魂のロードマップはあなたの中にあります

本当は毎日生まれ変わっているのが私たち
いつだって限りない可能性の光が満ち溢れている

ポカポカ&ぬくぬく~

2021年01月08日 | 日記
この冬から使い始めました。

湯たんぽ♡


電気毛布は苦手。
靴下をはいて寝るのも苦手。
厚手のパジャマも落ち着かない。
でも、足先が冷える…。


湯たんぽ、使ってみようかなぁと思っていたら出会いがありました。

フィンランド西部の町Lapuaにて。
1973年に創業したテキスタイルメーカーLapuan Kankurit の湯たんぽ。


まず、ゴム製なので柔らかい。

また「ウールによって保温性が高められ、長時間温もりを持続させてくれます」
とあるように、伝わってくる温かさが程よくて本当に気持ちいいんです。

湯たんぽの中のボトルは、
ヨーロッパの厳しい安全基準をクリアしたドイツFashy社のもの。
国際特許を取得している気密性の高いボトルキャップで、
柔らかいボトルでも水漏れなく安心して使えます。
(ちなみに夏は冷たい水を入れて水枕としても利用出来るらしい)


寝る30分ぐらい前に布団の中に入れておけばいい塩梅の温かさで、ほこほこ。

足元で温かさを楽しんだら、脇腹のあたりに移動させたり、お腹の上に乗せたり。
体温が高い動物?みたいな感覚(カバーがウールだから尚更そう感じるのかな)

安全のために、80℃以上のお湯の使用はNGとなっています。
うちは電気ケトルでお湯を沸かしてから、
ボトルに入れやすいように別の耐熱容器に移し替えています。
数分すると大体80℃ぐらいになっているので面倒には感じません。

唯一、カバーがウールなので毛玉が出来ることが難点かな…。


使い始めてからは、毎晩布団に入るのが楽しみ(*^_^*)
優れものとの出会いで大満足!





誰も間違っていない

2021年01月06日 | 目覚め
「私のことをわかってほしい」
「私のことを理解してほしい」
近い関係であればあるほどそう思う。

その結果、相手の言動によっては
「なんでわかってくれないの」
「どうして理解してくれないの」
とついつい感情的になりがち。


でも、よくよく見ていくと…。
この「わかってほしい」とか「理解してほしい」って。
言い方を変えると、私と「同じ」であってほしいという気持ちでしかない。
(心の安全地帯となる人が必要ないということではありません)

何が「同じ」であってほしいかと言うと。
私と「同じ考え方」で「同じ価値観」であってほしいということ。
これが近しい間柄だと、気づかないうちに「あるべき」になってしまう。


人はそれぞれ考え方や価値観が違うと頭でわかっていても…。
その違いを実際素直に受け入れられるかと言うと難しい。

相手とやり取りする中で自分とは違う…というだけで、
まるで存在そのものを否定されてしまったかのように感じてしまう。
そして「あなたは間違っている」と相手を責める。

また相手に対して「私と同じであるべき」と思っていると、
今度は自分も相手の何もかもを受け入れなければならない。
それが出来なければ私は駄目な人間なんだ…となってしまう。
そして「私が間違っている」と自分を責める。


相手を責める、もしくは自分を責める。
その時に出てくる罪悪感や嫌悪感を誤魔化す為に、言い訳を並べ立てる。


このループを断ち切る為には?
相手とコミュニケーションを図るしかないと思う。

とは言え、その時の状況もある。
相手から物理的に「離れる」ということを選択したほうがいい場合もあるので、一概には言えない。
なので、コミュニケーションが全てとは思わない。


でも、相手とコミュニケーションを図る前にもっと大事なことがある。


それが、自分自身との対話。
これ…ただ掘りさえすればいいのかというとそうではない。
見当違いのところを延々と掘り続けても、さらに道に迷う。


自分が何をどう感じているのか。

本当は、どうしたかったのか。

そして、これからどうしたいのか。


ここが自覚できないと、次へは進めない。
でも、それすら曖昧な言葉で覆い隠すことに慣れている。
なので、なかなか気づくことが出来ない。


一人であれこれ思い悩んでも、無意識に偏った思考を客観的に見るのは難しい。
さらに、(他人の目から見た)正解なのか不正解なのか。
「無い」答えを探そうとするのでいつまで経っても決断する勇気が出ない。


