ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

今日は〝六月尽〟です…が、いつも思うことは…?

2024年06月30日 | 俳句

 今日で6月が終り、明日から7月…ということは、半年が過ぎるということなんですよね。でも、どなたかのブログを読んだら、今年は閏年だったから366日。だからその半分は183日で…その日は7月1日なんですって。まあ、そういう細かいことはいいとして、とにかく今年も半分は終わったということ。

 歳時記に〝水無月尽(みなづきじん)〟という季語がありますが、それについては〝陰暦六月の尽きること。すなわち暦の上で夏が終わること。一年の半分が経過する節目であり、この日に身の穢れを祓う習慣が水無月祓(はらえ)あるいは夏越(なごし)の祓である〟と、小川軽舟氏が解説しています。

 私も以前この日に近くの神社へ行くと〝夏越の祓〟が行われていて、参詣者はみんな茅萱で作った〝茅の輪(ちのわ)〟を潜って穢れを祓い、無病息災を願っていましたものね。一年の半分を無事に過ごせたという感謝と、またこれからの半年も無事に過ごせて新しい年が迎えられますように…と神様に祈る気持ちには大いに納得です。しかし私は、これで〝夏が終わる〟という感覚にはどうしてもなれないんですよ。それはきっと陰暦の行事を陽暦の日にちで行うからなのでしょうがね。

 〝一年の半分が経過する節目〟というのはその通りで実感しますが、しかしそれはあくまで〝六月(ろくがつ)〟の終わりとしてですもの。〝水無月〟と言えば陰暦ですから、大体陽暦8月7日か8日ごろの立秋までの1ヶ月です。だから軽舟氏も、〝水無月の終わりといえばそうした信仰行事と結びついた季節感があったはずだが、現代においては実感しにくい〟と、解説の最後に書いておられます。

  草の戸や畳替へたる夏祓へ     炭太祇

 この句はやはり、陰暦の水無月尽での〝夏祓〟でしょう。ジメジメした梅雨の時期から暑苦しい真夏をやりすごして、明日からは空気の澄んだ秋の気候へと変わっていく…ならこの粗末な家もせめて畳ぐらいは替えてすっきりとして夏祓えを…という句意でしょうか。だとすれば今の六月の終わりではこのような感慨は絶対に生まれてこないでしょうからね。

 しかし、〈また雨の降つて来さうな茅の輪かな  星野麥丘人〉のような句になると、今の梅雨最中のどんよりした曇り空の下での茅の輪を想像してもいいでしょう。ということは、〝夏越〟や〝茅の輪〟という季語は、一応晩夏だからその季節感を厳密に守って伝えねばということよりも、内容の〝邪神を祓いなごめる〟ための行事という本意を理解して詠む方がいいのだと思います。

 下の写真は、以前〝夏越大祓〟に行って貰ったお守りと、中津瀬神社の〝茅の輪〟です。

 調べてみると、この行事を行っている神社では、陽暦の6月30日とか、または月遅れの7月31日などと様々なんですが、人というものはいつの世も健やかに元気で生きること、すなわち長寿を願うものだということ。これは古今東西普遍的なことでしょうからね。そういう民俗信仰に由来するような季語においては、特にその本意をしっかり理解して詠むことが最も大切なのではないでしょうか。

 ちなみに、〝水無月〟という意味は、一般的には炎暑のため水の無くなる月の意です。だから〝常夏月〟とか〝風待月〟などとも言いますから、陽暦の六月を指すのはおかしい。やはり梅雨が明けてからの小暑大暑のころが相応しいでしょう。だから次のような句も生まれるのですよ。

  水無月や風に吹かれに古里へ    上島鬼貫

 ついでに言えば、明日から7月ですが、それを〝文月(ふみづき)〟とは言ってほしくないです。歳時記にも〝文月〟とは〝語源は諸説あるが、「文披月(ふみひらきづき)」の転じたものとされてきた。短冊などを手向ける七夕の行事にちなむものである〟と。だから〝文月とは七夕の月と理解しておけば本意を外すことはない〟とも、軽舟氏が解説しています。ということは、〝文月〟も〝七夕〟も初秋の季語ということ。決してまだ梅雨も明けていないような陽暦の〝七月(しちがつ)〟には使ってほしくないのです。

