警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第10弾。2013年6月に刊行された。これがこのシリーズの最終巻となる。
冒頭に人事案についての会話が書き込まれる。おもしろい書きだし。だが、それは、その後背景に退いてしまう。方向性が暗示されるにとどまる。
さて、第9弾の末尾の長野と高城の会話がこのストーリーの起点になる。
長野は綾奈の白骨遺体が発見された後、長野は己の率いる班のメンバーとともに、己の裁量で潜行して聞き取り捜査を続けていたのだ。世田谷区北沢に住む平岡真之、45歳に聞き込みをした際、彼は思わず綾奈を見たと証言したのだ。平岡は12年前、事件の直後に今の住所に引っ越ししていた。平岡は携帯電話会社の営業部の課長で、結婚して1年か2年ぐらいで奥さんを亡くし、その後独身だという人物。
白骨死体の発見を契機に、殺人・死体遺棄事件として、杉並西署に捜査本部が立った。そこには追跡捜査係も加わっている。だが、高城は捜査一課長から直々に、捜査本部への出入り禁止通告を受けていた。「被害者であれ加害者であれ、身内の人間がかかわった事件に関する捜査は担当しない」という原則が適用されたのだ。また、異例づくめ事件として、捜査本部の士気が上がっていないという噂も流れていた。
長野と高城はひそかに会って相談する。長野は「捜査本部の連中を当てにしちゃいけない。今回はとにかく、俺たちだけでやるべきだ」(p18)と主張する。12年前に行方不明となった綾奈を探し回った長野は、熾火の如き復讐心に油が注がれた状態になっていた。高城は勿論、綾奈の遺体発見に対し、個人的な問題として、犯人の捜査と逮捕を己の使命とした。長野と高城は、二人で再度平岡に聞き取り捜査をすることからスタートする。
高城と長野が飛び込みで平岡に面談し、聞き込み捜査をするのだが、綾奈を見たと証言した平岡の発言が後退し、目撃状況の発言が至極曖昧なものに変質した。高城と長野は、刑事の勘として、そこに違和感を感じる。長野は平岡を動向監視対象としていく。
長野班の捜査のやり方が、平岡の反発を買い思わぬ物議を醸すことになる。弁護士を介して捜査一課長に抗議を申し立てる行動に出たのだ。意外なことに、弁護士である法月の娘・はるかがその仕事を担当したのだった。法月と娘が間接的に綾奈の件に関わりをもつ形になる。抗議を受け長野の立場は苦しくなることに・・・・。一方、高城はその件を、刑事総務課大友鉄からの連絡で知る。その大友が最後に「それより、高城さん?」「応援してますから」(p94)と個人的なメッセージを告げるところがいい!
高城は愛美の同行で、法月はるかに面談する機会をもつ。
読者にとっては、平岡の態度と行動に、それはなぜかと興味津々とならざるを得ない。
高城は杉並西署の捜査本部に出入り禁止とされたが、自ら捜査本部にアプローチしていく。「他意はないですよ。娘のことでお世話になっているんだから、陣中見舞いぐらいは当然じゃないですか」(p62)と。所轄の刑事課長に挨拶した後に、捜査本部に加わっている追跡調査係の西川大和と沖田大輝に質問して状況を尋ねる。
勿論、この事件に劇的な突破口などありえない。足を使った地道な聞き取り捜査が中心となっていく。高城の部下である第三方面分室のメンバーはこの捜査本部に加わっていた。当時の在校児童全員に連絡をとり、聞き取り捜査をするということが、12年前の捜査当時には完遂されていなかったのだ。西川の話では、507人中403人に連絡が取れた段階だった。当時の綾奈と同じ1年の子どもたちで未連絡は7人だった。その内、綾奈と同じクラスの未連絡が1人含まれていた。高城はまずその7人を集中的に探してみることを提案した。
7人のリスト潰しに高城は強引に手を貸すという行動に出ていく。それを契機に高城の具体的な捜査活動が始まる。彼はまず、臼井裕を担当する。臼井裕とコンタクトを取れると、彼の話から残り6人のうち5人の状況はある程度わかった。だが、臼井は黒原晋とだけは連絡を取っていないと言う。2年になる時には引っ越していったので、顔も思い出せないのだと。高城はこの黒田晋を追跡捜査することを次のターゲットにする。仮に会えたとしても、何等かの手がかりが得られるかどうかは未知数なのだが・・・・。まず未連絡先をつぶすことから、次が始まるのだからと。
ストーリーは高城の捜査行動を主体に進展して行く。捜査本部の状況は、西川・沖田との相互連絡及び第三方面分室長の真弓、メンバーたちとの相互連絡を密にする形になる。
黒原晋と連絡をとるための追跡捜査が、結果的に綾奈の行方不明・殺人・死体遺棄という事件の核心に迫っていくプロセスとなる。捜査は高城を東北地方、秋田・盛岡へと導いていく。ここでの地道な追跡捜査がこのストーリーの読ませどころとなる。
