1 知名度の高さ
ある「商品等表示」が「著名」といえるためには,少なくとも需要者に対する「知名度(又は認知度)の高さ」が必要である。
「知名度の高さ」に関しては,高さの程度の問題とどの需要者層について知名度の高さを必要とするか,すなわち知名度の高さを認定する際に,如何なる需要者層を設定するかという問題がある。後者の問題(以下「需要者層の設定の問題」)については,全国的範囲の需要者を設定するか否かという問題(以下「地域の問題」)と特定の商品・サービスの分野の需要者を設定するか否かという問題(以下「分野の問題」)に分かれる。
(1) 高さの程度の問題
高さの程度は,1号において求められる「周知性」よりも高いことは争いがないが,具体的な数値基準を示すことは困難である。この点,裁判例の中には,一般消費者を対象とした調査で,ある原告標章(弓形のスナッチ)を示されて,リーバイスと正しくブランド名を答えた者の割合が,18.3%という事案において,当該原告標章の著名性を否定したものがある(東京地裁平成12.6.28(リーバイス事件))。
また,小野・概説151頁は,知名度の高さは,同業種の表示冒用に関する事案と異業種の表示冒用に関する事案とでは異なるとし,「本号での「著名」という意義は,同業種に対する差止請求においては,文理どおり全国的に知られていることで足りるが(同業種以外でもある程度知られているぐらいの知名度は必要であろう),同業種の表示冒用に対する事案での知名度の要求と,異業種の表示冒用に対する事案での知名度の要求は異なる。異業種の表示冒用に対する場合は,2号の要件を充たすことで,一応原告に請求原因を充たすが,異業種の表示冒用に対する場合は,同業種に対する関係で全国的に知られていることのみならず,同業種以外でもある程度知られ,特に相手対象の関係でも全国的に知られているぐらいの知名度が必要であろう。すなわち、当該対象異業種においてすら通常の注意を払っておれば表示選択を避け得る程度にまで知名度があることである。同一または類似の表示選択がなされることによってダイリュージョン、ポリューション、フリーライドが生ずる程度に、高い知名度があることを意味するとせねばならない。そして,異業種といっても,近似度,すなわち離れ具合によって要求される知名度の高さは異なる」とする。
なお,小野・新注解288頁は,著名性の立証に関し,「著名性は、極めて高い知名度が必要であり、裁判所に顕著であるような表示が多いと思われる。したがって、周知性より知名度自体は判断しやすいのであるから、著名性が裁判所に顕著であるならば、これを争いないものとして調書上明確にすることが望ましい」とする。
(2) 需要者層の設定の問題
ア 地域の問題
この点については,全国に広く知られていることが必要と解する見解がある(山本113頁)。
これに対し,「地理的に全国でなくても、商品の性格や、取引対象者の性格などから、一部の地域は入らなくても相当広範囲の地域であればよいのでなかろうか。なぜなら、寒冷地で絶対使用しない製品では、寒冷地は取引対象に入らない。その他、地理的に全国の相当広範囲の地域で知名度が極めて高ければ、それは全国的に著名な表示であるといってよいのではなかろうか。」とする反対説がある(小野・新注解289頁)。田村243頁以下も,表示が全国的に著名でないとしても保護に値する事例が存在することなどを根拠して,「全国的に著名であることは要せず,周知性と同様に,被告が類似表示を使用している地域を含む一定地域において著名であれば足りると解すべきであろう」とする。この点,玉井42頁以下は,ダイリューション(希釈化)に対する保護が全く無関係の分野にも及ぶことから,「通常の経済活動において僅かな注意さえ払っておけば抵触を避けられるようでなければならない」と解した上で,「わが国において経済活動の大部分は依然一つの国民経済を単位として行われる」との認識を前提として,全国的な知名度の高さを要件とする(なお,玉井42頁以下の挙げる事例に関する反論として,田村243頁以下を参照)。
なお,日本国外でのみ知名度の高い表示は,「著名」とはいえない(小野・概説150頁)。
イ 分野の問題
この点については,理論的には,およそあらゆる商品・サービスの分野における「知名度の高さ」を要件とする見解もあり得る。しかし,本号の趣旨が,フリーライド(ただ乗り)及びダイリューション(希釈化)を防止することにあることに照らせば,知名度を問題とすべき分野は,冒用者と主張される者がその表示を使用する商品・サービスの分野であると解すべきである。なぜなら,この場合であっても,保護を求める者の表示に対する冒用者と主張される者のフリーライド(ただ乗り)及び保護を求める者の表示のダイリューション(希釈化)は生じているからである。もっとも,分野を問わず,知名度が高ければ足りる訳ではなく,冒用者と主張される者がその表示を使用する商品・サービスの分野において知名度が高いことを要する。なお,保護を求める者の表示がその使用する分野を越えて具体的識別力を有すること(識別力の波及)を要するとの見解もある(渋谷796頁)。また,「極めて少数の者に人的範囲が限定されてくるならば,やはり著名性はないとしなければならない」とする見解もある(小野・概説155頁)。
この点,裁判例を見ると,平成12年12月21日東京地裁判決は,原告の表示である「虎屋」及び「虎屋黒川」について,「和菓子を中心とする食品の製造・販売の分野において著名であったと認められる」としつつ,「右分野を越えて著名なものであったとは認められない」としており,識別力の波及を要件としていないと思われる。また,被告の事業目的に「羊羹食品の製造及び販売」が含まれていた時期に限り,本号の該当性を肯定しており,被告による表示の使用分野において原告の表示が著名であることが必要との見解に立つものと思われる。
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