今日のうた

思いつくままに書いています

ふたりご 1

2015-01-01 20:49:54 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
あけましておめでとうございます。
ブログをお読みくださいましてありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

短歌を始めてもうじき11年になります。
ひと区切りをつける意味で、2013年10月に上梓しました第一歌集『ふたりご』の一部を、
書き記しておこうと思います。

2004年から2013年までの歌を、ほぼ作歌順に収めています。
2007年~2013年までに「題詠blog」に投稿した歌は、かなりの数になります。
それらを普通の章立てに入れられるものは入れて、入らなかったものは
「題詠blog2007~2013」に収めました。
お読みくだされば幸いです。


  地球を感じよ

空砲の鳴る畑道(はたみち)をゆく朝(あした)やらねばならぬこと何もなし

つややかな辛夷(こぶし)のつぼみに触れたれば仔犬のような温もりのあり

抱擁のごとく芒(すすき)に巻きついて荒れ地に葛のつるの幼き

ゆるき風わが身に受けては押しかえし太極拳を庭に舞いおり

山おおい送電線をものぼりゆく葛という字を子は嫁(か)してもつ

超音波画像に胎児と会える子の涙は枕につつっと落ちぬ

赤黒き顔ぬめぬめとひかりいる羊水を出(い)で二時間経(た)つも

たんぽぽの綿毛のような髪を撫でひしと抱(いだ)けば乳の匂いす

みどりごの重みの腕に残りいき ぬるき風ふく地下鉄ホームに

〈すしのこ〉の匂いがすると女子(おみなご)の髪をむすめは拭きてまたかぐ

意志をもち歩き初(そ)めたる孫ちひろ地球を感じよその足裏(あなうら)に


  新毛斯 

一瞬に真鯉あらわれ泳ぎくる鈍色(にびいろ)のさざなみ押し分けながら

強風に羽ばたきいたる雲雀(ひばり)の子たちまち凧(たこ)のごとく落下す

風にゆれ凌霄花(のうぜんかずら)ひとつ落つ母に背(そむ)きし夏の思わる

リウマチの指に包丁重ければ果物ナイフに菜(な)を切る母は

木棚より新毛斯(しんモス)ひと巻き引き出(い)だし母は裁(た)ちにき曲れる指に

                             新毛斯=綿織物。

割烹着(かっぽうぎ)のポケットにいつも入ってた母が拾いし輪ゴムが二、三

茄子(なす)の実の地につくままに朽ちてゆく ひとつの町に母は生きたり

生前に母はノートに記(しる)しいき「香典返しは敷布(しきふ)にすること」

火屋(ひや)の母 灰となりたるその中に人工関節あかく光れり

                             火屋=火葬場。

母の頭(ず)のまろきかたちを覚えおり髪洗いいし右の手のひら

ひゅるひゅると気管支の鳴る秋の夜は母の胸にて泣きたきものを

煮こぼれし醤油のにおい立ちこめて誰かの子供でいたき夜なり


  シュプレヒコール

三十年返しそびれしままの本『ゴドーを待ちながら』われの書棚に

                   『ゴドーを待ちながら』=ベケットの戯曲。

サナトリウムに憧れていし若き日の一時期 喘鳴(ぜんめい)という言葉を知らず

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)のまっ赤な花が咲いていた おもいで少なきはたちの恋は

愛しさの風化するまであとすこしメタセコイアの針の葉を踏む

西日受けバターの溶けるアパートが初めてわれの砦となりき

冬空に拳(こぶし)をかざす花梨(かりん)の実シュプレヒコールも遥けくなりぬ

メルシーのラーメンいまも健在と婿は言いたりGABANが置かれ

                            ギャバンの缶コショウ。

ラーメンの汁飲み干して汗ぬぐうこの煮干し味三十年ぶり


  子と過ごす夏

人間を南瓜(かぼちゃ)のように積むHONDAラッシュ・アワーのタイのハイウェー

散歩することはないのか バンコクの路傍にねむる痩せた犬・犬

巨大なる足裏みせる涅槃仏(ねはんぶつ)タイの暑さはかなわぬ、かなわぬ

全裸にて少年ひとり飛び込みぬ夕陽かがやくチャオ・プラヤ川に

ピシピキと薪の火はぜて煙立つ いつかは終わる子と過ごす夏


  朝の蓮池

音階の狂ったオルガンめく音にウシガエル鳴く朝の蓮池

朝の陽(ひ)に睡蓮の葉の揺らぎいて鯉のうろこのひかり浮かび来(く)

睡蓮の葉をくわえたる鯉は今ヘディングするがに縁(へり)をちぎりぬ

雨の日のわが間脳はゆるびいてとろとろとろとろ魚のねむり


  次女の引っ越し

玄関にピンクのサンダル置きしより娘のいるごと華やぎ初(そ)むる

ひとさし指くちにふくみて眠る児(こ)とエレベーターに乗り合わせたり

むらきもの心の置き処(ど)のなき昼はひとり茶漬けに山葵(わさび)を入れる

               むらきもの=「こころ」にかかる枕詞(まくらことば)。

みどりごのよだれのような粘液にまみれたる手にアロエベラ剥(む)く

いちだんと重くなりたる孫を抱く夢のなかでも成長しており












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ふたりご  2

2015-01-01 20:48:50 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
     日傘をまわす

