2022年にニュージーランドで、1928~1967年に生まれた170万人について、2018年半ばまでの30年間にわたる健康記録を調べたところ、
ある種の精神疾患(不安障害やうつ病、双極性障害)を診断されたことのある人は、診断されたことのない人に比べて、
最終的に認知症を発症する率が約4倍(統合失調症などの精神病では6倍)にもなること、
逆に認知症になった人のなかで、精神疾患のある人は、認知症発症が5-6年早いことがわかったそうです[Richmond-Raker et als. 2022;Wallis
2022]。
精神科治療薬の長期服用が関連している可能性もおそらく考えないといけませんが、
まずそれ以前に、両者の遺伝的な危険因子の共有の可能性が強くあるとみられ、
現にアルツハイマー病に関連する遺伝子マーカーと、双極性障害・大うつ病に関連する遺伝子マーカーが部分的に重なっていることが
近年判明しているようです[Richmond-Raker et als. 2022]。
むしろ重要な危険因子と考えられるのは、精神疾患に伴なう長期的なストレスの方で、
長期的ストレスによる海馬の損傷はすでによく言及されてきましたが、
もっと一般的に精神疾患の患者は「認知的予備力」(cognitive reserve)が小さく、
ストレスでシナプス結合が減少したところに加齢による喪失が加わると、ほどなく認知症症状が現われるといいます[Wallis 2022]。
またこれらの患者では、運動不足や過剰飲酒、社会的つながりの困難なども多く、これらも危険因子として見逃せません。
ちなみに「認知的予備力」とは、脳に認知症に相当する病変があるにもかかわらず、認知症の明らかな症状がないような場合、
その脳の損傷を相殺し、通常どおりに機能し、生きている間は病気の症状を示さずにすむ、脳の余分な力をいいます。
認知的予備力が高い人は、認知症やパーキンソン病、多発性硬化症、脳卒中などの症状をよりよく防ぐことができ、
ストレス、手術、環境中の毒素など予期しないライフイベントにさらされた場合にも、より長く機能するのに役立ちます。
若いうちに創造的な趣味や社会参加、運動などをしていると、このように老後の認知機能の維持に役立つといわれています。
つまりは精神疾患そのものが問題というよりも、精神疾患患者が生活上抱えるさまざまな問題が認知症の危険因子として欠かせないわけで、
イギリスのLancet誌が主導する「認知症予防委員会」(Commission on dementia prevention)は、2020年に、社会がそうした危険因子のうち、
12の「修正可能な危険因子」(うつ病、粗末な社会的支援、教育水準の低さなど)にもっと適切に対処するのであれば、
認知症10例のうち4例までを未然に防げるか、または発症を遅らせることができると推算しているとのことです[Wallis 2022]。
つまり認知症は、精神疾患を持つ人々に社会が十分に受け入れないことの結果としても、多分に発症する疾患なのです。
<文献>
Richmond-Rakerd, L. S., D’Souza, S., Milne, B. J., Caspi, A. & Moffit, T. E.,2022 Longitudinal Associations of Mental Disorders With Dementia : 30-Year Analysis of 1.7 Million
New Zealand Citizens, in JAMA Psychiatry, vol. 79, no.4, pp.333-40.
Wallis, C., 2022 Mental Illness and Dementia, in Scientific American, vol.327, no.1, p.25. =編集部訳、2023「心の病と認知症――精神疾患が認知症のリスクを高める理由が
判明」『日経サイエンス』第53巻1号、p.29。
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