知的財産研究室

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共有特許権と損害賠償

2011-12-26 19:52:31 | 特許権

 

共有特許権と損害賠償

1 はじめに

本稿は、宮脇正晴教授の論文(「共有にかかる特許権が侵害された場合の損害額の算定」:AIPPI平成23年11月号)に触発されて、筆者の損害賠償についての見解(特許法102条各項の解釈)を共有特許権の場合に当てはめるものである。

2 特許法102条各項の解釈

そもそも、侵害行為(議論の単純化のため「販売」行為に限定する)と損害との事実的因果関係(条件関係)を判断するためには、現実の侵害行為を取り去った上で、適法行為を仮定した場合に特許権者が利益を得られたか否かを検討するのである 。従って、議論のポイントは、特許権侵害の局面において、現実の侵害行為を取り去った後に、法が期待する行為として如何なる行為(状況)を想定するかである。一般論としては、法が期待する行為として、①「特許権者による製品の販売」と②「特許権者の許諾の下における侵害者による製品の販売」を仮定することができる 。この①に対応するのが特許法102条1項及び2項であり、②に対応するのが同3項である。そして、何らかの事情により、侵害者による販売数量の全部又は一部について「特許権者による製品の販売」(①)が仮定できないものの、残部(控除された部分)については「特許権者の許諾の下における侵害者による製品の販売」(②)を仮定することが可能な事案においては、1項による損害額の算定に際し、「実施の能力」又は「販売することができないとする事情」により控除された侵害品の譲渡数量分について、3項を適用することが許されることになる(以上の構造は2項と3項との関係にも妥当する)。 

3 共有特許について

特許が共有(議論の単純化のために共有者は2名とする)の場合、共有者はそれぞれ、単独の実施が可能である一方(特許法73条2項)、実施許諾については、相手方の同意が必要となる(同条3項)。

4 共有特許と損害賠償

以上の共有特許の特殊性を考慮すると、共有特許の場合の特許法102条各項に基づく損害額の算定は以下のようになると思われる。

4-1 102条1項による算定

102条1項による算定は、侵害行為を取り去った場合、法が期待する行為として、特許権者による販売を想定するものである。そして、共有特許の場合にいかなる状況を想定するかは、共有者全員が実施している場合と一人のみが実施している場合とで異なってくる(同条2項による算定についても同様のロジックが妥当する)。

4-1-1 共有者全員が実施している場合

この場合には、侵害者の販売数量を共有者間の実施割合により案分して割り付けることが合理的であることは自明であろう(実施割合説)。、

4-1-2 一人のみが実施している場合

この場合には、原則として、侵害者の販売数量を実施している一人の共有者(以下{P})が全て販売するという状況を想定するのが合理的である。この想定が及ばない場合には、その限度で、Pの想定販売数量が減少し、減少分は共有特許権者の承諾を得て販売されたものとして、同条3項により損害額を算定することになる。

 

4-2 102条3項による算定

共有特許をライセンスする場合、共有者各自が受領するライセンス料は持ち分割合に応じて計算されるのが通常である。

3項に基づき損害賠償額を算定する場合も同様であり、共有者間に特約がない限り、侵害者が許諾を得るべきであった販売数量について相当の実施料率と持分割合を乗じることにより、各共有者の損害額が算定される。

4-3 具体例による検討

4-3-1 具体例1

以上の私見を宮脇論文が提示する具体例(同731ページ。以下「具体例1」)に当てはめてみる。

宮脇論文が提示する具体例は、以下のとおり。

① 甲と乙とが持分2分の1で特許権を共有している。

② 甲7,乙3の割合で特許製品が販売されている。

③ 侵害品が100個販売されている。

4-3-1 102条1項による算定

この場合、森分割合説によるべきであるから、甲は70個、乙が30個販売できたことを前提として、これらにそれぞれの単位利益率を乗じることにより損害額を算定する。もっとも、甲乙それぞれについて、1項但書きにより、想定販売数量が減少することがあり、この分は、3項により算定される損害額の基礎となる。

4-3-2 102条3項による算定

具体例1を変形して、甲の販売能力は50個に限定されるとする。この場合、20個については、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもってて仮定できる限り、侵害者が甲乙双方からライセンスを得て販売することが想定されることになり、甲の損害額は、50個に相当の実施料と70%を乗じた金額、乙の損害額は、50個に相当の実施料と30%を乗じた金額となる。そして、損害賠償額を最大化することが合理的行動といえるから、通常の場合、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもって仮定できると思われる。

4-3-2 具体例2

次に、乙が不実施の場合(その他の条件は具体例1と同じ。以下「具体例3」)について検討する。

(1)102条1項による算定

この場合、甲は100個販売できたことを前提として、これに単位利益率を乗じることにより損害額を算定する。もっとも、1項但書きにより、想定販売数量が減少することがあり、この分は、3項により算定される損害額の基礎となる。

(2)102条3項による算定

具体例2を変形して、甲の販売能力は50個に限定されるとする。この場合、20個については、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもって仮定できる限り、侵害者が甲乙双方のライセンスを得て販売することが想定されることになり、甲の損害額は、50個に相当の実施料と70%を乗じた金額、乙の損害額は、50個に相当の実施料と30%を乗じた金額となる。そして、損害賠償額を最大化することが合理的行動といえるから、通常の場合、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもって仮定できると思われる。

4-3-3 具体例3

さらに、乙が提訴していない場合(その他の条件は具体例1と同じ。以下「具体例3」)について検討する。

(1)102条1項による算定

この場合、甲は70個販売できたことを前提として、これに単位利益率を乗じることにより損害額を算定する。もっとも、1項但書きにより、想定販売数量が減少することがあり、この分は、3項により算定される損害額の基礎となる。

(2)102条3項による算定

具体例3を変形して、甲の販売能力は50個に限定されるとする。この場合、20個については、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもって仮定できる限り、侵害者が甲乙双方のライセンスを得て販売することが想定されることになり、甲の損害額は、50個に相当の実施料と70%を乗じた金額となる。そして、損害賠償額を最大化することが合理的行動といえるから、通常の場合、甲乙双方の同意が相応の蓋然性をもって仮定できると思われる。

5 あり得る批判

具体例2の場合(乙が不実施の場合)には、乙の損害額がゼロとなり、不合理にみえる。しかし、特許法73条2項は、共有者単独の実施を認めているのであるから、甲が100個販売した場合には、利益はゼロとなるのであるから、販売者が侵害者であることにより利益を得ないことは不合理とはいえない。乙の不利益は、甲乙間の契約により対処しておくべきことであろう(例:第三者が共有特許権を侵害した場合は、持分比率に応じて、実施者が不実施者に対して調整金を交付する)。

以上

 


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