藍染(あいぞめ)のあやめの浴衣着たる子は「奥様みたい」と日傘をまわす

再婚しわれの味噌汁変わったという子は白味噌、夫は赤だし

じぶじぶと鰆(さわら)の西京漬焼けて味噌の香ばし白飯(しらいい)をもる

弾みいる声にうそなど交(まじ)らいて子はあたらしき恋をするらし

帰りゆくむすめの背中は四つ角で夕日を受けてくるりと返る

鉄さびの浮くヘアピンの置かれおり浴槽のへりに子が忘れゆき

長雨に紫陽花(あじさい)の枝たわみいる 諍(いさか)うことの少なくなりて

棒打ちて鳥遣(や)らいつつ歌うたう老女を想うさびしき日には
                            遣らう=追い払う

幼き日していたように蚊帳(かや)に入(い)る白きレースの端をゆらして

子の腕の傷にガーゼをあてやれば指はねかえす弾力のあり

      われに男(お)の子なし

深みどりのジェラートのごと切り立てる山脈のあり われに男(お)の子なし

坑道のごとくしずもる大腸をライトに照らし内視鏡入(い)る

水芭蕉の苞(ほう)のかたちにうしろ髪結(ゆ)いし娘が見舞いに来たり

窓ガラスに白蛾(はくが)はりつき天井にやもり貼りつき夏の夜(よ)は過ぐ

頬張りて噛み砕きては嚥下(えんげ)する食(た)ぶとはかくに生臭きこと

老いてなお恋に縋(すが)れる人のごと百合のおしべの花粉の重し

じりじりと木を登りつつ交尾せし蝉は離(さか)りて声低く鳴く

黒雲の裡(うち)より爆音聴こえきて機影はあらず夏の終わりに

      この日を迎う

一斉(いっせい)に木が芽吹きたりプロポーズされしと子よりメールのありて

結婚の許しを乞(こ)いに来たるひと膝を合わせてソファーに坐る

「至らない子ですがきちんとやる子です」うつむく娘の手に涙落つ

二年前「恋をするらし」とわが詠(よ)みし子はゆっくりとこの日を迎う

エニシダは黄(きい)の光をまきちらす二度と還(かえ)らぬこの一瞬を

三面鏡閉じなくなりぬ婚礼に母購(か)いくれしものみな旧(ふ)りて

パソコンのオフの画面に映りいる夕日のいろの濃くなつかしき

      歯の塚ならむ 

赤紫蘇(しそ)を煮出したる濃きむらさきに酢を垂(た)るせつな鴇(とき)色(いろ)の海

指先が鉄さびのような臭いする辣韭(らっきょう)五キロ漬けたる夜に

瓶(びん)底に堆(うずたか)くある辣韭はスピノサウルスの歯の塚ならむ

ノルウェーよりトマトのできを尋ねくる夫の声の受話器にひびく

最北の地ノールカップにいま立つと夫の声きく午前三時に

大ぶりの茶碗に飯(いい)を食(は)みており旅に出(い)でたる君に代わりて

身のおくか熱の生(あ)れきて耳たぶのふるえ始める新月の夜

                         おくか=奥処(おくか)。

新旧の石鹸ひったり貼られおり 壮年の夫(つま)をわれは知らざる

雨の日の畳の部屋には亡き人の足跡はつか滲(にじ)みいるらし

白髪をふり乱し咲く銀水引ゆうぐれどきの路地のかたえに

      トローチの穴

冬空に毛細血管ひろげいるメタセコイアが深呼吸する

トローチの穴の確かさ ゆがむ字に年賀状くるるわれの先生

担任が同僚でありし七年間わが緊張は十六歳(じゅうろく)のままに

作りくれし娘の受験お守りは先生の庭の四つ葉のクローバー

わたくしと「く」の心棒をしかと持ち太田さん話す日本語うつくし

くきやかな顎(あご)のラインのそのままに姪(めい)は二十歳(はたち)の誕生日迎う

梅の咲く下に車椅子の老い人はまがれる口に紅さしており

先生と互(かたみ)に呼びて語り合う職退(ひ)きしいまも四人集(つど)えば

腿(もも)うちに銃弾のこるカルロス君 少年時代をペルーに過ごしぬ

八年間放置されいし銃弾よ十八歳のからだの中に

       蓮の実

干芋を食(は)みつつ夫(つま)と相撲みる昔の父と母とのように

一番を終えし力士がへたりこむ黒き足裏そのまま見せて

E・Tのごとく蓮の実そら見上ぐ みどりの揺れる葉の間(あわい)より

夕まぐれ風吹くときに眼下(まなした)の池は一瞬鳥肌となる

だしぬけに雨音迫りパソコンの光のうかぶ部屋に目覚めぬ

輪ゴム切れわが指を打つ痛さなり夫の息子のことに触るるは

だんだんに声荒げゆく夫(つま)見ればああこのひとも人の親なり

戸袋に入(い)りたる風のやすらぎて時おりとろろん雨戸を揺する

椅子の位置ぴたりと決まらぬ日のようにちぐはぐな会話つづいていたり




(生命力の旺盛な葛)

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ふたりご 3

2015-01-01 20:47:59 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      ひまわり

