遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-02-10 15:30:02 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第6弾。2011年2月に文庫本が刊行されている。創作が13年も前だったことを奥書で再認識した。
 余談だが、GOOブログに「遊心逍遙記」と称して読後印象記を書き始めたのが2011年8月。この最初の月の下旬に『雪虫 刑事・鳴沢了』の読後印象を載せた。そこに、警察小説を読み始めたのは2009年からで、今野敏、大沢在昌に次いで三人目の作家作品の読み始めと記していた。シリーズ物を発表順に読む以外は、かなりランダムに読んでいて、この高城賢吾シリーズを読み始めるのが遅くなった。その結果が第6弾を今頃読み継ぐことになった。

 さて、前作『裂壊』により、失踪人捜査三方面分室室長の阿比留真弓の警察官人生と家庭崩壊の実態が明らかになるという事態に立ち至った。それが逆に、今後この失踪課三方面分室はどうなるのか、という新たな展開ステージに入る契機となる。愛読者としては興味津々での第6弾。

 やはり、状況が大きく変化し始めている。
 今まで、捜査一課への返り咲きを狙い、庁内外交を熱心に行いつつ、三方面分室の捜査実績を上げることに熱心だった阿比留真弓は、ほぼ昇進の道を絶たれた形になる。「最近、彼女の動きは止まっている。ほんの数か月前までは、日中は本庁で愛想を振りまき、勤務時間が終わってからは宴席を設けて部内接待をしながら情報収集をしていたのだが、今は一日の大部分を室長室に閉じ籠って書類仕事に費やし、定時にはさっさと帰ってしまう」(p8)。高城と阿比留の関係は悪化の一途をたどる状況にある。
 さらに、心臓の持病持ちだが高城を一番サポートしてきた法月大智が渋谷中央署警務課に異動したのだ。阿比留室長はその異動を阻止する行動を取らなかった。警察のアリバイづくりのセクション。厄介者が集められた窓際部署とみなされている三方面分室。その中で、高城が頼りとしてきた法月が異動させられた。今や戦力として一番頼りになるのは明神愛美で、それに次ぐのは醍醐塁くらいである。高城の悩みが始まる。
 読者にとっては、この先どうなるのか・・・・逆に関心が高まるという次第。

 さて、こんな状況の中で、法月が高城にある失踪事件の記録資料を渡す。高城が三方面分室に異動してくる以前の事件。それはケース102cと分類されるものだった。法月がずっと引っかかっていて自分で調べようと思って資料を持ち歩いていたものと言う。法月なりに調べた情報が加えられていた。
 緊急性のある事件のない状態で、高城は法月から受け取ったケースを読み始める。5年前に首都高で車5台が絡む多重衝突事故が発生した。その事故現場から一人の男が手当も受けずに立ち去ったのだ。事故処理が重視され立ち去った男のことは無視された。その後失踪の届出が所轄に出されていたが、ほとんど捜査らしきことはなされないままだった。
 失踪届が出されていたのは野崎健生。ロボット工学者で、民間企業「ビートテク」で介護用ロボットの研究開発に従事している人物だった。歩行アシストシステムの開発のリーダーだった研究者である。失踪届は野崎の妻、詩織。その届出には、会社の同僚新井啄郎が同行していたと記録にある。それは一日姿を消しただけの時点での捜索願だった。野崎健生には、当時3歳になる息子がいて、母親との4人暮らしであり、歩行アシストシステムの開発は、彼にとって、交通事故に遭い車椅子生活になった母親の為でもあった。そんな目標を持つ男がなぜ失踪したのか。
 
 5年前の失踪事件。もはや状況・情報が風化しているのでは? それをどのように捜査しようとするのか。読者にとっては、そこからまず関心が高まって行く。勿論、高城と愛美は、多重衝突事故現場の確認、家族への事情聴取、失踪人の元勤務先への聞き込みなど捜査の定石を踏んでいく。一つの問題は、阿比留と断絶状態になっている高城が分室長阿比留の承認なしに、この古い事件の捜査に取り組み始めることにある。読者にとてはおもしろい。
 
