遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『割れた誇り ラストライン2』  堂場瞬一   文春文庫

2024-02-27 15:52:29 | 堂場瞬一
 ラストライン・シリーズの第2弾。文庫のための書き下ろしとして、2019年3月に刊行されている。
 前年に発生した殺人事件が、地裁で「犯行の事実なし」と認定され、完全無罪判決が出された。この衝撃は警視庁全体に伝わった。これが本書のタイトル「割れた誇り」の一つの意味なのだろう。もう一つある。それは、刑事として事件を追う岩倉の誇りが割れる瞬間が生じたという信念次元での意味である。完全無罪判決が出た後に、殺人事件の関係者たちとの関わりを始めて行く岩倉が己の捜査活動に対する誇りという次元で感じた意識に関わる。私はそう受け止めた。

 無罪が確定した田岡勇太が実家に戻ってきたと安原刑事課長が岩倉剛に告げた。この殺人事件を担当したのは隣の北大田署だったのだが、田岡勇太の実家は南大田署管内の都営団地にある。北大田署から安原に非公式に田岡勇太を監視して欲しいという依頼が来たという。安原は岩倉に田岡勇太を極秘に監視するよう指示した。
 無罪判決で帰ってきた男を監視することは問題にならないかと岩倉は当初反発した。だが、近所でのトラブルの発生なども予想されることから、本人の所在を確認だけはしておくという意味でという安原の考えを受けて、岩倉はこの監視作業に入る。
 岩倉は監視の意味合いを読み替えた。無罪の男が無関係だった殺人事件の絡みで余計なトラブルに捲き込まれるのを避けるために、周辺を監視しようと。事件の発生を防止するための監視だと。

 岩倉はこの殺人事件を担当していなかったので、事件の外形的事実を知るだけで、田岡勇太の人間性については何も知らないことに気づく。岩倉は田倉勇太の周辺でのトラブル発生の回避、本人保護のためにも、まずは田岡勇太について、具体的にその人物像を知ろうと情報収集することから始める。
 団地の自治会長秋山をまず訪ねる。秋山は偶然にも警察官OBだった。岩倉のスタンスを知った秋山は協力的に対応し、岩倉が田岡の友人にコンタクトできるきっかけも作ってくれた。一方、岩倉は、田岡勇太の元の勤め先の社長や裁判で田岡の国選弁護人となった堤からの情報収集も行う。殺人事件に関わる情報収集の対象を広げて行く。
 岩倉は、徐々に田岡勇太のプロフィールを形成でき、殺人事件についても事実内容に詳しくなっていく。

 団地の田岡の家にカラーボールを投げつけるという嫌がらせが発生する。監視中の岩倉が2人組に近づこうとしたとき、その一人を組み伏せた男がいた。その男は、機動隊に異動した彩香の代わりに赴任してきた川嶋市蔵だった。なぜ彼がこのタイミングでここに・・・。岩倉は川嶋の着任当日から、この男の正体に警戒意識を喚起されている。
 本作で初登場のこの得体のしれない川嶋刑事の存在と行動が、読者の目からもおもしろい異分子的存在となっていく。
 田岡の家へのいやがらせ電話が頻繁に発生する。勇太は自宅に引っこもらざるを得ない状況となる。勤務先の寮に入り勤めていた勇太の兄直樹が、しばらく実家に戻ってきて、通勤しながら、母親と勇太を守る生活に入る。岩倉は秋山を介して、兄の直樹と話し合える関係を築いて行った。
 
 田岡が容疑者とされた殺人事件の外形的事実は、岩倉が川嶋に説明する形で、明らかになっていく。被害者の石川春香には光山翔也という大学生の恋人がいた。その光山が田岡勇太の実家の戸口に押しかけてくるようになる。彼は大学生の友人達に、無罪判決はおかしい。絶対に田岡が犯人だと言い続けていた。岩倉は、光山の友人への聞き込みで光山の主張を聞き知っていた。
 
 地裁判決から2週間後、思わぬ事件が発生する。事件現場は東京と神奈川の県境、多摩川にかかる第一京浜の橋、六郷橋のほぼ真下だった。午前3時に安原課長から岩倉に電話連絡が入る。岩倉の自宅が現場に一番近いためだ。遺体を見て、岩倉は光山翔也と身元がわかった。橋からの転落死。殺人の疑いが強いということで、南大田署に特捜本部が設置される。岩倉はこの特捜本部に組み込まれ、本庁捜査一課の若手刑事花田とペアを組み捜査活動に従事する。
 ここからのストーリーの特徴は、岩倉と花田の捜査活動を主体に進展していくところにある。岩倉は常に田岡勇太の実家周辺の監視と保護を念頭に置きながら、捜査に関わっていく。
 おもしろいのは、岩倉が要所要所で花田と川嶋の違いを脳裏で比較する側面を織り込んでいるところである。岩倉が伝手を頼り、川嶋の素性を調べる。一層胡散臭さが増すところが、今後の伏線になっていくように思われて興味が湧く。
 
 午前2時、岩倉は安原課長から、田岡勇太が自宅近くの路上で襲われたという連絡を受けることに・・・・。岩倉は緊急搬送された病院に駆けつける。
 岩倉は兄の直樹との関わりが一層深まっていく。
 襲撃事件はいわば嫌がらせの極み。犯人たちは速やかに逮捕される進展をみせる。

 一方で、捜査本部では光山殺害に絡んで、勇太への事情聴取を川嶋が訴えるという一幕が出てくる。勿論、岩倉は意見を述べるという一幕となる。捜査の行き詰まりの雰囲気と岩倉の信念が端的に描き込まれている。
 
 岩倉はあることに気づいた。その気づきが捜査情報とリンクし、光山殺害の容疑者逮捕に結びついていく。
 だが、この容疑者逮捕がもう一つの真相を明らかにしていくことに・・・・・。
 このストーリーの構図のおもしろさはここにある。
 実に意外な展開となっていく。お楽しみいただきたい。

 人の発言、行動の意味すること、真実は何か。それを理解し判断することの難しさということがテーマになっているように思う。真と偽の識別の難しさ・・・。
 もう一つは、岩倉の捜査に対する信念と行動を描き出すことが根底にあるテーマだと思う。

 「捜査会議の終わりに、岩倉は冷たい空気をはっきり感じていた。またやってしまった・・・・・捜査会議で自分が発した一言が、全体の流れを引き戻してしまう。---これまで何度も経験している。悪いことではないのだが、その都度敵を作ってしまうのは困ったものだ。しかしどうしようもない。・・・・・・誰だって、自分がやってきた仕事を否定されれば腹がたつ。」(p318) 岩倉の信念の一端が表出されている。

 このストーリーには、岩倉と女優の実里との交際関係が底流に流れるパラレルなストーリーとして織り込まれていく。これが、いわばストーリー展開の上で、オアシス的役割を果たしている。年の離れた二人の人間関係がどのように進展するのか。読者にとっては、楽しみな側面である。

 ご一読ありがとうございます。
 
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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 2022年12月現在 26冊

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