  文月や六日も常の夜には似ず    松尾芭蕉

 有名な芭蕉の句ですが、これは〝やはり七夕月だなあ。前日の六日でさえ常日頃の夜空とは違って、こんなにも澄んでいるのだ〟と、夜空や星の美しさを讃えて詠んでいるんです。絶対に陽暦の七月ではありえませんからね。

 このことについては確か以前にも何度か書いています。陰暦の月の呼称を簡単に陽暦に当てはめてほしくないと…言葉を知っているからではなく、意味を理解して使ってほしい。言葉というものには必ずそう表現されるべき何らかの語源があるのですから。どうか皆様よろしくお願い致しますね。  

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〝きらら俳句教室〟の第3回目で~す!でも、その前にちょっと…

2024年06月24日 | 俳句

 一昨日の21日は〝夏至〟でしたね。全国的に〝梅雨入〟も宣言され、こちらでは毎日雨が降って鬱陶しい日が続いています。ところで、歳時記の〝夏至〟の例句を見てると、

  夏至の日の手足明るく目覚めけり    岡本 眸

という句がありました。でも私はなぜか、この日は今までにないぐらい気怠い朝で、この句とは真反対。手足が重くて暗~い目覚め…何にもしたくないという感じだったんですよ。それで〝特別何もしてないのに、どうしてこんなダラしいのかしら?〟と主人に言うと、そういうのを〝フレイル症状〟というんだよと。何それ?…と聞いたら、特別な原因もなく、何となくダルイとか、何もする気がしないとか、気分が乗らず重苦しいなどの状態をいうんだそうな。じゃあ昔よく言っていた〝不定愁訴〟とかいうものなの?と言うと、まあ、似ているかも知れんが、今では〝フレイル〟と言うんだそうだと。

 ヘエッ!と思って、ちょっと調べてみました。すると、〝フレイルとは英語のFrailty(虚弱・老衰)という言葉に由来し、一言で表すと「加齢に伴い心身が虚弱している状態」のことです。人は年齢を重ねると筋肉が衰え、外出や人との交流も少なくなり、心も体も弱ってくる傾向があります。フレイルは、明らかな認知症や病気などを発症しているわけではないものの、確実に衰えを感じるような状態です。つまり、健康な状態と介護を必要とする状態の間の段階がフレイルだといえるでしょう〟ですって!

 更には、〝フレイルを放置しておくと、そのまま介護が必要な状態にまで発展してしまいますが、早期に適切な対処をすれば症状が改善することもあります。フレイルを予防するとともに、フレイルの症状が見られる場合は、改善に向けて動くことが大切です〟とも。

 じゃあ、その〝フレイル〟かどうかを調べるにはどうしたらいいのかしら?と思って見ると、その診断基準がJ-CHS基準と呼ばれるもので、以下の5つの項目のうち、3つ以上が該当するようであれば、フレイルだと診断されますって。じゃあその5つの項目とは?「体重減少」「筋力低下」「疲労感」「歩行速度」「身体活動」だそうです。もし1~2項目に該当する場合は、プレフレイルと呼ばれるフレイルの前段階だとも…ですってよ。こりゃあ、大変!…筋力低下と疲労感、歩行速度は該当する…じゃあ私は〝フレイル〟になっているんでしょうかね。イヤダ~!放置すると認知症になるかもですって…それは困りますよ。なら気を入れて予防にガンバラナクッチャ…ねッ!

