硫黄島の天山慰霊碑の中心の慰霊の碑の石に乗っている基礎部分の岩のまわりには玉砂利が敷かれています。その四隅のうちの一か所は地熱が高くて水蒸気が上がっています。この慰霊碑の下には天山壕という壕が続いています。なぜか毎年、この1か所だけが熱くなって水蒸気を出しています。
硫黄島の天山慰霊碑にはご遺骨が東京に運ばれるまでに一時収容されるのにも使われると言われる納骨堂があります。今は入れませんが、8年ぐらい前には堂の中に入ったことがあります。その時にご遺骨はなく、壁面いっぱいの棚に英霊の名簿が置かれていました。この写真は納骨堂の横にある石の台です。
貨物廠の壕の入口の上部です。戦前に在住していて軍属として硫黄島に残されて犠牲になった八十余人のうちの十数人が亡くなったと言われています。島民や将兵が犠牲になった場所や慰霊碑などでは、お線香やお供物に加えて、たっぷりのお水を注いでお参りをします。激戦中に水が足りない非常に過酷な環境の中での戦闘の末に亡くなっていったからです。
この写真の下の方が壕の入口になります。毎年のこの慰霊墓参への参加者の中に、この壕でご兄弟を亡くされたという方々もいらっしゃって、時間をかけてお水をあげながらのお祈りがされます。人物が写ってしまう写真はできるだけ撮りたくないと思っているので、なかなか壕の入口の写真は撮れない年があります。
この写真の下の方が壕の入口になります。毎年のこの慰霊墓参への参加者の中に、この壕でご兄弟を亡くされたという方々もいらっしゃって、時間をかけてお水をあげながらのお祈りがされます。人物が写ってしまう写真はできるだけ撮りたくないと思っているので、なかなか壕の入口の写真は撮れない年があります。
硫黄島の貨物廠の近くのオオタニワタリです。この植物は上に陽射しを覆う木々がある場所でも大きく生長しているのを、あちらこちらで良くみます。硫黄島などでは、このオオタニワタリの葉を牛の飼料にしていたそうです。