Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

肺動脈カテーテルは不滅です(2)

2011-07-03 15:37:25 | 循環
好評発売中の雑誌Intensivist4月号( http://www.medsi.co.jp/books/products/detail.php?product_id=3214 )の中のコラム「肺動脈カテーテル(PAC)必要説:やはり肺動脈カテーテルは集中治療に必要である」の「冒頭の意地悪な質問」に対する解答のつづき。

Q1~Q3までは「肺動脈カテーテルは不滅です(1)」( http://blog.goo.ne.jp/jseptic/e/00070391949d7b1c3331502caea2b24d )を参照してください。

Q4: 肺動脈破裂を防ぐために有効な予防手段は何か

重要なことは以下。

1. PACが留置されている間は、PA圧を持続的にモニターする
2. モニターを見る
3. 波形の意味を理解する
4. 少量(1 ml程度以内の)空気を入れただけでウエッジする位置は深い
5. 人工心肺開始時には少し引き抜く
6. バルーンをやたらめったら膨らまさない
7. 膨らましたバルーンは確実にデフレートする

などでしょうね。胸部写真で先端位置を定期的に確認することもみなさんおやりになっていると思いますが、左右の肺動脈主幹部に先端があればよいと思います。また、一般常識として、どの程度PACを深くいれたらバルーン閉塞位置に到達するかも知っておく必要があります。右内頸静脈穿刺部からですと、小さい体格、心臓の方で40cm程度、大きな体格、心臓でも60cmを越えると“恐い”。

「確かな目、慎重さを持つ人による持続的モニター」とまとめることができるでしょう。


Q5: PAOPと肺動脈拡張期圧(PAEDP)の相関が悪くなるのはどのような病態か?

PAOPの解釈を正しく行うためには、PAOPとPAEDPが相関しない状況ばかりでなく、PAOPが左室拡張終期圧(LVEDP)と解離する状況も理解しておく必要があります。これらを理解しておくと、PACを使用しない場合でも、最終的な目標である左室前負荷、すなわち左室拡張末期容量(LVEDV)の適正化を考える大きなヒントになります。以下簡単に。

1. PAOP > LVEDP
僧帽弁狭窄、閉鎖不全、左房粘液腫( LAP > LVEDP)
肺静脈疾患( PAOP > LAP)
高いPEEP( PAOP > LAP)

2. PAOP < LVEDP
左室コンプライアンス低下(LAP < LVEDP)
大動脈弁閉鎖不全(LAPのa 波 < LVEDP:拡張末期の早期僧帽弁閉鎖)

3. PAOP < PAEDP
肺高血圧、肺性心、肺塞栓症


Q6: PEEP付加時のPAOP測定をどのようにおこなうべきか? 測定値をどのように解釈すべきか?

答えは、一般的には無視して(PEEPをかけたまま呼吸回路をはずさずに)そのまま測定し、呼気終末の時点のa波の平均を採用すればよい、だと思います。

理由はいくつかありますが、以下。
 
生理学的には、まず理想的なPAOPを測定するポイント(肺動脈を閉塞する位置)はWest zone 3(肺動脈圧 > 肺毛細血管圧 > 肺胞圧)かつ左房レベル以下と言われ、その領域でバルーンが拡張し肺動脈を閉塞すれば、その先端から左房まで連なる一続きの血管コラムが作られ、内圧が反映されるはずです。PEEPを高くして、先端がWest zone 3の状態をはずれる場合には、肺胞内圧が反映され、PAOPの呼吸性変動の方が肺動脈圧の呼吸性変動よりも大きくなることでわかるともいわれます(UpToDate Pulmonary artery catheterization: Interpretation of tracings)。
 
昔、PEEPをかけたときの真の血管内圧をPAOP値から推測する簡易式として、肺コンプライアンスの正常な患者においては、かけたPEEPの2分の1をPAOP実測値から引く、ARDSのような肺コンプライアンスの悪い患者では、かけたPEEPの4分の1を実測値から引くなんていうことも教わりましたが(Miller‘s Anesthesia)、臨床上この簡易式をマジメに使っている場面に出くわしたことはありません。
 