だから現状が変わらない。


誰だって相手を責めたり、自分を責めたりしたくない。
愛と平和の世界を体験したい。
ならば、自分の心の声に耳を傾けてほしい。


「時間」は大切なあなたの「命」なのだから。





平和は自分の心の中から始まる

2021年01月04日 | 日記
一昨日、フッとある方のブログが気になって見にいきました。

ホワイトクロウさんこと、服部幸恵さん。

私がチャネリングを始めるきっかけとなった方で、 
2011年に幸恵さんが開催したチャネリングマスタ-コース第1期生としてお世話になりました。


ご存知の方もいらっしゃると思いますが。
幸恵さんは昨年11月30日、59歳で旅立たれました。

そのひと月前に行われたYou Tubeライブ。
その配信がブログの記事としてあがっていたので拝聴させていただきました。


食道癌の放射線治療の後遺症・瘢痕による食道狭窄。
話しづらい状態でいらっしゃったと思います。

それでも1時間半にわたるトークライブでメッセージを伝え、
ご自身の想いも話され、聞き入っている時間はあっという間でした。


昨日、今年最初のセッションに向かいながら、
幸恵さんの「平和」に対する願いを思い出していました。


「まずは自分の心の中から平和は始まる」
そんなメッセージを私自身受け取りました。

それは自分の中に生じる葛藤を少なくしていくことなのではないかと思います。
葛藤そのものが悪だとは思いません。
どう対処していくかを教えてくれるヒントになるわけですから。


その為に、私が出来ること。
それが、ご本人も気づいていない本質からのメッセージを伝えること。


幸恵さんが大切にされていたことがあります。

ヒーラーやチャネラーは「進行役」のようなもの。
決断されたクライアントさんのサポートをすること。
そのことを忘れずに、自分が誰かを癒しているわけではなく
「問題解決の流れをつくる役割」ということ。


そして、チャネラーの鉄則として次のように述べていらっしゃいます。

自分が何を感じようが、何を思おうが。
観たもの、受け取ったメッセージは必ず伝える。
素直に正直に誠実にお伝えすること。

ただ、お伝えする者のスキルとして。
いろんな勉強をしておいてメッセージの補足説明が出来る様にして
「伝える、腑に落とす」努力をしハイヤーさんの佳きパートナーとなること。



仕事始めの前日、亡き師匠からエールをいただいたようでした。
今年も、お一人でも多くのご縁ある方にメッセージをお届けしたい。
あらためてそう思えたことに感謝です。



心で呼吸する・・・

2021年01月01日 | 日記
2021年が始まりました。

昨年末から年始にかけて繰り返し来ていたヴィジョンがあります。
抽象的なものでしたが、私の中で新たな「スイッチ」が入った感じ。

あえて言葉で言い表すとしたら「心で呼吸する」。
京都の名刹「法然院」第31代貫主・梶田真章さんの言葉。

すっかり忘れていたのに、突然フッと思い出されたのです。
5年前にこの言葉と出会った時は、ぼんやりとした感覚。
今は、その時とは全く違って…よりリアルに響きます。

それは昨年様々な出来事があったからこそ。
有無を言わさず自分の心の中に分け入っていく体験が続き、
特に「執着」「依存」に関してはメッセージをガンガンもらいました。
時に、ぐうの音も出ないこともありましたが、気づきへと繋がることばかり。

そしてさらに、親の姿を通して…忌み嫌っていたものが、
まぎれもなく私自身の姿でもあり、それを受け入れた時、
不安と罪悪感が薄れ、安堵感(解放感)が広がりました。
そこからものの見かた、捉え方がどんどん刷新されていきました。


自分を解き放ち、しなやかに、やわらかく…「心で呼吸する」。


また、梶田真章さんの言葉になりますが。
「自信のとなりに高慢があり、謙虚のとなりに卑下がある」

自分を「見ていく」ことは大事だけど、「わたし」にこだわりすぎるな。
そんな風にもおっしゃっています。

こだわりも…また強すぎると自分が苦しくなる。
言い換えると。
自分を見ることは大事だけど、自分の「正しさ」にこだわりすぎるな。
ということなのかな。

「心で呼吸する」。
この言葉で私の2021年は始まります。

本年もどうぞよろしくお願い致します。