遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-04-13 23:12:33 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第8弾。2012年12月に刊行された。
 高城はやっと娘・絢奈の失踪事件に向き合う行動をとり始めた。千葉県の内房中央署が管轄する区域である木更津の南、富津の岬の先の展望台で身元不明の若い女性の遺体が発見された。このストーリーの冒頭は、午前2時頃に血液型の一致、年齢が近いということから高城に情報が伝えられり。所轄署と連絡をとりあった上で、高城は絢奈の遺体かどうか現地確認に飛び出して行く。その状況描写が始まりとなる。

 富津に居る高城の携帯電話に醍醐から連絡が入る。失踪事件が発生した。失踪者は富津出身の花井翔太、18歳、高校三年生で、荻窪にある東京栄耀高校に自らの意志で進学し、野球部に所属し、エースとなる。ドラフトに引っかかり、歴史ある名門球団パイレーツへの入団が決まっていた。1年間プロ野球の世界に居た醍醐は花井の失踪事件の捜査に熱くなる。この時、警察組織としては重大な身内での問題が発生していた。渋谷中央署地域課の交番勤務、高木巡査が拳銃を持って深夜のパトロールに出たまま行方不明になっていた。そのため、醍醐以外の第三方面分室のメンバーは高木巡査の行方の捜査に組み込まれる。2つの事件の捜査がパラレルに進行することに。

 正月休みが終わり、学校の再開は7日月曜日。花井は日曜日の午後に実家を出て、寮に戻っていた。7日始業式の朝に居なくなっていたという。チームメートが気づき、監督⇒学校⇒実家の両親へと連絡が回り、探しまわったが手がかりなし。そこで、8日朝、つまり高城が富津に居るときに、失踪届が提出されたのだ。

 高城は富津に居る地の利を生かし、愛美が送ってくれたデータを踏まえて、花井の中学校時代の同級生への聞き込みから着手していく。その後、花井の実家を訪れ両親に面談するつもりだったが、母親の仁美の話を聞くだけになる。母親は翔太が野球漬けの毎日で、野球部以外の友達はほとんどいないと思うと言う。中学の同級生で、花井とバッテリーを組んでいた布施泰治は、冬休みに花井の自主トレにつき合っていたという。

 花井翔太の失踪事件の捜査には大きな制約があった。花井がパイレーツに入団することが決まっていたので、この失踪が公になればスキャンダル報道に発展し、入団取り消しに発展する可能性がないとは言えない。両親、監督、学校はみな、この捜査が内密に実施され、速やかに花井翔太を発見できることを願っていた。

 高城は東京に戻ると、拳銃を所持したままの高木巡査の行方不明の緊急性を判断し、醍醐にもそちらを担当させて、当面一人で花井の捜索に取り組むことにした。
 高木は東京栄耀高校を訪れ、野球部の監督平野への聞き込み捜査から着手する。監督からはほとんど花井のプライベートな側面に関連する情報を得られなかった。
 高木はかつて荻窪に住んでいた時期がある。東京栄耀高校から5分ほどの距離、商店街にある昔なつかし定食屋に立ち寄った。店主との雑談で、花井翔太がこの定食屋に来ていたこと。そして、「2回ぐらい、女の子と一緒にこの店に来ただけで。ちょっと派手な、ギャル風の子だったけど。ギャル風っていうのも古いかな?とにかくそれで少し心配になって、覚えていたんですよ」(p119)高城はその女の子が同じ高校の生徒であることと、彼女の容貌をさりげなく聞き出した。高城にとっては、それが捜査のとっかかりとなる。
 このストーリー、高城たちの地道な聞き込み捜査がどのようなアプローチで重ねられていくかが読ませどころとなる。
  このストーリー、派手な捜査活動は何もない。聞き込み捜査から得られた情報の累積と個別情報の整合性、思わぬ見過ごし・見落とし、不具合感などへの気づき・・・・・・刑事の経験をベースとした推論と感性の働きが、失踪背景の事実を明らかにしていくことになる。
 行方不明の高木巡査が発見された時点で、第三方面分室のメンバーは高城の捜査に加わっていく。高木巡査発見の顛末は本書をお読みいただきたい。

 最後の最後で、一つの裏事情が明らかになる。この展開が一番の読ませどころといえるだろう。警察の関与する失踪事件としては花井翔太を発見して一件落着となる。だが、警察が関与できないいくつもの課題が残された。本書をお楽しみ頂きたい。

 この第8弾には、次作以降への重要な伏線が書き込まれている。
 高城が平野監督から聞き込み捜査をした後、住宅街の中を抜けて、駅の南口をめざす。その辺りは高城がかつて家族で住んでいた街である。二階建ての一軒家の火事に出くわすことに。その家は、かつて同じ町内会に入っていた高井さんの家だった。高井さんは警視庁OBでもあった。その家は絢奈が消えた公園のすぐ近くにあった。
 この火事が、このストーリーのセクション19の最後の一行「長野が泣いていた。棒立ちのまま、声も上げず、ただ頬を濡らしている」(p473)および、たった一行のセクション20。「そして、世界は再び暗転した」(p473)にリンクしていく。
 この最後の文が、この後の第9弾『闇夜』、第10弾『献心』を連続して読ませるトリガーになった。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在 26冊

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