遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『新・教場』  長岡弘樹  小学館

2024-04-29 16:28:33 | 諸作家作品
 この「教場」シリーズは、タイトルの付け方が一風変わっている。『教場』から始まり、『教場2』『風間教場』『教場0』『教場X』と続いてきた。本書は『新・教場』である。主人公風間公親(カザマキミチカ)の警察官人生の時間軸を行きつ戻りつしながら、ストーリーが続いてきたために、このようなややこしいネーミングになっているのだろう。
 本書は、奥書によれば「STORY BOX」(2021年7月号~2022年7月号)に6つの短編が順次掲載されたのち、大幅な加筆改稿と「エピローグ」「プロローフ」の書き下ろしを加えて、2023年3月に単行本が刊行された。

 本作は例によって短編連作集である。今回は、風間公親が警察学校の四方田(ヨモタ)秀雄校長の許に訪れ新任教官として着任報告をするところから始まる。それ故、「新・教場」というタイトルは不思議ではない。ストレートなネーミングですらある。
 「プロローグ」には、四方田校長の事前認識として、次の諸点が書き込まれている。
*風間は刑事指導官として名声が高かった
*”千枚通し”の異名を取る十崎に襲われて右眼に受傷し、右眼は義眼である。
*犯罪者十崎につけ狙われていることから、本部長の意向で警察学校の教官に異動し、
 警察学校に”匿われる”ことになった
この記述によって、本作を初めて手にし読み始める読者にとっては、過去のシリーズのベースをこの「プロローグ」でカバーされる。本書を第1作とみても特に支障がない。

 この「プロローグ」の末尾で、校長は風間に問う。「どうだね、本校を好きになれそうか?」 風間は「ええ。なれそうです」と答えた。
 「プロローグ」の末尾の一文を書きとどめておこう。
 ”そう答えながら風間は、微かにこちらから視線を外したように思えた。”
 この一行が、「エピローグ」で生きてくる。

 もう1点、「プロローグ」には校長の要望事項が記されている。尾凪尊彦(オナギタケヒコ)という駆け出し2年目の助教が風間の補佐を担当する。この尾凪を学生と同様に育てて欲しいという要望である。
 つまり、この連作短編集には、風間教場における学生の指導と抱き合わせの形で風間が尾凪を指導していく側面も織り込まれていくところがおもしろい。
 風間は、尾凪に辛辣な言葉を時には投げかける。例えば、第三話に風間の尾凪に対するこんな発言が出てくる。「ほう、あれだけあからさまに事実と違う点があったのに、見落とすとは呆れたな。教官室に戻ったら、きみが書いた報告書を読み返すことだ。それでも気づかなかったら助教をやめてもらおうか。きみも学生たちにまじって警察学校生からやり直せ」(p127)

 本作には、冒頭に触れたとおり6つの連作短編が収録されている。
 ここに登場するのは、4月に入校する「第94期 初任科短期課程」の学生。男子28名、女子8名の合計36名である。9月末の卒業式まで、6ヶ月間という時間軸に沿って6つのエピソードが綴られていく。
 風間教場において、風間が学生を指導し、カリキュラムの一部を担当する。本作で学校側が風間に担当させる授業は「地域警察」である。風間は、この科目で様々なテーマを取り上げていく。科目が「犯罪捜査」ではないところに、一ひねりがあるとも言える。風間は警察官にとって最もベーシックな側面を任されることになるのだから。

 さて、6つの連作短編について、ごく簡略にご紹介しておこう。
<第一話 鋼のモデリング>
 テーマは警察官の自殺。学生の矢代桔平と門田陽光が模擬交番での勤務中に喧嘩沙汰を起こしたことに関わる話。
 水溜まりに突っ込んだ足の足跡をどのように採取するか? 校長が尾凪に問いかけたこの事がダブルミーニングになっている。尾凪へのアドバイスと後の話への伏線である。
 タイトルにある「モデリング」もまた、ダブルミーニングになっている。

<第二話 次代への短艇>
 盗難車両に逃走防止措置を施す方法を風間は学生に問いかけた。笠原敦気が己の考える方法を実演する。それは正解だった。だが、その実演を観察していた風間には、どうしても引っかかることが残った。これが端緒となる話。
 末尾で風間は笠原に言う。「わたしも助教と同じく、君の秘密を守る共犯者になろう」と。このエンディングが実にいい!

