、事件を知った僕を殺そうとする!
隠し持ったナイフで襲いかかるが、僕はそれを巧みにかわし、逆に誘拐犯をやっつける。
犯人を警察に引渡すと、少女は涙を浮かべながら僕に感謝の言葉を述べる。
当然のことをしたまでですよ、と僕はあくまで自然体で答える。
そして二人、笑ってハッピーエンド。
そんな、ベタで痛快で幸せな物語。
うん、いいじゃないか。
僕は、自分の妄想に満足する。
しかし、あんな小さな物音ひとつでよくもまあ話を広げたものだ。
いつものことといえばいつものことなのだが。
誰もいないのをいいことに、にへらと笑みを浮かべてみたり。
ん?
僕の視界に、何かが映る。
少女が捕らえられている――という妄想をした、トランク。
そのわずかな隙間から、何やら液体が滴り、アスファルトへポタリポタリと・・・。
あれは。
――血。
街灯の頼りない光に映しだされた液体の色は、赤銅色。
古いワインのような、だけどかすかに粘り気を帯びた。
「いや、ないない」
僕はそれを見なかったことにして、足早にその場を去った。
大事件なんて、妄想の中だけで十分だ。
現実にはお呼びでないのである。