夏の朝大ひまわりの蕊(しべ)ひかる いがぐり頭が汗噴くごとく

葱坊主のうす皮ごしに花の見ゆ はちきれそうな少女のふともも

山吹(やまぶき)色のむすめの着物干しおれば母の箪笥(たんす)とおなじ香のする

珈琲を淹れてもいれても色の出ぬ夢に起きだす秋冷えの朝

結納にひと日限りの夫婦なり十年前に別れし人と

正月に皿鉢(さわち)を食べに来てくれと言われたる子に高知が近づく 
                            皿鉢=高知の名物料理

ここに来て触れよとばかり光りいるアキノエノコロ種落ちやすし

秋の蚊はこめかみと手の四箇所を刺して今宵もわが部屋に生(い)く

手に残るアカイエ蚊の漿(しょう)液を真夜(まよ)に洗いつ冷たき水に

公園のひまわりの蕊に爪たてて盗人(ぬすっと)のごとく種はがしゆく

晩秋に肋(あばら)のごとき雲うかぶ つね痩せていし父のその胸

トラクターに掘り起こされし広き野にひまわりの茎あちこち刺さる


     熟柿(じゅくし)

金泥(きんでい)の海のごとくに照り返す凍(い)てし朝(あした)の路面の雪は

熱き湯に雪の塊(かたまり)入れくれし母若かりき そとは雪ふる

冬の朝触れしノートは冷え切りてたちまち指の熱の奪わる

屋上に発声練習せし朝は「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ」空にぶつけて

冬空を噴き上げいたる水ふいに止(や)みて一気にわれも落ちゆく

その記憶われにあらねど子はここを叩(はた)かれたると指差して言う

今日ひとに触るることなき手のひらに湯に浮く柚子を握りしめたり

くずれたる熟柿(じゅくし)に蜂のうごく見ゆ 夭折(ようせつ)知らせる手紙がとどく

寒き夜(よ)は祈るかたちに手を組みぬ十本の指ひったりつけて

火の見えぬファン・ヒーターに暖をとる輪郭のなき冬のいちにち


      山ざくら

ぷっくりと空気をはらむ葱の葉が春の畑を一面おおう

そのうろこ螺鈿(らでん)のごとく光りいて春のくちなわ道に死におり
                   螺鈿=貝の真珠色の部分を漆器にはめ込んだ飾り
                   くちなわ=蛇

雀は鵯(ひよ)と交わることのあらざるや鵯の木のあり雀の木あり
                           鵯=ヒヨドリ

白髪のなびくがごとく風にのり吉野の谷にさくら散りゆく

弁当の煮しめに降りくる山ざくら雀の色に染まりてゆけり

前登志夫のうたに誘われ来し吉野 十日前にはここに在(いま)せり 
                            2008年4月5日逝去

菜の花は莟(つぼみ)切られて並び立つ首級(しるし)とられし戦士のごとく

絵の隅にくれないのすじ過(よ)ぎりいるムンクの鮮血(あらち)を塗りこめたるか

大鰺(おおあじ)の腸(わた)を抜かむとわが指がやわきに触れて一瞬ひるむ

ブルマーの脚に包帯巻かれおり痣(あざ)をかくしし十五歳(じゅうご)の写真

くふくふと体(からだ)の奥にひそみいる甘えたかりし幼きわれが

球形の薊(あざみ)のつぼみ棘(とげ)立ちてゆうべの風を傷(いた)めつけおり

マンガーノの映画観し夜(よ)のバスタブに扁(ひら)たきわれが浮かびていたり
                       マンガーノ=イタリアのグラマラス女優

茗荷(みょうが)の芽が幟(のぼり)のごとく突き立てる朝(あした)アドレス一つ削除す

言い返すまえに勝負はついており入道雲を見ずに夏逝(ゆ)く


      ふいごのように

黒土よりチューリップの芽でて来たりひな鳥が餌(え)を欲(ほ)るくちに似て

八年間ひとり暮らししアパートを去りぎわ娘はカメラに納む

子のかたえ今日より眠るひとのいる 春の夜道を帰り来たりぬ

水切りの石は水面(みなも)を跳ねてのち沈みゆきたり五月の沼に

緑濃き人参の葉はジオラマの森のごとくに畑をおおう
                  ジオラマ=実際の風景に似せて小型模型を配したもの

たんぽぽの綿毛に変わる瞬間を見たことはなし 老眼すすむ

新しき姓にて届くカーネーション何かが違う今年の赤は

子はみんなそうだと言いてくれしこと われと夫の子にあらねども

子のためとアイスクリームの天麩羅(てんぷら)に醤油かけやる母なりしわれは

泣きたきを我慢するときわが胸はふいごのようにふくらみちぢむ
                      ふいご=足で踏むなどして風を押し出すもの

一日を咳して終わるゆうぐれは声を持たざる蟻(あり)を見ており


      ジューン・ブライド

亡き母の帯のからだに馴染(なじ)みおりジューン・ブライドの母なりわれは

色白の子のなお白きおしろいを塗りてふっくら笑(え)まいつつ来る

水引を髪につけたる巫女(みこ)のあと一団となり黙(もだ)しつつゆく

ひと呼吸おきて斎主(さいしゅ)の読み継げる姓の違(たが)える父と母の名

高き音たててルージュの転がれり玉串をもつ巫女のかたえに

わが犬の最期を看取(みと)りくれし義姉(あね) 襁褓(むつき)あてしと声を詰まらす
                            襁褓=おむつ

「おばちゃん」と今なお呼びてくるる人 十一年の間(ま)に三児の母なり

中学の恩師のスピーチ続きおり「イベントになると燃える子でした」

ふるさとの鰹のたたき配りゆく婿は襷(たすき)をきりりと掛けて

わが詠みし歌の飾られたる横に高知の母の布の蝉とまる

里芋の煮っころがしの弁当の礼を娘は泣きながら言う

点滴を受けて臨(のぞ)みし結婚式とどこおりなくすべて終わりぬ





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ふたりご 4

2015-01-01 20:46:38 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      初生(な)りトマト