実際臨床の現場では、以下のように考えておけばよいと思います。

1. PAOPは所詮指標の一つであり、常にその他の指標ととともに用いる総合判断が求められる
2. 数字そのものよりも、経時的トレンドやボーラス投与による時間的変化が大切
3. PEEPを外すことのデメリット(肺胞の虚脱およびそれにともなう低酸素血症)の方が大きい(ので、多くのエキスパートはPEEPを外して測定することを推薦しません。余談ですが、個人的にはPAOPやCVP測定のために頭部をフラットにすることもしません。頭部挙上されている場合 [というかいつでもですが]、トランスデューサーの位置を心臓の高さに合わせます)
4. 原理的には、PAOPが高いPEEPによる高い肺胞圧を反映するような状況では、適正な左心前負荷を得るためには十分に高い血管圧(肺静脈圧)が必要です。つまり十分な容量負荷が必要というわけですが、容量負荷は肺水分量、間質圧も上げてしまうので、高いPEEPが必要なガスが悪い患者に気軽に容量負荷は行いにくい。適切な状況判断、総合判断が重要です


Q7: 心機能の良好な患者が陽圧換気中と自発呼吸中でPAOPが8mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?

仮に8mmHgという結果が得られたとします。これを低値と考えて全例に輸液すべきでしょうか。

上述の議論から、陽圧換気、PEEPの影響により、PAOPは多かれ少なかれ上昇します。また上記の議論から、陽圧換気中は原則的に十分な容量負荷が必要にもなります。したがって、血行動態管理上の目安となるターゲットのPAOPは、陽圧換気中の方が自発呼吸患者よりも高くなるはずです。SSCGガイドライン2008でも、PAOPではなくCVPですが自発呼吸中は8mmHg以上、陽圧換気中は12mmHg以上としています(ちなみにPACをルーチーンには使わないように推薦していますね:グレード1A)。

たとえば心機能の良い自発呼吸患者が何らかの理由でPAOPを測定した場合8mmHgはおそらく十分でしょうが、敗血症性ショック患者で陽圧換気中ならもっと輸液が必要だ、となるはずですよね。

いずれにしてもそのほかの各種の血行動態パラメーター(平均動脈圧、脈拍数、尿量、皮膚の指針・触診、乳酸、混合静脈血酸素飽和度などなど)、次に述べる病勢、時間経過などからの総合判断が大切です。


Q8: ショック発症0日、5日でそれぞれPAOPが12mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?

以下、若干乱暴な議論をお許しいただけますよう。
 
ショック発症初期では、PAOPが12mmHgのように“まだ容量負荷をしても許される”だろう、“容量負荷を行って心拍出量が増加することが期待できそうな”患者を見たとしたら、さらに容量負荷を行って最も心拍出量が出るPAOPを探るべきと思います。
 
逆にショック発症5日に、同じPAOPが12mmHgという数字を見ても、輸液負荷をせずに逆に水を絞り、利尿をかけなければならないこともあるでしょう。たとえば、すでに利尿期に入り、利尿をかけてもかけてもPAOPが下がらない(間質から血管内に余剰水分がモービライズされている)状態が考えられます。

もう少し欲しい情報としては以下のようなものが上げられるでしょう。

1. ショック初期には陽圧換気していたが今は自発呼吸かもしれません(前述)
2. 病態が安定してカテコラミンがオフになっているかもしれませんし、逆に依然としてショックを離脱できていないかもしれません
3. 肺酸素化能が良いかもしれませんしこれ以上後がないほどに悪いかもしれません
4. 心拍出量、乳酸、尿量などのその他の循環の指標が、良い値かもしれませんし、不十分な値かもしれません

しつこいですが、「常に総合判断」が求められているのです。

もう一つ余談ですが、ある一つの心拍出量データを見たときに、その数字が基準範囲内に収まっていれば良いのでしょうか。そうではないですよね。この議論も上記と同様です。つまり、そのときに最適な心拍出量は、病態、経過によって変わってくるはずです。敗血症性ショックや肝不全の患者の心係数が3.0L/分/m2と正常範囲でも、もしかしたら不十分かもしれませんよね。逆に心係数が2.0L/分/m2でも、意識清明、尿が良く出て、乳酸も高くない、その他文句のつけようがないこともあるでしょう。

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