<第三話 殺意のデスマスク>
 テーマは「自分の身を守るため必死になりすぎるタイプ」を見抜く。
 ブラジリアン柔術を特技とする若槻栄斗が県内の交番に配属され、職務質問の実地研修に臨む。この時、交番で若槻の教育係を勤める警官の急病により、尾凪がその代役となることに。実地研修中に通り魔が子供を襲う事件が発生。若槻が通り魔を取り押さえた。

<第四話 隻眼の解剖医>
 学生のカリキュラムに含まれる「司法解剖の見学実施について」に絡んだ話。初沢紬は、校内の長距離走記録会・最長10km部門での上位入賞を目指して、周到な準備を重ねていた。変死体の発生により急遽見学が実施された。当日、紬は朝食を摂らず、パックの野菜ジュースだけにしていた。司法解剖見学中、開始から最後まで見学したのは風間と紬だけだった。見学実施の後に行われた長距離走記録会当日、紬は全体の8位、女子ではトップとなる。
 この短編は「周到に準備するのはいいが、しすぎると墓穴を掘る場合がある」という風間の発言がテーマになっている。

<第五話 冥(クラ)い追跡>
 テーマはストーカー被害。星谷舞美は風間教場でトップクラスの成績だった。風間の質問に、星谷はストーカー被害の撲滅に尽力したいと答えていた。
 同じ教場の学生石黒亘(ワタル)は、下位から徐々に成績を上げ、星谷にとり上位を争う相手になりつつあった。一方、星谷と石黒は同じ大学の同じ学部出身でもあった。
 星谷が尾凪に女子寮1階の自室を誰かに覗かれたと訴えた。覗き魔が逃げる時、庭にある小さな池が音を立てたということを報告に付け加えた。これが発端となる話。

<第六話 カリギュラの犠牲>
 この短編で、「カリギュラ効果」という用語を初めて知った。
 「強く禁止されると、かえってその行為への欲求や関心が高まる現象。『見てはならない』と言われると、いっそう見たくなるなど」(『デジタル大辞泉』)という意味だという。これがこの短編のテーマになっている。
 風間教場の学生、氏原清純(キヨスミ)は、学究肌で、予定されている講演会に対し、事前に聞き取り調査実施の許可を風間から得て実施する。この講演会が講師の事情でキャンセルとなると、再度聞き取り調査を行うほどに注力していた。
 氏原は、寮の自室の階上に居るモデルガンマニアの染谷将寿(マサトシ)とペアで卒業式典でのスライドショーのデータ作成を担当する。
 卒業式典後の卒業式で、風間は祝辞の代わりに、最後の授業を行うと突然言い出す。そして、スライドショーの中の一枚の写真に言及する。
 その写真に写る問題事象に、式典を傍聴していた新聞記者は気付いていた。

 それぞれの短編で、巧妙に伏線が敷かれている。読み終えてから、ああ彼処に伏線があったか、と気付く。
 「エピローグ」には、風間の門下生、刑事部捜査第一化の平優羽子が風間に報告事項があったと言って登場する。四方田校長は平の来校理由を風間に尋ねると、風間は十崎を逮捕したという報告だったと答えた。このシリーズの読者にとっても、この一行の報告はこの「エピローグ」で知る最新情報である。

 さてこのシリーズ、この後どのように進展するのか否か。「プロローグ」と「エピローグ」の照応関係からは、次作を期待できそうに思う。

 この教場シリーズを読んでいてふと思うことがある。このシリーズでは、卒業できずに、あるは卒業しないで警察学校を去って行く学生が数多く登場する。現実の警察学校の初任科短期課程に入校する警察官は、どれくらいの比率で退校しているのだろうか? という疑問である。こんなデータが公表される訳はないだろうなぁ・・・・・。
 厚生労働省が2022年10月に発表したデータによると、2021年度は大学卒の12.2%が1年以内に離職しているそうなのだが。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
警察学校キャンパスライフ  :「令和5年度警視庁採用サイト」
[調べてみたら]ドラマ「教場」の舞台裏!知られざるリアルな警察学校つてどんなところ?
                      YouTube
警察礼式   :「e-GOV法令検索」
飛行機雲   :ウィキペディア
飛行機雲はどうしてできるの?  :「キッズネット」
カリギュラ効果  :「コトバンク」
カリギュラ効果  :ウィキペディア
新入社員の離職率を下げる方法とは?|業界別最新動向を徹底解説:「みんなの採用部」

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こちらもお読みいただけるとうれしです。
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『教場X 刑事指導官風間公親』   長岡弘樹  小学館
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