 それでは今日は頑張って、15日にありました〝きらら俳句教室〟第3回目の報告をしておきます。

 いつもの通り、9時半から開始。この日は事前に吟行の意義を説明しました。せっかく実物を目の前にしているのですから、その時の実感を詠むことが一番大切ですよと。上田五千石氏の〝眼前直覚〟の論を例に解説しました。

 さあ、では10時から吟行です。今日は先ず〝干潟ふれあいゾーン〟へ行き、童心に返って蟹の穴を探しました。ある、ある…ちょうどいい具合に潮が干いていましたので、〝蟹の砂団子〟が無数に…すると蟹もチョコチョコ逃げて岩場に隠れようとします。

 俳句ではただ「蟹(かに)」といえば、沢蟹、川蟹、磯蟹などの小蟹のことで、夏の季語なんですよ。トビハゼもいましたが、これは鯊(はぜ)の一種ですから秋の季語になるんですね。

 「蟹の穴」でも「蟹の砂団子」でも季語になりますよ。

 今度はいつもの道をしばらく歩いて行くと、見たことのない変な虫(※1)が…あら、ちょっと変わった蜘蛛(※2)も…レンジャーのHさんにそれぞれの名を教えて貰いながら…でも、その時だけでセンターに帰るとすっかり忘れています。この歳になると新しいものって何度聞いてもなかなか覚えられませんね。特に花の名などは最近の洋花は全くダメ。一つ覚えたら前に覚えたのを忘れて…まるで記憶の抽斗が一つしか入らないようになってるみたい!皆さんはいかがですか?

※1 ヨコヅナサシガメ(横綱刺亀、学名Agriosphodrus dohrni)は、カメムシ目(半翅目)サシガメ科に分類されるカメムシの一種。オオトビサシガメと並び、日本サシガメ科中最大級の種である。

※2 キマダラコガネグモ で、北アメリカではこのA. aurantia がもっとも普通なクモの一つで、 black and yellow garden spider、corn spider、writing spider と呼ばれてよく知られている。

 最後はビオトープまで来ました。すると、いろんな種類の蜻蛉(とんぼ)があちらこちらに飛び回っています。「川蜻蛉」や「糸蜻蛉」などは夏の季語ですが、「塩辛蜻蛉」や「赤蜻蛉」「鬼やんま」などは秋の季語。それで「蜻蛉生る」と言えば夏の季語なのよと言うと、早速〈生まんとて蜻蛉(とんぼう)水を打ちつづく〉という句が出ていました。作者に聞いてみると産卵しているところを見たんですって。これぞまさに現場に出なかったら詠めませんものね。さすが皆さん〝有言実行〟です!

 蜻蛉の写真はなかなか撮れませんでしたので、代わりに〝睡蓮〟を。これも夏の季語ですからね。でも最後の写真…こんなの撮った覚えがないんだけど、なかなかいいじゃない!なんて思って見ていましたら、ああ、思い出しました。〝たぬき藻〟の花を撮ったんでした。真ん中の黄色の花…見えますか?やっぱり何でもすぐにしなくっちゃ忘れてしまいます。いけませんね。これからは気をつけよう!

 さて、いつもの如く12時過ぎには終って急いで帰り、13時半からの宇部馬酔木句会へ行きました。ああ、疲れました。こんな様子なら私〝フレイル〟とは言えないんじゃないかしら?ねッ!はい、オシマイ! 

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〝きらら俳句教室〟の…第2回目は?

2024年06月20日 | 俳句

 先日の土曜15日は、第3回目の「きらら俳句教室」でした。さて、その報告を書いておかなくてはと考えていたら…あら、先月5月18日の第2回目を書いていなかったような…と気が付きました。このように段々忘れっぽくなるんですよね。そう言えば、4月の「桜紀行」も〝その5〟で止まったままでした。その続きがまだあるというのに…。時期の遅れた記事を読むというのは、まさに気が抜けたビールを飲むようなもの。面白くもなんともないでしょうね。

 俳句を誉めるとき使う言葉に「臨場感」というのがあるんですが、その意味は現場に臨んでいるような感じ、即ち真に迫った実感の俳句ということです。ならば、当然時期を逸れた気の抜けたような話題はイマイチでしょう。分っているんですがそれが出来ない性分で…ガマンして読んで下さいね。

 さて、先ず第2回目の〝きらら俳句教室〟から書きましょう…と、記事一覧を見ていたら、ナントあるじゃありませんか。5月23日に書いた下書きが…。写真がまだだったのでそのままにしていて、忘れていたんですね。情けないこと!では、ちょっと手直しして今度こそUpしますので読んで下さい。

