明日で10月も終りですね。こんなに時の流れが早くては到底付いていけませんので、私なんか〝置いてきぼり〟にしてくれたらいいのに。そうしたら年を取らないかも…なんて虫のいいことを考えたりして、ばかですね。いつもいつも時間と追いかけっこしてるんだから、却って息切れがして早く〝くたばる〟のでは…なんちゃって。
こんなこと書いていたら…思い出しました。「くたばる」というのは〝「死ぬ」ことをののしっていう語〟なんですよね。
何年か前、水原春郎先生がお亡くなりになった時、葬儀へ出られませんでしたので、新年俳句大会の帰りに水原家のお墓がある染井霊園へ寄って来たことがありました。ここにはたくさんの有名人のお墓がありましたが、時間が無くて…。その中で明治の小説家・「二葉亭四迷」の墓がちょっと大きくて目立ちましたので、よく覚えています。もちろん本名での墓でしたが。写真はお借りしました。ゴメンナサイ!
この二葉亭四迷の本名は長谷川辰之助なんですが、なぜこのような名前を付けたのかという筆名の由来は有名ですよね。父親が文学のようなものを志すぐらいなら〝くたばって仕舞え!〟と言ったとか。しかし、Wikipediaでは、〝処女作『浮雲』に対する卑下、特に坪内逍遙の名を借りて出版したことに対して、自身を罵ったことによる。文学に理解のなかった父に言われたというのは俗説である。〟と。
こんな話を生徒達にすると、すぐに名前を覚えてくれましたね。そりゃ私だってそうでしたもの。(笑)
ところで、その前に使った「置いてきぼり」という言葉も、本来は「置いてけぼり」が正しいんですって。なぜかというと、その語源が昔江戸本所(墨田区石原四丁目)にあった堀の伝説からだったんです。知らなかった!
本所七不思議の一つで、この堀で釣をすると、水中から「置いてけ、置いてけ」と呼ぶ声がし、魚を全部返すまでこの声がやまないという話。もちろん東京の方々はよくご存じなんでしょうが…。改めて、私にはヘエッ…でした。このように無意識に私たちが使っている言葉には、その語源を知らずに使っているものがきっとたくさんあるでしょう。知れば知るほど言葉って面白い!
さて、先日の句会の兼題は「銀杏」でした。これは銀杏の実のこと。この「銀杏」という字も気をつけないといけません。〝いちょう〟とも〝ぎんなん〟とも読むからです。〝ぎんなん〟と読めば秋の季語になりますが、〝いちょう〟と読むときは、〝銀杏散る〟とか〝銀杏の実〟〝銀杏黄葉(もみじ)〟などと言わなければ季語にはなりませんから気をつけましょう。
銀杏を焼きてもてなすまだぬくし 星野立子
この句にはいろんな意見が出ました。〝もてなすのに銀杏ぐらいじゃおかしいのでは?〟とか〝昔は電子レンジがないから手間が掛かって貴重だったからと違う?〟〝まだぬくしというのは焼きたてじゃないということよね。なぜそんなこと言ったのかしら…〟などなど…。これはきっと気の置けない者同士で一杯飲もうということでは?それで酒のつまみに銀杏を焼いてもてなそうということを詠んだのだと思うんですが…、違ってたらごめんなさい。
特にこの句をよく分るといって採ったのが酒好きのFさん。そのFさんの句は〈小料理屋のあてに銀杏十粒ほど〉という句でした。サスガです(笑) 写真は、貰った銀杏を剥いて撮ってみました。もちろん〈まだぬくし〉ですよ。( ^_^)
実はこの教室では初心者が多いので勉強のため、句稿に歳時記掲載の名句をいくつか混ぜて投句してあるんです。また、これは選句眼を養うためでもあるんですけど。
写真は、Nさんが自宅の庭にある銀杏を拾って、持ってきてくれた物。彼女の句に〈拾ふうち匂ひに慣れぬ銀杏の実〉があって、大笑い。でも彼女が言うには〝私は拾うだけで、後の始末は主人なの〟と。それで、またまた大笑い。もちろんNさんご夫妻に…ありがとうございますと言って食べましたよ。
そういえば〈銀杏のひすい色成し労忘る〉という句も出ていました。でもこれには〈ぎんなんをむいてひすいをたなごごろ〉という森澄雄の先行句があるからダメですよって…ね。写真は白魚のような手じゃなくて…ボケました。スミマセン!
でも、これは焼いたのではなく、封筒に入れて電子レンジでチンしたものですから超簡単。こんなにキレイな色でも置いておくと上の写真のようにさめるんです。ところで、Nさんが言うには、銀杏は10個以上食べると身体に良くないんですって。どうしてと聞くと、血液がどろどろになって心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすいんだと。エッ、ヤバイ!私大好きだからいつも10個以上食べてるし…おまけに血液さらさらの薬を飲んでるんですよ…