1 事件番号等
平成25年(行ケ)第10346号
平成26年10月09日
2 事案の概要
本件は、無効審判不成立審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
3 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりです(以下、本件訂正後の請求項1の発明を「本件訂正発明」という。下線部は、本件訂正によって追加された部分を示す。)。
「水晶振動子と増幅器とコンデンサーと抵抗素子とを具えて構成される水晶発振回路を具えた水晶発振器の製造方法で、前記水晶振動子は、少なくとも第1音叉腕と第2音叉腕と音叉基部とを具えて構成される音叉形屈曲水晶振動子で、第1音叉腕と第2音叉腕は上面と下面と側面とを有し、第1音叉腕の上下面の少なくとも一面に、中立線を残してその両側に、前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく、各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝を形成する工程と、第2音叉腕の上下面の少なくとも一面に、中立線を残してその両側に、前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく、各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝を形成する工程と、溝と第1音叉腕と第2音叉腕の側面に電極が配置され、溝の側面に配置された電極とその電極に対抗する音叉腕の側面の電極とが互いに異極である2電極端子を構成し、かつ、第1音叉腕と第2音叉腕が逆相で振動するように溝と電極を形成する工程と、音叉形屈曲水晶振動子の発振周波数を調整する工程と、音叉形屈曲水晶振動子を表面実装型、又は円筒型のユニットに収納する工程と、を少なくとも有し、・・・(中略)・・・構成されていて、前記音叉形屈曲水晶振動子が水晶ウエハ内に形成され、前記音叉形屈曲水晶振動子の基本波モード振動の基準周波数が32.768kHzで、前記音叉形屈曲水晶振動子の発振周波数が前記基準周波数に対して、-9000PPM~+5000PPMの範囲内にあるように水晶ウエハ内で周波数が調整されることを特徴とする水晶発振器の製造方法。」
3 審決の理由の要旨
審決の理由は、要するに、〈1〉本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められ、本件特許明細書に記載された事項の範囲内でするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法134条の2第1項ただし書、及び同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである、〈2〉本件訂正発明は、その出願基準日前に公用された物件である製造番号NSHCC041469のシャープ株式会社製ムーバSH251i(以下「公用物件」という。)が具備する水晶発振器から一義的に導き出せる工程を具備する製造方法(以下「公用製造方法」という。)に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない、というものです。
4 裁判所の判断
本判決は、以下のとおり、本件訂正を違法と判断しました。
まず、本判決は、本件訂正の適否の判断方法について、「特許法134条の2第1項ただし書は、特許無効審判の被請求人による訂正請求は、〈1〉 特許請求の範囲の減縮、〈2〉 誤記又は誤訳の訂正、〈3〉 明瞭でない記載の釈明、〈4〉 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、を目的とするものに限ると規定している。そして、同法134条の2第9項において準用する同法126条5項は、「第1項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定している。ここでいう「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる」との一般論を述べた上で、本件特許明細書の記載を引用しました。
そして、本判決は、本件訂正の適否について、「本件特許明細書には、【0041】に、中立線を残して、その両側に溝を形成し、音叉腕の中立線を含めた部分幅W7は0.05mmより小さく、また、各々の溝の幅は0.04mmより小さくなるように構成する態様、及び、このような構成により、M1をMnより大きくすることができることが記載されている。また、【0043】には、溝が中立線を挟む(含む)ように音叉腕に設けられている第1実施例~第4実施例の水晶発振器に用いられる音叉形状の屈曲水晶振動子の基本波モード振動での容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さくなるように構成されていること、及び、このような構成により、同じ負荷容量CLの変化に対して、基本波モードで振動する屈曲水晶振動子の周波数変化が2次高調波モードで振動する屈曲水晶振動子の周波数変化より大きくなることが記載されている。しかし、上記【0041】と【0043】の各記載に係る構成の態様は、それぞれ独立したものであるから、そこに記載されているのは、各々独立した技術的事項であって、これらの記載を併せて、本件追加事項、すなわち、「中立線を残してその両側に、前記中立線を含めた部分幅が0.05mmより小さく、各々の溝の幅が0.04mmより小さくなるように溝が形成された場合において、基本波モード振動の容量比r1が2次高調波モード振動の容量比r2より小さく、かつ、基本波モードのフイガーオブメリットM1が高調波モード振動のフイガーオブメリットMnより大きい」という事項が記載されているということはできない。また、その他、本件特許明細書等の全てにおいても、本件追加事項について記載はないし、本件追加事項が自明の技術的事項であるということもできない」と述べ、「本件追加事項の追加は、本件特許明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものというべきである」ことから、「訂正事項1及び2の追加は、新規事項の追加に当たり、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということはできない」と判断しました。
5 コメント
審決の判断は、「要は、【0041】と【0043】の記載に接すれば、【0041】に記載されている構成と、【0043】に記載されている構成の、両方の構成を有する態様については明示的な記載がなくても、当業者であれば、両方の構成を有する態様に想到するから、両方の構成を有する態様である本件追加事項は本件特許明細書に記載されているに等しいというもの」でした。
しかし、本判決が的確に指摘するとおり、「仮に、本件特許明細書の記載内容を手掛かりとして、当業者が本件追加事項に想到することが可能であるとしても、そのことと、本件特許明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、本件追加事項が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかとは、別の問題で」す。
立証すべき命題として、文献に記載があるか否かと文献の記載から容易に相当できるかは明らかに別のものですが、具体的事件に接した場合、誤りを犯しやすい類型のようです。この点については、殊更慎重な判断が求められるといえます。なお、この点については、拙著「裁判例から見る進歩性の判断」17ページもご参照ください。
以上
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