 今日は、桜紀行をちょっとお休みにして、先日の18日土曜日にあった〝きらら俳句教室〟第2回目の報告をしますね。

 いつもの如く9時30分より開始。今日は〝茅花ながし〟や〝卯の花腐し〟の話でもしてみようと思っていましたのに…いつの間にか朝ドラ〝虎に翼〟の話からだんだんと漫談調になってしまって…。まあ、こんな日もあっていいわよねとみんなで大笑い。

 さあ、10時から吟行…今回は感動したことが三つもあったんですよ。

 まず最初は、蜘蛛の子…夏の季語なんですが、〝蜘蛛の子を散らす〟という喩えがあるように、袋が破れると中から一斉に子蜘蛛が出てきて四方に散ってゆくものとばかり、私は思っていたんです。

 だから、レンジャーのHさんからこれが蜘蛛の子ですよと言われてビックリ!まさか下の写真のように小さな蜘蛛がこんなに固まっているとは…

 すると今度は〝ではこれに触ってみて下さい〟と、Hさんが言うので、木の枝でちょっと触ってみました。すると…エエッ、なんとなんと…この芥子粒のようなつぶつぶがパーッと網の目に広がるではありませんか。見ていたみんなも驚くばかり。

 では、これをちょっと拡大してみましょうか。全部蜘蛛の子でしょう。でもこのようなものが嫌な方はスルーして下さいませね。

 そうなんです。蜘蛛の子が生れたばかりで、まだ独り立ちする前だったんですね。だからその近くには母蜘蛛が見張っていて、周りをウロウロと心配するように動き回っていました。それを撮ったつもりでしたが、残念ながら写っていませんでした。ゴメンナサイ!

 感動した二つ目は、大葭切(おおよしきり)…ギョウギョウシと言われるように、葦原を巡っていると、盛んに鳴いていました。雄の葭切が鳴くときは喉の紅さがよく見えると聞いていますが、私は、姿を見てもその紅い喉はまだ一度も観察したことがないんですよ。それが、今回はHさんがフィールドスコープでしっかりと見せてくれました。やっと念願が叶いました。写真が撮れませんでしたので、これはお借りしました。ゴメンナサイ!

オオヨシキリ

 そういえば時鳥(ほととぎす)も、結核に冒されて喀血する正岡子規が、〝鳴いて血を吐くホトトギス〟と自分を重ねて、俳号をホトトギスの異称〝子規〟と名付けたんでしたよね。

 しかし、ホトトギスの喉は実際にはなかなか観察出来ませんのでまだ見たことはありません。というより、ホトトギスは観察会に行っても声ばかりで、その姿を確認することがなかなかできませんから。たとえ見れたとしても飛んでいくところをちらりとですもの。口の中までは…。ああ、そうそう、鴉の子(雛)は口の中が赤いんですよ。これは野鳥の会の先輩に教えてもらって、実際に観察もしましたから分ります。

 他にこの日は、5月の花として…順にイタチハギ(鼬萩)、シャリンバイ(車輪梅)、ニワセキショウ(庭石菖)、ツバナ(茅花)、ボケていますが絶滅危惧種のニラバラン(韮葉蘭)、自生のシラン(紫蘭)、スイカズラ(忍冬)、トベラ(海桐)などでした。

 観察小屋から覗くと、クロツラヘラサギの保護・リハビリケージ保護センターの傍には、この日はクロツラヘラサギが2羽飛んで来ていました。右側のケージの上にいるのはダイサギで、中にいるのは保護して飼育されているクロツラヘラサギ。遠くなので写りが悪くてスミマセン!

 最後に、もう一つ感動したこと!4月23日に実施した〝子どもレンジャークラブ〟の俳句教室〟、そこでの感想文をHさんに見せて貰ったのですが、それには〝俳句を作って楽しかった!〟とみんなが書いてくれていました。中でも感心したのが、「最後に言いたいことを…ひと言で」という質問に対して、殆どが〝またやりたい〟と書いていたのに、中に〝鳴かぬなら私が鳴こうほととぎす〟と書いてくれている女の子がいたんです。

 もう、ビックリ!です。まだ5年か6年生ですよ。あの信長・秀吉・家康の句(※参照)を知っていて、それをもじって詠んでいるんですよね。こんな子どもたちがこれからドンドン成長してくれたら、俳句の未来は明るいでしょう。嬉しくなりました。こりゃ、大人もおちおちしてはいられませんよ。みんなガンバラナクッチャ…ねえ!では、これで第2回目はオシマイ!