 このストーリーの興味深いところは、5年前の失踪時点でほぼ時間が止まった野崎の家族・家庭と「ビートテク」とのコントラストにある。主任研究員野崎健生の開発コンセプトと技術で基礎ができ始まった歩行アシストシステムの開発、WAシリーズはこの5年間の間に開発が進んでいて、他社との競争の中で、時間が着々と動いていた。WAシリーズは最新モデルがWA4と称され、5月の国際福祉機器フェアで発表予定になっている。
 ビートテクへの聞き込み捜査では、総務部長の日向が対応窓口になる。彼は5年前の野崎失踪時点のことは、担当前でありほとんど知らなかった。また、野崎のことは触れたがらなかった。だが、ビートテクの技術三課に属する研究主任の新井が高城に接触して来た。ビートテクの内情について、高城にとっては新井がまず情報源となっていく。

 ビートテクと野崎健生の関係、周辺情報を地道に捜査していくと、様々なことが見え始める。そんな矢先に、一つの転換点が発生する。ビートテクは最新モデルWA4の新製品発表会をあるホテルで単独で実施すると公表した。だが、その発表会会場に爆弾を仕掛けたという脅迫が会社に入る。この脅迫事件に捜査一課の長野が関わって行く。ここから、高城と長野の連携が始まる。
 5年前の失踪事件とこの脅迫事件は密接に関係があるのか・・・・。野崎健生の名前が浮上することで、俄然事件は戸惑いを含めながらの捜査活動に踏み込んでいく。脅迫事件の犯人捜査を推進する長野と失踪人の捜査を推進する高城という捜査次元の違いが織り込まれながら、事態がさらに深刻さを加えて行くことになる。

 このストーリーのおもしろいところがいくつかある。
 *捜査一課の長野と失踪課の高城の視点の差異が含まれつつ事件が進展すること。
  野崎を名乗る者は何を狙っているのか? 
  なぜ野崎は失踪し、今この時点でカミングアウトしてきたのか?
 *高城の捜査活動に対して、阿比留分室長はどのような反応をするのか?
 *高城は戦力ダウンした三方面分室の室員をこの捜査でうまくまとめて行けるか?
 *法月が今頃になって、この古い事件を高城に引き渡した狙いは何なのか?

 もう一つ、このストーリーには、エピソード風の記述の中に、新たな伏線が敷かれることである。それは、警務課に異動した法月の後任の件である。ストーリーが後半に入るあたりで、三方面分室に現れる。阿比留分室長に挨拶に来たのだ。庶務担当の小杉公子が、高城に「田口秀樹さん」と小声で告げる。その田口は、高城の「今日はどうしたんですか? 来月からですよね」という問いかけに対しての返答がふるっている。
 「いやあ、ちょっと暇だったもんで、少し敵情視察を、と思ってね。今、室長にご挨拶してきたんですよ」「案外忙しくしてるわけ?」「驚いたね。暇な部署だって聞いてきたんだけど」「こっちはぼちぼち先が見えてきてる立場だから。しばらくのんびりさせてもらおうと思ってたんだが・・・・」(p305-307)
 田口は高城頸部より年上だが、階級は下の警部補。これまでは本庁の交通部に所属していた人物。醍醐は田口が交通部ではサボりの田口として有英有名な人ということを、噂として聞いているという。
 厄介者が集められたと称される失踪課は、田口が異動してきたらどうなるのか?
 読者にとっては、三方面分室内の人間関係と仕事に異分子要素が加わることで、どういう様相が現れるのか、楽しみができそうである。田口には本音と建て前があるのか? そうしようもない厄介者なのか?
 次作以降の楽しみができた。

 ご一読ありがとうございます。

補遺 本書からの波紋で、現時点での介護用ロボット情報を少し検索してみた。
開発機器一覧  :「介護ロボットポータルサイト」
介護ロボットの開発・普及の促進   :「厚生労働省」
介護ロボット  :「かながわ福祉サービス振興会」
ロボットスーツ HALR介護支援用(腰タイプ)  YouTube
介護ロボットってどんなもの? 種類やメリット・デメリットについて:「ケア資格ナビ」
介護ロボットとは?導入のメリット・デメリットや種類についても解説:「フランスベッド」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
                 2022年12月現在 26冊

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