今日は久し振りに朝から雨でした。シトシトシトシト…、ところが、午後の俳画教室へ出かける前、携帯に宇部市が大雨注意報20㎜と表示されました。エエッ、大雨?…車の窓を見ても大して降っていませんよ!ほら、駐車場から傘を差さずに走っていったけど、大丈夫だったじゃないの…と思いながら教室へ入りました。
今日の俳画の画題は〝柿〟。枝になっている柿の実が一つと一枚の葉だけの絵です。柿の実の朱色以外は全部墨。ああ、柿の蔕(へた)は緑でしたが…だから結構難しいんですよ。柿の実も葉もたったの二筆で描くんですから。
うん、まあまあの出来かしら。ここにお見せできないのがザンネン!さて、終って帰ろうとするとナント雨がザーザー、やっぱり大雨なの?と思いつつ、いつもの病院へ寄って薬を貰って帰りました。すると、帰りはとうとう土砂降り。携帯が鳴るので見ると、今度は豪雨注意報40㎜だって、これ、ホントならヤバイ!でも何だかウソみたい…この辺りで水害になった話聞いたことないし…〝まあ、いいか〟といつものごとく…。
それではそろそろOB合宿の〝飛鳥〟の話にでも…
10月17日(木)は、15時30分に宿舎集合でしたので、定刻には今回の参加者42名が集まりました。私は昨年、一昨年と参加していませんでしたので3年ぶりの再会。いやあ、みんな変っていませんね~。昔(?)のまんまや~。
宿舎の「祝戸荘」は、国営飛鳥歴史公園祝戸地区にあるコテージ風宿泊施設です。「太子」「草壁」「大津」など、部屋の全てに飛鳥に関係する名称がつけられています。私は以前にも俳句の研修会で来たことがありますので…でも食べたことしか覚えてなくて、ダメですね~こんなんじゃ俳句なんて詠めるわけな~い!
私の部屋は「額田」、あの「額田王(ぬかたのおおきみ)」の名がついた女性4人の部屋でした。こりゃ俳句ならぬ和歌でも詠まなくっちゃ…でも、ワンゲルは〝歩く〟のが専門、残念だけど俳句のことは忘れて楽しみましょう。
夕食はここの自慢の逸品、古代食〝万葉あすか葉盛御膳〟でした。
酒 にごり酒 、飯(いい) 米(赤米白米混)黒米(黒米白米混) 、炙(あぶりもの) 鴨肉・あまごの塩焼き・茄子煮びたし鰹かけ 、齏(あえもの) 炙り帆立貝柱の金山寺味噌あえ 、羹(あつもの) 黒米麺・山菜・生姜・稚鮎の甘露煮 、膾(なます) もずく・手長海老・柚子 、煮(にもの) とこ鮑・八幡巻・戻し椎茸の甘煮・ふきの煮物・銀杏・牛蒡の鰹煮 、茹(ゆでもの) 高菜の胡麻油いため・ごま豆腐・枝豆・里芋・山くらげの梅和え 、果子(かし) 蘇(古代のチーズ)・焼栗・山桃・白いちじく・果物 他に五穀米と若布の吸い物でした。スゴイでしょ!一応フルコースですよ。
この古代食は、飛鳥時代の宮廷人や高級官僚たちの食事を復元した、いうならば当時の貴族の〝宮廷料理〟なんです。今の私たちではめったに口にすることができないご馳走なんですよ。だって年金暮らしの庶民ですから…
藤原京や平城京での食生活は出土木簡などから分かっているんだそうですが、飛鳥時代については殆ど資料がなくて、藤原京の遺跡から出土した木簡をもとに想像を加えて〝飛鳥の宮廷の食卓〟として現代風に再現したものだと、支配人から紹介がありました。須恵器を模した酒器のにごり酒、朴の葉を敷いて盛られた山海の珍味…昔を思い出しながら懐かしく頂きました。特にあまごの塩焼きが絶品でした。ゴチソウサマ!後は学年別の懇親会…私たちの年度は10人参加で一番多かったんですよ。
18日(金)は、合宿のメイン。A、B、Cの3コースに別れて8時30分出発です。私たちCコースは、祝戸荘~石舞台~飛鳥寺~飛鳥資料館~甘樫丘(昼食)~天武持統陵~祝戸荘まで、約10㎞の行程。
お天気は、私が行くんだから大丈夫よ、な~んて言ってたら…ほら、バチが当たって天気予報は雨だって!でも、そんなこと気にしないもん、と朝までぐっすり…。行く前がちょっと寝不足でしたから。そしたら、見事に雨が上がって曇り…さらに、そのうち青空まで見えてきて、バンザイ!です。
最初に行ったのは〝石舞台〟。ここは横穴式石室を持った方形墳で、築造は7世紀の初め頃と推定されていますが、いつ頃からか古墳上部の封土は失われ巨大な天井石が露出した姿です。被葬者は不明ですが、6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかと言われています。
〝石舞台〟という名の由来は、一般には石の形状からとされていますが、昔狐が女性に化けて石の上で舞を見せた話やこの地にやって来た旅芸人が舞台がなかったので仕方なくこの大石を舞台に演じたという話もあります。
この〝石舞台〟には何度か来ましたが、以前は確かタダだったので自由に出入りができました。その時、この穴の中に何人入れるかなど言いながら記念撮影をしましたが、石の上に登っている人もいたような…。今では石の上に登ることは禁止され、お弁当などの飲食も遠慮して下さいと。外からは見えないようにしてありますので、入場料300円を仕方なく払いました。何だか…クヤシイ!
でもやっぱり飛鳥はいい!一昔も二昔にも戻ったような気がして、吹き渡る風が違います。ここはまだ村なんですね。地名の時は〝明日香村〟と書くんですって。どっちの字もいいですね~。そういえば俳人にもいましたよ。〝野見山朱鳥〟(のみやまあすか)という、高濱虚子に師事して、「菜殻火」を主宰した福岡県出身の俳人です。
曲がりくねった狭い道、バスの通るのがせいいっぱい…そんな道をリュックを背負っててくてくと歩く人たちの群が…私たちもそうですが…ビルや自動車の騒音がないのもいい。もう曼珠沙華は終っていたけど、残り花が一本咲いていました。あちらこちらに小流れの水音…水も澄んで、金平糖のようなかわいい〝ミゾソバ〟の花が、ほら…
気持がだんだんと浄化されていくようでした。家々の入口には万葉の歌が書かれた行燈(?)が…これが〝明日香の風〟なんですね。ではこのつづきはまた明日…