 ※『故事・俗信 ことわざ大辞典』(尚学図書編集 小学館 1982年)に、「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」を織田信長、「鳴かぬなら鳴かせてみしょう時鳥」を豊臣秀吉、「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」を徳川家康の句とし、それぞれの武将の特徴である短気、工夫、忍耐を時鳥への対応をもって表現したもの」とある。

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サプライズ!…と月例吟行会の報告です!

2024年06月16日 | 俳句

 先日のM俳句教室でのことです。13時半の定刻に句会場へ行くと…何だかいつもと違う雰囲気。いつもだったら私が到着するとすぐに開始の礼をして…

 あれ?教室のお世話をしてくれている幹事さんが何だかゴソゴソと…何処かに隠していたのでしょうか、立派な花束を持って前の方へ…〝先生、この度は受賞おめでとうございます〟と。エエッ、とビックリ。思いがけないサプライズでした。見て、見て…キレイでしょう!

 また、昨日(土曜日)の宇部馬酔木句会でも皆様からお祝いをいただきました。本当にありがとうございます。感謝、感激…あめあられで、涙が出そう。心からお礼申し上げます。

 それでは、今日は先日7日に実施しました月例吟行会の報告…、忘れないうちに書いておきましょうか。

 行先は、山口市の小鯖(おさば)地区方面。山口宇部空港の駐車場に9時集合して、さあ、出発です。天気は上々…もう暑いぐらい!最初に先ず目指したのは、小鯖地域交流センター。午後からこのセンターの部屋を借りて句会なんですが、その前にここで地域の案内パンフレットを貰うためです。

 この小鯖という地域は、平安時代の頃に山口の佐波・矢田などから移住してきた人々が住むようになって、小鯖村ができたんだとか。名前の由来は「佐波」からだそうですが、なぜ魚の鯖の字になったんでしょう。ここには〝佐波川〟という一級河川がありますが、鯖が捕れていたのかしら…?

 さて、この地の見所は四季それぞれにあって、〝おさば歳時記〟によれば、春は三世代交流大運動会、夏は小鯖体育大会・小鯖夏まつり、秋は小鯖八幡宮秋祭り・小鯖ふるさとまつり、冬になると小鯖消防団出初式・小鯖小学校竹馬大会などと。なかでも小鯖八幡宮での〝代神楽舞〟は、江戸時代から始まったもので、毎年10月最終日曜日に行い、県の無形文化財(無形民俗)になっているものです。また、この神社は桜や鬼百合、彼岸花などの花の頃もよい吟行地みたいですから、今度は花のある頃に来てみようかと思っています。

 では、今回どこを観て回ったかといいますと、先ずこの交流センターのすぐ裏手にある「正田山」。ここは標高111mで小鯖地域のほぼ中心位置にあり、頂上から棯畑(うつぎばた)以外の全域が見渡せます。山頂には野外活動広場があり、全長約46mのローラー滑り台が設置されていますし、春には桜が満開となって花見には絶好の場所です。

 ところで、私たちみんな童心に返って、このローラー滑り台を滑ってみたんですが、さて、これを俳句に詠込むとなると非常に難しい!なんせ〝滑り台〟だけでは理解して貰えませんので、17音中の9音を使ってしまうと…後がみんな似たり寄ったりになってしまうんですよね。

 次は、正田山からは見えなかった棯畑の「野花菖蒲」自生地へ行きました。標高380mの湿地帯に自生している〝ノハナショウブ〟は、県の有形文化財(天然記念物)で、花色が変化に富み、今がちょうど見ごろ。ラッキーでした。

 最後の吟行地は、「鳴滝」です。高さ10mの滝で、棯畑から流れ出る鳴滝川の渓谷にあり、滝は3段になっています。古来山口市の名勝として文人墨客が多く訪れている所です。中でも山口出身の有名な詩人・中原中也がここを詠んだという詩の碑が三の滝の傍に建っています。

 その詩は、この鳴滝を詠んだものとして、詩集『山羊の歌』に収められている〝悲しき朝〟です。

悲しき朝

河瀬(かわせ)の音が山に来る、
春の光は、石のようだ。
筧(かけい)の水は、物語る
白髪(しらが)の嫗(おうな)にさも肖(に)てる。

雲母(うんも)の口して歌ったよ、
背ろに倒れ、歌ったよ、
心は涸(か)れて皺枯(しわが)れて、
巌(いわお)の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき!

