珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

後出しジャンケン

2018-08-04 | S教団関係
かつて、自分はコントロールされていた、か弱い被害者だったから(単に気が弱く、波風を恐れ、ながいものに巻かれろだったことを言い訳するのに、時として非常に有効)を理由に、
「ずっとおかしいと思っていたんだけどね」(過去形)
を言い張る人を腐るほど見た。

「なんでその時言わなかったの…?」はかき消され、揉み消され、つきとばされ、はじかれ、踏み倒され、明らかな後出しジャンケンが、道の真ん中を喝采を浴びながらまかり通る。

私はそれが人より気になるようだ。

こういう人は、またいつか情勢が変わったら必ず言う。今ではなく。

どんな違和感も、圧倒的多数や影響力のある人が言えば、反論せず、黙って聞く。
傍からみたら、賛同しているかのように。
そして、あとになってから、言いやすくなってから、多勢になってから
私はおかしいと思っていた!!と意気揚々と言う。
後出しである。

確かにその時先陣切っては、それを言っていないのかもしれない。
でも反論せず、黙って従っていた。
違和感はその時に言わないと、信憑性も説得力もないのでは?

かき消され、揉み消され、突き飛ばされ、はじかれ、踏み倒され、誰も拾わない意見を聞いている人はいる。
 少なくとも後出しジャンケンよりは、私は聞く。
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共通の敵

2018-08-04 | 思うこと
共通の敵を作れば仲良しになれる。
組織が団結をはかる時に、意図的にこれを工作することもある。
だから不仲の嫁・姑や夫婦に、これを勧める人もいると聞いた。

ずっと前の話だけど、ある夫婦の前でうっかり夫と言い争いをしてしまったことがあった。
すると、そこの奥さんがやけに熱を入れて親身になったので、他人の夫婦にここまでお節介なのは何かあるのかな?と思ったらやはり「何かあった」
奥さんは当時「夫婦仲が世界の争いごとの根源」「夫婦仲こそ世界平和」みたいな思想を掲げる団体にどっぷりハマっていて、こいつらにこそ、私やセンセーの愛と力で救いを!!を身を乗り出したわけである。

話が説法じみてきて、しまいには「一度二人でセミナーを」みたいになったので、その手に乗るかと夫婦喧嘩も一気に冷めてしまった。
あの夫婦のターゲットにされると思ったら、くだらない喧嘩もあっさり治まってしまった。
まさに団結するにはご立派な思想より、共通の敵である(笑)

しかし、もともと好きでもないタイプが利害関係で「共通の敵」をつくって一瞬は仲良くなったとしても、それは脆いと思う。
そんなふうに仲良くなった人たちが、いつの間にかもっと敵同士になった例を知っている。
あんなにベタベタとつるんでいたのに、今度は口もきかないんだ…

人間関係は自然体が一番。
相性の合う人と、無理せず、自然体で付き合うことに勝ることはないと思う。
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