か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

身障者用駐車スペースか

2014年10月11日 | クルマ

健常者がそこに止めるのは、よくないぐらいわかっている。だが、人のあら捜しをして、やっと人の不正を見つけると、ヒステリーを起こして正義の味方になったつもりで責め立てる人がいる。

物事はエスカレートする。「私は身障者用駐車スペースに駐車しません」というステッカーを貼る人もいるそうだ。善人ステッカーだな。

僕も、「私は万引きはしません」というステッカーを貼ろう。これだけに終わらない。一旦停止はきちんと止まるべきだ。赤信号も停車すべきだ。人が迷惑するかも知れぬからだ、否、場合によっては事故につながる。

さあ、「私は一旦停止で止まります」、「赤信号で止まります」・・・車は必ずステッカーで埋まる。

僕は、この欺瞞的な上から目線が大嫌いだ。そしたら一人で嫌っとけば、と、アホがまともな反論もできないで悔しがる声が聞こえる。

本論
そもそも狭い駐車場に多くの買い物客を詰め込もうと、一台あたりの駐車スペースを狭くしたのが問題だ。みんな身障者用スペースぐらいあれば何の問題もなく、欺瞞的、偽善的カッコつけ野郎の登場する余地はない。

そうなることは偽善野郎自身、いやだろう。自分たちが駐車できないかもしれないからだ。だが僕は測った。そのスペースは一般と長さ(奥行き)は変わらず幅が1.5倍弱だ。

つまり、すべての駐車スペースを身障者用並にしても一般の駐車スペース数が2/3になるだけだ。3000台の駐車場が2000台の駐車場になったとしても大勢に影響はない。概算すると最大で20メートル余計に歩くだけだ。平均15メートル。

それでも、偽善者は自分が買い物をするとき、不便になるのがいやだろう。そこまでして身障者を優遇しようというほどの善意は、たいていない。自分が損をしない限りの善意だから欺瞞だというのだ。

あるいは、身障者は2台分占拠して白線をクルマの真ん中にしても許されることにすればよい。ドアを開けるスペースが必要なだけだ。入り口の横にある必要はない。駐車場の地形を考えて合理的な位置に作ればよい。そうすれば一般の駐車スペースに影響ない。

日本はどうせ商売人の商魂を合法化するため駐車に関する面積の規定があるはずだ。その規定を論拠に、違法ではございません、というのはくも膜下に出血の始まった人だ。

いつそんな話をしたか。もっと物事を多角的多面的歴史的本源的(Sollen)に捉えよ。

貧しい労働者がたまの休みに、ホークス優勝だあ、イオンは2割引だあ、とモールに殺到し家の玄関のように狭い駐車場にカメラつきで曲芸駐車をする。

アメリカのコストコなら一台分の駐車スペースに、日本の軽は縦でも横でも3台は駐車できる。アメリカは広いから?じゃあ香港は。

ミラーこすったとか当て逃げされたとか、貧困にトラブルはつき物だ。

僕も貧しいからその手のトラブルはよーくある。ラーメン屋で踏み殺そう。

と、なる前に偽善者たちは真の原因について頭を使え。








 

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