夏空に葛、やぶ枯らし、金葎(かなむぐら)フェンスを越えて蔓(つる)さき立たす

地下足袋にペダルこぐ老い人われを抜く荷台に鍬(くわ)を一本積みて

ぬばたまの黒き鳥なるオオバンの額(ぬか)のみしろく神は創(つく)れり

蓮の葉の漏斗(ろうと)のような窪みへときるきる雨が吸い込まれゆく
                            漏斗=じょうご

手のひらに寄り添うような軽さなりロゼ色ケータイ子より贈らる

嫁ぎたる子より着信今日もなし初生(な)りトマト滴(したた)らせ食(た)ぶ
  
花道を菩薩のような笑みうかべ琴欧洲ゆく優勝決まりて
                        二〇〇八年五月場所にて

立合に張り手が空(くう)を切るごとき批評と気づく歌会(かかい)を終えて


      凌霄花(のうぜんかずら)

雨しずくつけて蜘蛛の巣撓(たわ)みおり 今は言わずに黙っていよう

凌霄花(のうぜんかずら)落ちいる路面うつ雨に勢いありて花びら浮かす

雨あがり血溜(ちだま)りのごと固まれる凌霄花のおもく揺れいる

腎を病む母は氷を舐(ねぶ)りつつ喉の渇きに堪えていたりき

六十二歳(ろくじゅうに)のその半分を病みいたる母に習いしこと思い出せず

楓(かえで)の木の根方(ねかた)に胞衣(えな)を埋めしという母の言葉を
いまも畏(おそ)るる
                           胞衣=胎児を包んだ膜と胎盤

夏の夜の水琴窟(すいきんくつ)より聴こえくる忍びわらいの死者たちの声


      のっぺらぼうな日日(にちにち)

