或上人不値客人事
年來道心深して念佛をこたらぬ聖ありけり。相知た
りける人の對面せんとてわざと尋て來りければ、大切に
暇ふたがりたる事ありてゑあひ奉るましきと云。弟子
あやしと思て其人歸て後なむ本意なくては歸し給へ
るぞ。指合事も見侍らぬをと云へば、あひ難して人身
を得たり。此度生死を離て極樂に生れんと思ふ。
是身にとりて極まりたる営とり。何事か是に過たる
大事あらむとぞ云ける。此事あまりきびく覚ゆるは我心の
をよばぬべし。
坐禅三昧經云
今日営此事明日造彼事樂者不觀苦不覺死賊
至云云。世中にある人さすがに後世を思ざるなし。けう
は此事をせん。あすは彼事を営まむと思ふほどに無常の
かたきや漸近づきて命を失事をば知ざる也。
※坐禅三昧經 鳩摩羅什編。