一方で、障害要因が加わっていた。平岡が捜査一課長に弁護士を通じて抗議したという情報が、新聞に漏れたのだ。その事態は法月はるかと関係がないところで動き始めたようなのだ。そのことを愛美がはるかに会った際に聞いたという。平岡自体が漏らした可能性が一番高い。そのことが、高城がはるかに面談したい一因となった。平岡はなぜそこまでのリアクションをするのか・・・・・・。
東日の女性記者沢登有香が三方面分室長の真弓に電話を掛けてきたことから始まる。真弓は広報部に相談するアクションを取る。東日の沢登は高城に突撃取材をかける手段にも出る。この動きにどう対処していくのか。それも読者には気がかりとなる。
高城の追跡捜査は、意外な事態に遭遇し、想いも寄らぬ真相に向き合う形となっていく。そのプロセスがこの最終巻の山場となる。
「中学二年生の女の子が行方不明です。・・・・」という電話連絡が醍醐から盛岡に来ている愛美に入る。愛美は「戻ります」と自身のとるべき行動のみ高城に報告する。
このストーリーのエンディングは始まりとなっていく。たぶん、そこからストーリー冒頭の人事案についての会話が示す方向へと動きだして行くのだろう。
最後に、高城の夢想の会話を引用しておこう。
「ぼんやりと桜を眺めているうちに、ふいに綾奈が現れた。ずっと大きく育った・・・・少女ではなく女性の顔つき。
-ありがとう。
-何が。
-パパなら絶対、ここまで辿りついてくれると思った。
-何もできなかったな。
-そんなこと、ないよ。
-これでもう、終わりだ。これからどうしたらよいか、分からない。
-どうして? パパにはまだ、やることがあるでしょう。パパを必要としている人はたくさんいるんだよ」(p478)
娘が行方不明になる事実を抱えた中年刑事の悲嘆、哀切な思いと刑事としての葛藤の連鎖、長いドラマがここに一区切りを迎えた。
刑事としての高城を必要とする人がいる。高城にはやることがあるのだ。
本書は最終巻になるのだが、高城の完全復活の始まりを期待したい。
お読みいただきありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 26冊
冒頭に人事案についての会話が書き込まれる。おもしろい書きだし。だが、それは、その後背景に退いてしまう。方向性が暗示されるにとどまる。
さて、第9弾の末尾の長野と高城の会話がこのストーリーの起点になる。
長野は綾奈の白骨遺体が発見された後、長野は己の率いる班のメンバーとともに、己の裁量で潜行して聞き取り捜査を続けていたのだ。世田谷区北沢に住む平岡真之、45歳に聞き込みをした際、彼は思わず綾奈を見たと証言したのだ。平岡は12年前、事件の直後に今の住所に引っ越ししていた。平岡は携帯電話会社の営業部の課長で、結婚して1年か2年ぐらいで奥さんを亡くし、その後独身だという人物。
白骨死体の発見を契機に、殺人・死体遺棄事件として、杉並西署に捜査本部が立った。そこには追跡捜査係も加わっている。だが、高城は捜査一課長から直々に、捜査本部への出入り禁止通告を受けていた。「被害者であれ加害者であれ、身内の人間がかかわった事件に関する捜査は担当しない」という原則が適用されたのだ。また、異例づくめ事件として、捜査本部の士気が上がっていないという噂も流れていた。
長野と高城はひそかに会って相談する。長野は「捜査本部の連中を当てにしちゃいけない。今回はとにかく、俺たちだけでやるべきだ」(p18)と主張する。12年前に行方不明となった綾奈を探し回った長野は、熾火の如き復讐心に油が注がれた状態になっていた。高城は勿論、綾奈の遺体発見に対し、個人的な問題として、犯人の捜査と逮捕を己の使命とした。長野と高城は、二人で再度平岡に聞き取り捜査をすることからスタートする。
高城と長野が飛び込みで平岡に面談し、聞き込み捜査をするのだが、綾奈を見たと証言した平岡の発言が後退し、目撃状況の発言が至極曖昧なものに変質した。高城と長野は、刑事の勘として、そこに違和感を感じる。長野は平岡を動向監視対象としていく。
長野班の捜査のやり方が、平岡の反発を買い思わぬ物議を醸すことになる。弁護士を介して捜査一課長に抗議を申し立てる行動に出たのだ。意外なことに、弁護士である法月の娘・はるかがその仕事を担当したのだった。法月と娘が間接的に綾奈の件に関わりをもつ形になる。抗議を受け長野の立場は苦しくなることに・・・・。一方、高城はその件を、刑事総務課大友鉄からの連絡で知る。その大友が最後に「それより、高城さん?」「応援してますから」(p94)と個人的なメッセージを告げるところがいい!