池の面(も)がしずかに息を吐くように輪の生(あ)れ鯉のうろこの見ゆる

レントゲンの肺の翳(かげ)りの浮かび出(い)づ入道雲のあわいにひとつ

二階よりよしず吊(つる)せば商家めき氷小豆が食べたくなりぬ

菜園にモロヘイヤ摘む夫(つま)が見ゆ首のうしろを黒光りさせて

逆光にひまわりの萼(がく)ならびいるのっぺらぼうな日日(にちにち)のごとく

葱の香の満つる畑道あちこちに切り捨てられし白が散らばる

葱畑(ねぎはた)にゆまり終えたる老い人は夕光(ゆうかげ)の中もんぺ上げおり
                           ゆまり=尿

われをさけ欅(けやき)もみじ葉降りしきるだれも知らないまひるの快楽

ウォーキングしたる日の夜(よ)の体(からだ)から獣(けもの)のにおう鏡のまえは

まなかいに白きうなじのうつむけば銀杏(ぎんなん)に似る骨うかび出(い)づ
                           まなかい=目の前

人疲れしたる日のよる栗をむく栗むき栗むくテーブルの上


      なおも手を振る

小きざみに声を浮力に変えながら雲雀(ひばり)はあがる七月の空を

ためらいのごとき間(ま)をもち潰(つぶ)れゆくわが靴底の青き梅の実

烏骨鶏(うこっけい)二羽に仔猫の六匹が農家の庭のそれぞれを占む

急(せ)くことのひとつひとつと無くなりぬ うす紫のカンパニュラの花

ただひとつ希(ねが)い叶わばゆったりと子を育てたし数珠玉(じゅずだま)つみて

原っぱの土管(どかん)の中にまどろめり遠くにわれを呼ぶ声がして

父と同じ箸づかいする人ありて秘事(ひじ)知りしごと心みだるる

手を振りて見送りくれし病室に戻ればなおも父は手を振る

鴉(からす)去りてアンテナしばし揺れており十月の午後つめたき雨ふる


      黄花コスモス

半球の空を背負いてゆく朝はひろき歩幅に畑道をふむ

傷(いた)みある小蕪(こかぶ)をかごに帰り来て夫は冷めたお茶を飲み干す

クリップに散(ばら)ける紙を留(と)むるごと職退(ひ)きし夫(つま)は気を使いおり

プレミアムモルツのように君だけが光りつつ来るカートを押して

憧れいしノールカップより帰り来て夫はその後を旅には出(い)でず

老眼鏡すこしずり下げ夫(つま)は読む付箋つけたるわたしの歌を

通信簿を見せいるごとく待つわれに「いいね」と言いて夫は顔上ぐ

〈光の春〉を教えてくれし日は過ぎてひだまりに夫(つま)は爪を切りおり

閑(しず)かなる老後というはこのことか背すじ直(す)ぐなる夫を見ている

ノックをせずに扉をあける人と居て知らぬ間(ま)にわれはゆるびていたり

こすもすに黄花コスモスまじり咲くこのままでいいとようやく思えり

牡蠣(かき)鍋のにおいの残るわが髪よ夫の寝息を聴きつつ眠らむ


      柚子味噌

魚には発熱というはあらざるやひかりまぶしき冬晴れの朝

雪は止(や)みキーンと射しくる陽(ひ)の中へひとり、ひとりと人が湧きくる

庭隅(すみ)がうごき始むる午後三時待ちきれないか「ウワン」とひと哭(な)き

だぼだぼの靴にゴボウの足入れてむすめは走る仔犬ひきつれ

うす桃色の新居に犬を飼いし日のわが巡りには音あふれいき

「賑やかなお正月でした」のふみ添えてポンカン届く子の姑より

ポンカンを剥けば果汁がほとばしり高知は娘のふるさとになる

ベランダが満艦飾(まんかんしよく)の日々ありき シーツ二枚を冬の日に干す
                  満艦飾=軍艦が艦全体を信号旗などで飾り立てること

一合の米研(と)ぐ指のたよりなさ硬めのごはんに柚子味噌のせる

元気なら会えずともよし 子の齢(とし)に母のさびしさ思わざりけり

冬のあさ松の幹より湯気立ちてしずかに空へ吸われてゆきぬ
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ふたりご 5

2015-01-01 20:45:29 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      わが季(とき)をゆく

わが子より我に似る目に笑いたり四十年ぶり会いたる従兄

一九六九年(いちきゅうろくきゅう) 映画のように語りあう受験せしわれ 闘争せし従兄

初めてのデモに終電乗りおくれ深夜喫茶に朝を待ちいき
 
役者になると母を泣かせし日のありき駅の灯(ひ)に蛾のぶつかりて飛ぶ

広東麺(かんとんめん)のとろみに舌の灼(や)けつきぬ終わりにすると決めし日の夜(よ)は

フライヤーのポテトのごとく人間を押し出し信号赤に変われり
                             フライヤー=揚げ鍋

Gパンにエイとししむら押し込めて調子はずれのわが季(とき)をゆく
                             ししむら=肉体

      二十二歳の夏

鯉と鯉しずかに淡くすれちがう死者のたましい宿せるごとく

鯉池に投げ込まれたるえびせんの油膜がにじむ ぶり返すいたみ

家族という傷もつふたりが出会いしはサルビアの咲く二十二歳(にじゅうに)の夏

「この人には何を言っても赦(ゆる)される」そう思わせしおのれに怒(いか)る

そののちを知らず逝きたる母さんに「阿呆(あほう)やったね」と呟いてみる

ひとり住みふたりになりてふたり増えいまはしずかにふたりに暮らす

子の家の行きと帰りに買うマスクおひとり様二点限りに
            2009年は新型インフルエンザが流行し、マスクが品薄だった

婿の背に毛玉のあまた付いている 怒った顔を見たことがない


      手鏡

小(ち)さき耳あまたそばだて炎昼にポンポン・ダリアの白き花咲く

南アより運ばれ来たるパパの声に五歳の孫はチュチュチュと応(こた)う

おばあちゃんと呼べるようになりおばあちゃんに我はなりゆく四年ぶりなれば

「フィギュアかって」と買うまでを泣くおみなごの睫毛(まつげ)の先より涙したたる
                      フィギュア=人の形をした立体的な像

腐食ある手鏡ソファーの上にあり思春期に子がいつも見ていし

一日の濃度がねんねん変わりゆく紅茶にミルクをたっぷりいれる

七年間毎昼カレーを食べるという儀式のごときイチローの一日

テレビ観てひと日ベッドに臥(ふ)しおれば二十杯ものカフェラテCM

眠られぬ夜にひとりの友おもう ほくろの位置が思い出せない

手脚折りユニット・バスに浸るとき人の体はしみじみ四角


      十三回忌

声明(しょうみょう)のごとき数字を聴き分けてちいさき指に珠(たま)はじきけり

白糸のごとく飛びゆく乳汁(ちじる)あり古きお寺のお蔵の絵馬に

黒豆の誤嚥(ごえん)にはじまる父の死は 歳晩(さいばん)につどう十三回忌

姉妹にも陰陽はあり近づけば目眩(めくら)むばかり陽のいもうと

白米がバター・ライスになったよう付け睫毛(まつげ)ながき姪(めい)の笑顔は

職辞すという弟を留(とど)めし日 われのおとうと遠くなりたり

怒らざる文句言わざる父なりき生きてる内(うち)はわからなかった

帳簿には「酒心(しゅしん)を断(た)つ」の父の文字おおきく二箇所書かれてありぬ

酒々井(しすい)という淋しきひびきのふるさとよ父はお酒を愛し憎みき
          酒々井=佐倉と成田の間にある町。父は神田須田町から疎開し、
          この地に住み着いた

人住まぬ家は荒(すさ)びて色はなし実生(みしょう)の木だけが枝をひろげる

風袋(ふうたい)の目方(めかた)差し引く生き方を厭(いと)いし日ありき 父に似てくる
                               風袋=包装紙、箱など

湯のなかの柚子をしぼれば油膜いでわれの巡りをゆらりとかこむ


      冷たいほっぺ

田の水にうつる日輪(にちりん)どこまでもわが前をゆく 距離を保ちて

突然の雨に濡れたるおみなごの肌はアーモンドの匂いする

形成外科にむすめと待ちぬ眼の痕(あと)のしろく扁(ひら)たき人と並びて

アイス・バーのような木片(もくへん)つみ重ねつみ重ねゆくひとりごの孫

つるつるの冷たいほっぺ撫でやればころり寝返るママがいない夜(よ)

