
ずっと友達のページに居候を続けていましたが、そろそろ1人立ちしなきゃね~ってことでgooブログに。
なぜにkebanecoか?
それは、今のマンションに引っ越してきた1~2年後のとある大雪の降った翌日、まだ路上に残る雪に足元を取られながら買い物に出た帰りのこと。黒くて毛並みが異常に悪くやぶにらみの年老いたみすぼらしい猫が近づいてきて、私の靴に一生懸命顔をスリスリ。その時はお腹すいてる野良猫なんだと思って、ちょっとだけ食べ物をあげて帰宅。
以来その猫のことが気になるようになって、前を通るたびにその存在を確かめるようになった。その猫は毛並みが悪いので夫婦の間で「またあの製本屋さんの倉庫にいる毛羽立った猫に会ったよ」「毛羽立った黒い猫、今日も居たよ」「ケバ立ち猫に会えた日はなんだかいいことありそうな気がするよね」と、だんだん枕詞が短くなり、最終的にケバ猫またはケバに。
後でわかったのは、その猫は、倉庫の近所で1人暮らしをしていたおばあちゃんが飼っていた猫で、そのおばあちゃんが亡くなったため、近所の人が皆でかわいがっているのだということ。とはいえ、かわいがるって言っても「わ~、かっわいい~~」とはお世辞にもいえない外見。でもなぜだかお世話したくなる猫だった。
当時猫を飼っていなかった私たちも、程なく「お世話係」に自らを任命し、わざわざ倉庫の前を通るように駅まで変えた。会えたときのためにドライフードをポケットに忍ばせて出勤したり、スーパーの帰りにお刺身を一切れ・二切れ貢がせていただく身分になった。あまり気前良く刺身を差し出して、「僕のも残しておいてね」と主人に釘を刺されたことも。でもそういう彼だって結構見境なく(?)お世話していたと思うけど。
そうこうしているうちに、いろんな人がお世話していることがわかった。新聞紙を地べたに敷いて、割り箸で猫缶の中身をほぐして毎朝ケバにご飯を上げているおばさん発見。彼女はケバのことを「チ~コ」と呼んでいた。手の不自由なおばあさんと一緒に、ベンチで日向ぼっこするケバを何度も目撃した。雨の日に困ってるかなと思って行ってみると、若い女性が牛乳上げていたことも。倉庫の若い作業員にお弁当を貰ってるケバの図は、なかなか心温まるものがあった。
3年位前にその倉庫にはマンションが建ち、「寒そうでかわいそうなので引き取ります」という張り紙とともにケバは姿を消した。以来行方知れず。やぶにらみで毛並みが悪くて多分ボケてて、顎ががくがくしていて、どうみてもかわいくない毛羽立った猫だったけど、いなくなられた喪失感は半端じゃなかった。今でも時々、そのマンションの前を通るときに「どうしているかな」と思う。
こりゃうちも猫を飼うかね?という話題が出始めたのはその頃から。
折り良く(?)知り合いのY沢さんから「猫を飼うなら捨て猫の里親になってやりなさい」という一言を頂き、近所のY木さん夫婦の「いいよ、留守のときはうちが面倒みてあげるから」の駄目押しで、2年前の6月30日に我が家も晴れて猫を家族として迎え入れることができた。
黒猫(雌)のケバと、サバトラ(雄)のマロ。
近所のペットクリニックに張られていた捨て猫ボランティアの里親募集の写真から選んで、彼らがうちの猫になった。黒猫ケバの名前は当然初代ケバから頂いた。2人とも仕事で昼間は留守、出張も多いので一匹ではかわいそうっていうことで2匹。マロは額のポツポツがお公家さんみたいだから。
というわけで、毛羽立った猫が縁で家族に加わったケバとマロと2人の人間の日記だよ。
なぜにkebanecoか?
それは、今のマンションに引っ越してきた1~2年後のとある大雪の降った翌日、まだ路上に残る雪に足元を取られながら買い物に出た帰りのこと。黒くて毛並みが異常に悪くやぶにらみの年老いたみすぼらしい猫が近づいてきて、私の靴に一生懸命顔をスリスリ。その時はお腹すいてる野良猫なんだと思って、ちょっとだけ食べ物をあげて帰宅。
以来その猫のことが気になるようになって、前を通るたびにその存在を確かめるようになった。その猫は毛並みが悪いので夫婦の間で「またあの製本屋さんの倉庫にいる毛羽立った猫に会ったよ」「毛羽立った黒い猫、今日も居たよ」「ケバ立ち猫に会えた日はなんだかいいことありそうな気がするよね」と、だんだん枕詞が短くなり、最終的にケバ猫またはケバに。
後でわかったのは、その猫は、倉庫の近所で1人暮らしをしていたおばあちゃんが飼っていた猫で、そのおばあちゃんが亡くなったため、近所の人が皆でかわいがっているのだということ。とはいえ、かわいがるって言っても「わ~、かっわいい~~」とはお世辞にもいえない外見。でもなぜだかお世話したくなる猫だった。
当時猫を飼っていなかった私たちも、程なく「お世話係」に自らを任命し、わざわざ倉庫の前を通るように駅まで変えた。会えたときのためにドライフードをポケットに忍ばせて出勤したり、スーパーの帰りにお刺身を一切れ・二切れ貢がせていただく身分になった。あまり気前良く刺身を差し出して、「僕のも残しておいてね」と主人に釘を刺されたことも。でもそういう彼だって結構見境なく(?)お世話していたと思うけど。
そうこうしているうちに、いろんな人がお世話していることがわかった。新聞紙を地べたに敷いて、割り箸で猫缶の中身をほぐして毎朝ケバにご飯を上げているおばさん発見。彼女はケバのことを「チ~コ」と呼んでいた。手の不自由なおばあさんと一緒に、ベンチで日向ぼっこするケバを何度も目撃した。雨の日に困ってるかなと思って行ってみると、若い女性が牛乳上げていたことも。倉庫の若い作業員にお弁当を貰ってるケバの図は、なかなか心温まるものがあった。
3年位前にその倉庫にはマンションが建ち、「寒そうでかわいそうなので引き取ります」という張り紙とともにケバは姿を消した。以来行方知れず。やぶにらみで毛並みが悪くて多分ボケてて、顎ががくがくしていて、どうみてもかわいくない毛羽立った猫だったけど、いなくなられた喪失感は半端じゃなかった。今でも時々、そのマンションの前を通るときに「どうしているかな」と思う。
こりゃうちも猫を飼うかね?という話題が出始めたのはその頃から。
折り良く(?)知り合いのY沢さんから「猫を飼うなら捨て猫の里親になってやりなさい」という一言を頂き、近所のY木さん夫婦の「いいよ、留守のときはうちが面倒みてあげるから」の駄目押しで、2年前の6月30日に我が家も晴れて猫を家族として迎え入れることができた。
黒猫(雌)のケバと、サバトラ(雄)のマロ。

近所のペットクリニックに張られていた捨て猫ボランティアの里親募集の写真から選んで、彼らがうちの猫になった。黒猫ケバの名前は当然初代ケバから頂いた。2人とも仕事で昼間は留守、出張も多いので一匹ではかわいそうっていうことで2匹。マロは額のポツポツがお公家さんみたいだから。
というわけで、毛羽立った猫が縁で家族に加わったケバとマロと2人の人間の日記だよ。
今後携帯からアップデートするかもしれないって考えると、あまり凝ったデザインは首を絞めることになるかも、な~んて思い始めると、またシンプルなものに回帰したりして・・・。
当分「あれ?ここだったっけ?」と思うような事態が続くと思いますが、お付合いください(苦笑)