私が、世の中というものを全く知らなかったガラスの十代の時。
お茶くみもコピーも「さっぱりわからない」まま会社に入って、もっとわからなかったのが、上司への接し方だった。
ある日、上司へ電話をつないだらうまくつながらずに、電話が切れてしまった。
上司が私を怒鳴った時、先輩の女性がクスクス笑いながら私を見た。
後で理由を尋ねたら
「だってあなた、露骨にふくれ面してたから」
「私ちゃんとつなぎました」
「そうであっても、すみませんと言っておくのよ」
そのくらい上下関係も知らず、コミュニケーション能力もなく、怒られ笑われ、一から常識を覚えていった次第である。
あれからウン十年…
お茶くみもコピーも電話もパソコンもできるようになっても、コミュニケーションはやはりむずかしい。
だけどこれが一番大切と思う。
「それは自分は違うと思う」となった時、世の中には様々なタブーが立ちはだかる。
目上である、お世話になった、思いを寄せている、無勢に多勢である、利害がある、言いにくい空気、波風が立つ…
そんな時に、うまく言える人で、言ってもらえる人(できれば優し~~く♡)でありたいと思う。
お茶くみもコピーも「さっぱりわからない」まま会社に入って、もっとわからなかったのが、上司への接し方だった。
ある日、上司へ電話をつないだらうまくつながらずに、電話が切れてしまった。
上司が私を怒鳴った時、先輩の女性がクスクス笑いながら私を見た。
後で理由を尋ねたら
「だってあなた、露骨にふくれ面してたから」
「私ちゃんとつなぎました」
「そうであっても、すみませんと言っておくのよ」
そのくらい上下関係も知らず、コミュニケーション能力もなく、怒られ笑われ、一から常識を覚えていった次第である。
あれからウン十年…
お茶くみもコピーも電話もパソコンもできるようになっても、コミュニケーションはやはりむずかしい。
だけどこれが一番大切と思う。
「それは自分は違うと思う」となった時、世の中には様々なタブーが立ちはだかる。
目上である、お世話になった、思いを寄せている、無勢に多勢である、利害がある、言いにくい空気、波風が立つ…
そんな時に、うまく言える人で、言ってもらえる人(できれば優し~~く♡)でありたいと思う。