アラブの地に就(つ)くころ傷は癒ゆるだろう砂漠の風に前髪ふかれて

十八歳(じゅうはち)に家を離れて幾たびか 深夜便にてむすめは発(た)てり


      「が」が重いから

かき氷を食(は)みたるごとくきいいんと血管しまる大寒(だいかん)の朝

雪のこる畑(はた)より帰り来し夫(つま)の手に白菜は葉さきが透ける

とろとろと金柑を煮るきんかんはこそばゆそうに臀(しり)を浮かせる

いつしらに蚊を飼いており病める日は眼(まなこ)ころがし二匹と遊ぶ

人群れがわれに向かいて押し寄せる白き朝(あした)は過呼吸になる

音を消すラップ・ミュージック鳴り出してМ・R・Iの検査はじまる

ゆるやかに走査しながら上がりきて光がわれの顔を捕(とら)うる
                            CТスキャンを受けていた

一年で医師は異動すこの先も癒ゆること無きわれを知らずに

ノブ回す、雨戸を閉める、髪を梳(す)く、右の肋(あばら)に直(じか)につながる
                            咳でひびが入る

羽毛布団の空気みたいに生きてくね お母さんがの「が」が重いから

朝(あした)には必ず会える人のいて『キッチン』読みつつひとりに眠る
                        『キッチン』=よしもとばななの小説

すかすかの胸は冷たく目覚めたり春の厨(くりや)に牛乳をのむ

菜の花のたばね棄(す)てられたる中にそこより伸びる一本のあり
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ふたりご 6

2015-01-01 20:44:34 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      赤き水

無意識の顔をさらして皿あらう対面式のキッチンというは

病める日も祝いのあとも立っていた生きてるうちは台所に立つ

袖(そで)を通すことなく旧(ふ)りしわが着物いちまい、いちまい母が見し夢

若き日に海馬(かいば)に記憶させし眼を四十年の間(ま)ときおり取り出す
                            海馬=記憶に関与する

六十歳(ろくじゅう)は母の晩年なることを思いつつ過ぐわが生(あ)れし日は

ぎしぎしとわたしの髪を洗うのはリウマチを病む前の母の手

一度だけ泣くを見たりき硝子(ガラス)戸の向こうに母は値札付けつつ

ひぐらしの羽のごときが光りいし 朝のシーツに母の落屑(らくせつ)
               薬の副作用で、うすく光る角質層の片が散らばっていた

いつからか母を寛(ゆる)せるわれとなり享年までは残り二年に

赤き水入れれば赤きペット・ボトル机の上に淋しさを置く


      炭の風鈴

草いきれの中を歩きし若き日を思い起こせるルッコラの青

蜜蜂や蜂をしたがえ栗のはな初夏の陽射しにしずかに垂るる

千代田線の車内にマニュキア塗るひとは一爪(ひとつめ)ごとに翳(かざ)し見ている

コマ送りの粗き映画をみるようだ昔のことを責めてむすめは

誰もだれもよき父母(ちちはは)ではいられない あじさいの花いろを増しゆく

なりわいの炭の風鈴音を立つ 足裏(あうら)黒くし遊びし日ありき
                         伯母は燃料店を営む

わがままに生きるが勝ちか夕道をニセアカシアの花びら掩(おお)う

離れ住む母を気遣う心地して旧仮名使いき六年の間(ま)を
                  二〇一〇年八月、旧仮名表記を新仮名表記に替える


      理系G組

七月の教室に入(い)り後退(あとずさ)る体育終えし理系G組
                        女子八名、男子三十六名だった

「先生は岡村孝子に似ています」髪かきあげて鈴木君告ぐ
                        岡村孝子=シンガー・ソングライター

竹の節ぐんと伸びたるまぶしさに君を見上げて二学期始まる

深海魚のように眠れる生徒たちマリン・スノーの降る教室に

放課後の渡り廊下のうす闇にしらずしらずと足早(あしばや)になる

声の出ぬ授業のあとの教科書は教卓打ちつけ歪(いびつ)になりき

平日のランチにさざめく女たち職退(ひ)くまでは知らざりしこと

痩せたねと子はわが肩に手を置きぬ玻璃(はり)窓ごしに庭を見ていて

歌の中のone of themに紛(まぎ)れたしこころ弱りに十月となる


      鉄腕アトム

花の上に風に圧(お)されて回りたり紋白蝶は蜜を吸いつつ

切り抜きを父の集めしその中に南田洋子の若き日があり
                          南田洋子=女優

きゅっきゅっと鉄腕アトムが歩きゆく みな前を向き生きてた時代

太陽の色より生(あ)れし真桑瓜(まくわうり)シャツを汚して頬張りし夏

コッペパンにピーナツ・バター塗りながら店のおばちゃん指さき舐める

笑い合いトマト、草もち交換す行商(ぎょうしょう)専用電車の中は

ゆたんぽのお湯に洗顔せし朝はちゃぶ台かこみ五人揃いき

「人さらいが来るよ」と言いし母の声いまごろ気づく威(おど)しでないと

厳寒の地に置き去りにせしことをその母語りぬ永山則夫(ながやま)・五歳
          一九六八~六九年にかけて連続ピストル射殺事件を引き起こした刑死者

横丁の文化がひとつ無くなりぬ銭湯で飲むフルーツ牛乳

映らねば上をたたきし日のありきテレビは家族のまん中に居た

捨てられし幾千万のテレビたち無音の箱となりて積まるる
                      二〇一一年、テレビは地上デジタル放送になる

団塊の世代のしっぽに連なりて転校生のままに年経(としふ)る
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ふたりご 7