響(ひびき)の雨は、濡(ぬ)れ冠(かむ)る!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

われかにかくに手を拍く……

 中原中也は明治40年4月29日、山口市湯田に生まれ、昭和12年10月22日、30歳の若さで没しましたが、昭和の代表的叙情詩人として全国的に知られています。昭和9年に詩集『山羊の歌』を出版、その中にこの詩「悲しき朝」が収められています。

 他に滝に真向かうように建つ滝不動…出入り口には紅白のお地蔵様も。周りには蛍袋が沢山咲いていました。

 お昼になりましたので、この鳴滝の傍にある〝山口地ビールサン・レミ・ド・プロヴァンス〟で、ビュッフェ式のランチを頂きました。その後、小鯖地域交流センターへ戻って、4時半まで句会。それから山口宇部空港まで戻り、5時半には解散しました。皆様どうもお疲れ様でした。オシマイ!

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笑われた〝江戸城〟へ…その〝東御苑〟を見学!

2024年06月12日 | 俳句

 それでは授賞式の翌日に行きました〝新宿御苑〟の続きで~す。あの東京の人たちから笑われた〝江戸城〟へ。

 実は、その日の朝、千葉に居る友人に久し振りに連絡すると、午後からなら付き合うよと言われて、東京駅で12時30分に落ち合うことに。ところが、丸の内中央出口と言われていたのにそれが分らずにウロウロして、南口へ出てしまいました。困って連絡すると、もうそこをじっと動かないで待っててと…。結局分らぬ人間が動くより知ってる方が動いた方が早いということ。

 それで、今から行けば皇居参観の当日整理券配布に間に合って、券が貰えるかもと、急いでタクシーに乗り桔梗門へ行くと、ナントもすごい行列。当日並んだ300人に入場整理券が渡されるんだそうで、とんでもないことでした。でも、まだドンドン来てるからいいのかもと思い並ぼうとすると、その人達はすでに整理券を手に入れている人たちだったんですよ。もうあっと言う間に整理券は無くなったそうで、殆どが外国の人ばかり…。

 というわけで、残念ながら皇居の参観は諦めて、何時でも公開されている〝東御苑〟へ入園することに。そうなればもう急ぐこともありませんので、先ずは近くで腹ごしらえを。いい具合に冷麺専門店が見つかってそこで昼食。今度は並んで待つ必要もありませんので、大手門から入ってゆっくりと観て回りました。では、順番にどうぞ…

① 大手門 ② 同心番所 ③ 百人番所

 回りは高層ビルばかりなのに…ここはまるでタイムスリップしたような不思議な空間です。

 城壁一つ一つの石の大きさ…これ、見て下さい。スゴいですよね。これは友人がとっても背が高いんですよ。

 広すぎて全部は到底見られませんので、二の丸と天守台だけにしました。

 ウツギとリョウブの花。その下は菖蒲園。丁度見ごろで、よかった!

 アカザとコウホネの花。鯉は〝ヒレナガニシキゴイ〟。

 天守台には何もありませんでした。また、あの〝忠臣蔵〟で有名な〝松の大廊下〟も松の木が一本あるだけで何も…。まあ、とにかく広い、広い!こんなに広いところを昔の人はよくもまあ…将軍様達は移動するだけでも大変だったでしょうね。今はどこもかしこも緑いっぱいで、観光地として、また人々の憩いの場にもなっているようでした。

 最後はこれ以上はもう一歩も歩けないほどに疲れて…でも、宇部までは帰らなくっちゃと、友人と別れて地下鉄で無事に羽田へ。若い娘でさえ疲れてもう歩きたくないと言うぐらいなんですから、私はこの老体に鞭打って…本当によく頑張りましたよ。そんな自分を〝褒めてあげたい!〟。

 

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授賞式の翌日のこと…〝新宿御苑〟と〝東御苑〟です!

