昌栄薬品です
渡辺武著 わかりやすい漢方薬 女性自身と漢方薬 より
女性の肌を守る香りとは
女性が男性と違うのは、女性は月経、受胎、出産という機能を持っていること、だから、男性よりも神経が細かく、身体を守るという防衛的な機能が備わっています。
唐時代の名著『備急千金要方』を読むと、香りの高い香、室の中でたく香、女性が身につける香水とか、御婦人の着物の袖に入った香袋など、香りの高い薬剤は婦人科の処方の中に入れています。
香りの高い薬剤は、防腐剤と防臭剤の効力を持っています。
婦人が香水や香袋を身につけるのは、二つの効力が身体の安全を守っているからです。
千年前の京都の清涼寺の釈迦像の背中から、経文や内臓が出てきた話を書きました。
また、東大寺の正倉院からそれをさかのぼる二百年前、聖武天皇や光明皇后の書き物、中国の王義之の書だとか、王冠、衣装が、虫食い一つなく、紙色も変らずそのままの姿で保存されていたことも述べましたが、こんな千数百年前の宝物が現在までどうして保存されていたかは十年前までは、詳細はわからなかったことです。
ただ、香薬が入っているということだけが知られていたのです。
『源氏物語』に出てくる〝えびの香〟というのは、光源氏が忘れられぬ女性の香りだといわれ、源氏物語の註釈をした与謝野晶子も谷崎潤一郎も、香をくべた物とか香の一種とかと解釈を下してきたのです。
源氏物語の書かれた平安朝には、すでに婦人は香りをつけたり、香をたいていたのです。これがわが国の香道のはじまりということになるのです。
釈迦像の内臓を調査したとき、絹の袋でできた腎臓や肝臓の中に香薬があり、少し絹の端が破れて中のものがこぼれ落ちているので、その内容物を調べてみたら、正倉院の宝物の中に入っている香とほぼ一致したのです。
そこで唐時代の古い中国の本に香について書かれたものはないかと、三十数巻を調べてみたが出ていないのです。ところが、千金要方の婦人科の項に、口の臭みを取る香辛料を主薬にした処方を記した項があります。
胃が悪いと口が臭くなるのですが、これには辛温の薬について数ページにわたって書いてあります。
それが〝えびの香〟の元になる処方であったのです。実は、〝えびの香〟も釈迦像の香も、正倉院の宝物の香も、元はこの唐時代の千金要方の婦人科の項にあったというわけです。
この香は「沈香」と「白檀」と「麝香」が元になっていました。
沈香というのは、木が化石になり樹脂が固まったもの、樹脂が燃えると匂いを出すわけです。
白檀は香り高いびゃくだんの木のこと、腐らず、かびず、虫がつかない保存薬で木をけずって気剤にもされています。
麝香は東南アジアに群棲する麝香鹿という動物からとった香です。
この三つの香の元が保存剤になっていますが、同時にこれは人間の内蔵機能を守る薬剤でもあるのです。
その一部を肝臓や腎臓の薬として飲むと、気剤として気が晴れて爽快になる作用があります。
また、その香りをつけることは、皮膚や粘膜を守り、頭につければ毛を守ることになるわけです。
女性が身に香りをつけるといえば、香水はヨーロッパでは長い歴史があります。
フランスのニースは、香水の町として知られています。
豚の脂肪を精製して匂いをしみ込ませたり、ハチミツにだって四、五十種の香りがあります。
ラベンダーのハチミツだとか、ローズのハチミツは有名です。
婦人が香りを身につけることには、皮膚や身体を守ることと、気が晴れやかになるという効き目があります。
化粧品にいい香りをつけるとか、石鹸に香りをつけてあるのは、気剤の効果があるからです。
香りの高い天然の物は、身につけても、飲んでも、保存料に使われても、カビを退け、腐らせず、気を晴らすという薬剤としての効力は失われないのです。
人間が自然の匂いを好むということは、いわば匂いは人間の生活に欠かせない食物や薬剤と同じものだということです。
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