2015-01-01 20:43:39 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      ふたりご

毛穴より千の蝉声(せんせい)入りきてぐんぐん時が巻き戻される

三十歳(さんじゅう)を過ぎし娘のメールには「一緒にしたこと何もなかった」

ふたりごはわれの帰りを待ちていきチラシの裏に絵を描(か)きながら

アラブの国へ絵日記十冊送りたり娘と孫がふたりに綴る

抱き合いてアラブの少女と写る子は待受画面のなか成長す

冬のあさ雲の切れ間に目のありて畑道をゆくわれを視(み)ている

笹舟も三段梯子(はしご)のあやとりも父に習いし乾きたる手に

一年ぶりに会いし幼(おさな)の手を握るかなしいまでにうすくちさき手

五歳にて砂漠の国に移り住みこの手は何に触れたのだろう

鉛筆をしっかり握り孫の書くちひろの名前はCHIHIROになれり

いつまでも子供の話を聴いている娘はこうして欲しかったのか

お土産のマトリョーシカに髭(ひげ)がある中にアラブの女性が四人


      酒を酌(く)みたし

はだけたる浴衣に父は立ちていき 逝きて八日目(ようかめ)わが夢にきて

「お父さんはもう死んだのよ」のわが声に「えっ」と応(こた)える急死だった父

寝ころびて母の肩抱くわかき父 記憶の顔は写真とおなじ

気の弱き父が一番撲(う)たれしと共に戦争に行きし人告ぐ

うそうそと厨(くりや)に父のうごく見ゆ冬のゆうぐれ酒を買おうか
                         うそうそ=落ちつかない様子

羅紗(ラシャ)問屋の家に生まれし父なれど古着をまとい数式解きいし
                         羅紗=羊毛で地(じ)の厚く密な毛織物

数学の教科書のうらに書かれおり〈酒を吞まずにはいられない〉

商売を母に預けて歌よみて数学していし記憶の父は

亡くなりて初めて読みし父のうた 母への挽歌に終わりていたり

わが歌を父に見せたし酒を酌(く)み話せなかったことを言いたし


      題詠blog2007~2013

飛行船うかぶ春には地球から〈天地無用〉の貼り紙はがす 〈春〉

伸びやかにひっひふうぅと鳥の啼(な)くシンガポールの朝のプールに 〈鳥〉

うつむきて待ちいるわれの視界へとひらひら少年の手があらわる 〈少〉

フリースのパジャマを着れば雪の野を跳(は)ねゆくわれは
五十路(いそじ)の兎(うさぎ)           〈パジャマ〉

洋服はL・Lサイズと目測す やわきひかりのルノワールの裸婦 〈Lサイズ〉

長女ゆえ譲りゆずりて生きて来ぬおおき苺は夫のくちに 〈長〉

肉骨粉、にくこっぷんと唱えれば口輪筋(こうりんきん)の伸びてゆきたり 〈骨〉

『西行の肺』をつらぬき垂れている微(かす)かにひかる白きしおりは (微)
                         『西行の肺』=吉川宏志の歌集

総国(ふさのくに)ちちふさ垂るる母の国ことしも枇杷(びわ)がゆたかに実る 〈総〉

逐電(ちくでん)をし損(そこ)ないたる女いて二階の窓より通り見ており 〈損〉
                         逐電=逃げ去って行方をくらますこと

性感帯・せいかんたいと流れゆく夏の眠りのひとすじの汗 〈帯〉

《落としても割れぬコップ》の疎(うと)ましさ ドライ・ジンジャーらっぱ飲みする 
                                  〈コップ〉

激するは飛び出すことなり鶏もきみの眼(まなこ)も血をにじませて 〈激〉
                             
心を鎖(さ)し生き来し人のくちびるは糸切り鋏(ばさみ)のごとく薄かり 〈鎖〉

散文に書かざることのふたつみつ韻律にのせひと息に詠む 〈散〉

憎しみは舌苔(ぜったい)のごとく蔓延(はびこ)れり きれいなうたはもう歌えない 〈苔〉

迫害を受けしごとくに梔子(くちなし)の花は銹(さ)びおりわが留守の間(ま)に 〈迫〉

新聞の勧誘員が言い放つ「朝日とるなら奥さんアカでしょ」 〈聞〉
                  アカ=革命旗の赤色から共産主義などの略称・俗称

悠久の墓となるのか地図になき海に眠れるオサマ・ビンラディン 〈墓〉

プルトニウムの半減期二万四千年 人類滅びしのちも残るや 〈滅〉

過去からは学ぼうとしないこの国にわが晩年を預けるほかなく 〈晩〉

干されたることさえ飯の種にして芸人ばかりが肥えゆく日本 〈芸〉

三年ものの梅酒のまろし 死の日までの準備期間をわれは生きおり 〈準備〉

「いつ帰るの」会うや尋ねるおさなごは別れの意味をもう知っている 〈別〉

肩すぼめ息を吐きたり 娘よりたしなめられて老い母になる 〈吐〉












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ふたりご 8

2015-01-01 20:42:04 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      その他の題詠