高城は愛美の同行で、法月はるかに面談する機会をもつ。
読者にとっては、平岡の態度と行動に、それはなぜかと興味津々とならざるを得ない。
高城は杉並西署の捜査本部に出入り禁止とされたが、自ら捜査本部にアプローチしていく。「他意はないですよ。娘のことでお世話になっているんだから、陣中見舞いぐらいは当然じゃないですか」(p62)と。所轄の刑事課長に挨拶した後に、捜査本部に加わっている追跡調査係の西川大和と沖田大輝に質問して状況を尋ねる。
勿論、この事件に劇的な突破口などありえない。足を使った地道な聞き取り捜査が中心となっていく。高城の部下である第三方面分室のメンバーはこの捜査本部に加わっていた。当時の在校児童全員に連絡をとり、聞き取り捜査をするということが、12年前の捜査当時には完遂されていなかったのだ。西川の話では、507人中403人に連絡が取れた段階だった。当時の綾奈と同じ1年の子どもたちで未連絡は7人だった。その内、綾奈と同じクラスの未連絡が1人含まれていた。高城はまずその7人を集中的に探してみることを提案した。
7人のリスト潰しに高城は強引に手を貸すという行動に出ていく。それを契機に高城の具体的な捜査活動が始まる。彼はまず、臼井裕を担当する。臼井裕とコンタクトを取れると、彼の話から残り6人のうち5人の状況はある程度わかった。だが、臼井は黒原晋とだけは連絡を取っていないと言う。2年になる時には引っ越していったので、顔も思い出せないのだと。高城はこの黒田晋を追跡捜査することを次のターゲットにする。仮に会えたとしても、何等かの手がかりが得られるかどうかは未知数なのだが・・・・。まず未連絡先をつぶすことから、次が始まるのだからと。
ストーリーは高城の捜査行動を主体に進展して行く。捜査本部の状況は、西川・沖田との相互連絡及び第三方面分室長の真弓、メンバーたちとの相互連絡を密にする形になる。
黒原晋と連絡をとるための追跡捜査が、結果的に綾奈の行方不明・殺人・死体遺棄という事件の核心に迫っていくプロセスとなる。捜査は高城を東北地方、秋田・盛岡へと導いていく。ここでの地道な追跡捜査がこのストーリーの読ませどころとなる。
一方で、障害要因が加わっていた。平岡が捜査一課長に弁護士を通じて抗議したという情報が、新聞に漏れたのだ。その事態は法月はるかと関係がないところで動き始めたようなのだ。そのことを愛美がはるかに会った際に聞いたという。平岡自体が漏らした可能性が一番高い。そのことが、高城がはるかに面談したい一因となった。平岡はなぜそこまでのリアクションをするのか・・・・・・。
東日の女性記者沢登有香が三方面分室長の真弓に電話を掛けてきたことから始まる。真弓は広報部に相談するアクションを取る。東日の沢登は高城に突撃取材をかける手段にも出る。この動きにどう対処していくのか。それも読者には気がかりとなる。
高城の追跡捜査は、意外な事態に遭遇し、想いも寄らぬ真相に向き合う形となっていく。そのプロセスがこの最終巻の山場となる。
「中学二年生の女の子が行方不明です。・・・・」という電話連絡が醍醐から盛岡に来ている愛美に入る。愛美は「戻ります」と自身のとるべき行動のみ高城に報告する。
このストーリーのエンディングは始まりとなっていく。たぶん、そこからストーリー冒頭の人事案についての会話が示す方向へと動きだして行くのだろう。
最後に、高城の夢想の会話を引用しておこう。
「ぼんやりと桜を眺めているうちに、ふいに綾奈が現れた。ずっと大きく育った・・・・少女ではなく女性の顔つき。
-ありがとう。
-何が。
-パパなら絶対、ここまで辿りついてくれると思った。
-何もできなかったな。
-そんなこと、ないよ。
-これでもう、終わりだ。これからどうしたらよいか、分からない。
-どうして? パパにはまだ、やることがあるでしょう。パパを必要としている人はたくさんいるんだよ」(p478)
娘が行方不明になる事実を抱えた中年刑事の悲嘆、哀切な思いと刑事としての葛藤の連鎖、長いドラマがここに一区切りを迎えた。
刑事としての高城を必要とする人がいる。高城にはやることがあるのだ。
本書は最終巻になるのだが、高城の完全復活の始まりを期待したい。
お読みいただきありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
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2022年12月現在 26冊