2024年06月01日 | 俳句

 とうとう6月に突入しました。何もかも中途半端にしたままで…ほとほと私はダメになったもんだと、自己嫌悪ですよ。だって、夜になるともう疲れ果てて眠くって眠くって、根が続きません。このままこの調子でどんどん弱っていくのでしょうか。先を考えると…コワい!だから考えないことにしています。 

 さて、5月24日の文學の森賞受賞式の翌日のことです。せっかく東京へ来たのだからと、娘と相談して「新宿御苑」と「東御苑」へ行くことに。

 朝10時ホテルを出て、娘は行ったことがないという「新宿御苑」へ。既に昨日は1万歩以上は歩いたから今朝は足がパンパン…なのにまたここから歩いたら30分は掛かると言う。ムリムリと言うと、じゃあ地下鉄で一駅だけでも乗っていこうと…実はそれが大きな誤算でした。

 だって駅を探すのにウロウロ、分ったら今度は階段を地下へドンドン。電車を降りたら今度は階段を昇って…目の前が新宿御苑じゃないから更にまた歩いて…。結局そのまま平地を真っ直ぐ行っても距離は同じくらい…と言うことなら上り下りのない方がラクでしたよ。だってエレベーターを探すのでもウロウロしなくちゃいけないし、小さな駅では階段しかないんですもの。たまたまエスカレーターがあったとしても、上りのみ…都会の人は膝の悪い人の下りがどれだけ大変かと言うことが分ってないんでしょうか。娘も若いから同じでドンドンと先に行くし…付いて行くのに必死でした。

 この日はまた気温が29度と暑い日だったから、フウフウ言ってやっと着いた新宿御苑の入口…。ではそこで撮った写真がありますので、それを見て下さいね。

 ホテルを出ると都庁がデ~ンと…。

 新宿御苑へは何度か来ていますが、とにかく広い。娘が観て回りたいという所だけを歩きました。

 上の写真は何だと思いますか?大木の下で撮ったら芝生に…これ木洩れ日なんですよ。ビックリでしょ!今時は花が少なくて、まさに〝みどり〟の新宿御苑でした。土曜日でしたので外人さんが多くて…それもベビーカーを押したり、芝生にシートを広げて赤ちゃんと一緒に寛いでいたり…と。東京のど真ん中にあって、ここは広いし静かでもってこいの憩いの場ですね。珍しい〝一葉松〟…五葉松は知ってるけど、これは初めて。あと〝金糸梅〟と〝青鷺〟…どちらも夏の季語なんですよ。

 次に向かったのが、皇居。前日〝明日はどこかへ行くの?〟と聞かれて、私が〝江戸城を見たことがないからそこへ行こうと…〟と言うと大笑いされました。友人なんかは一瞬〝江戸城って?ああ、皇居のことじゃないの!〟と何だかバカにされた感じ…。どうして東京の人は江戸城と言うと笑うんでしょうね。昨年馬醉木1000号記念式で東京へ来た時、行く予定だった〝江戸城〟が月曜日で見学できなかったんですよ。それで今度は…と思ったのですが、〝あんなところへ行っても今はもう何もないわよ〟と、けんもほろろです。田舎者からすると皇居なんてテレビで観るだけだし…と憧れますよね。だってお城のある所へ行ったら必ずお城は見学場所なんだもの。なのに娘から今度は江戸城へ行ってみたいと言われて、今まで何度も東京へ来ているのに、私も眼中になかったんですよね。でも、江戸城と言うのは本当のこと…なのになんであんなに受けるの?と、娘と不思議がりました。

 まあ、こちらで〝どこへ行く?〟と聞いたら〝ときわ公園〟と言うようなものかしらね。ヘンなの!

 では、その江戸城の〝東御苑〟へ行ったことを書きましょうか。でも、長くなりましたので次に…。

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