永久凍土きょうも融(と)けゆくこの星の洗面器にて顔を洗えり 〈器〉

雪に顔を埋(うず)めて草を食(は)みている寒立馬(かんだちめ)の背(せな)
湯気立ちのぼる 〈雪〉

マグダラのマリアの口より流れ出(い)づる法悦の声かすかに聴こゆ 〈流れる〉
                 カラヴァッジョの絵画「マグダラのマリアの法悦」より

別れきてコンタクト・レンズ外(はず)す指に柑橘系のにおいの残る 〈残〉

背にもたれ椅子をぎいぎい回しおり ひさびさに聞く「女は」の言葉 〈椅子〉

噴門を入(い)りて幽門出(い)でゆきぬ夕べの怒(いか)り少しこなれて 〈門〉

腕をふり三十キロの水がゆく初夏の畑道汗をにじませ 〈水〉

小沢一郎囲む鋭き四つの眼みぎにひだりに水平移動す 〈囲〉

定型になると饒舌(じょうぜつ) あわび・烏賊(いか)・まぐろに海老と
ちらしに溢(あふ)る 〈食べ物〉

口だけがひとつの穴であることの 止(や)むことのなき友のおしゃべり 〈穴〉

成人式の晴れ着を母は新調す お下(さ)がりばかり着しいもうとに 〈新〉

鉄さびが轍(わだち)のごとく残りたり形見のハサミに白布(しろぬの)裁ちて 〈鉄〉
                       轍=車が通って道に残した輪の跡

晩年はおだやかだった母さんが振り向きそうな瀬戸内の海 〈さんずいの漢字〉

四十三年、黒縁(くろぶち)眼鏡に笑いいる写真一枚残さぬ人は 〈鏡〉

団塊の星と呼ばるる島耕作すべて手に入れいかに老いゆく 〈島〉
                    島耕作=弘兼憲史氏のコミックの主人公


      春を耕す

茄子、トマト、ジャガ芋の位置定まりておもむろに夫(つま)は春を耕す

目鼻立ちくっきりとしたトマトになれ苦土(くど)石灰をたっぷりと撒(ま)く

花冷えの夜(よ)を帰りきてテーブルにきみの置きたる蜜柑(みかん)がひとつ

生き急ぐもののごとくに水雪はわれの視界をたえまなく落つ

わが生(あ)れし日には寒さのやわらぐと父は言いたり三月十五日

流れのなかに見失いたるものたちが春の夜には顔とり戻す

ぐったりとわが背にもたるる子の熱く急ぎ自転車漕ぎおり 夢に

子を挟み四本の川に寝(い)ねしこと記憶の底にふかく沈めつ

姓の違(たが)える四人となりぬ 家族増え祈りの時間すこし延びたり


      からだの揺れを

野分(のわき)過ぎて北にひれ伏す稲穂ありアラーの神への祈りのごとく

ヂヂヂヂと蜂の羽音の響(な)るなかを海老蔵ふかぶか頭を下げる
                          記者会見にて

ふるさとの点景として今もあり駅前をゆく皮膚を病む犬

船頭の艪(ろ)をこぐたびに空ゆれて渡りし沼に平橋(ひらはし)かかる

幼なじみ一人がわれを待つ故郷おもき門扉(もんぴ)を押して入(い)りゆく

友ひとり住むには大きすぎる家 松の木ゆがみて古(ふる)硝子に見ゆ

ふるさとは父母(ちちはは)の墓、友の家 それだけあれば帰りてゆける

ひと呼吸遅れ出(い)でたる速報にからだの揺れを確かめている
           二〇一一年三月十一日十四時四十六分、東北地方太平洋沖地震発生

いく重(え)にもにじむ光の輪のできて懐中電灯くらやみ照らす

濁流の橋脚(きょうきゃく)を揉(も)む映像がいくどもいくども巻き戻される

払いてもなお水漬(みづ)くという語のうかび春さむき夜を眠られずいる

日常を脅(おびや)かされし色となりブルー・シートが屋根を覆(おお)えり

神のいる虚空(こくう)、神のいない虚空 空はいちめん祈りに充(み)ちて

〈あの日〉という記憶が人に陸・海に刻まれそして朝が始まる


     ホット・スポット

活気ある朝むかえたく出かければ駅へと急ぐとりどりの傘

たわみ無きケーブル、たわむ電線に雁字搦(がんじがら)みの電信柱

知らされず知ろうともせず生きて来て白(しろ)防護服うごくを観ている

ウランちゃん、アトムと呼びし科学の子 五十年経(へ)てその姿知る
      手塚治虫は、核兵器も含む「あらゆる核エネルギーに反対」という立場を貫いた

原爆を落とされしより放射能まき散らすまでの六十六年

「赤ちゃんが産めるの」と訊(き)く少女おり緊急時避難準備区域の

   緊急時避難準備区域=緊急時に屋内退避あるいは別の場所に避難しなければならない地域

むき出しの世界となれりおのおのが黙(もだ)し見て見ぬふりしてる間(ま)に

わが町はホット・スポットなりという新ジャガ積みて夫は帰り来(く)
                   ホット・スポット=周囲より放射能濃度が高い地域
                   わが町は福島第一原発から約200キロ離れている

「しゃえんじりは野菜畑のことながよ」高知の友はのどやかに言う

収穫のタマネギ吊ししその下の放射線量 八箇月知らず
               当時、軒下に玉ねぎを吊(つる)していたのだが、
               その地上10センチの線量は2マイクロシーベルトだった
               だが風評被害と言われるのが怖くて数値を入れられなかった

(収穫のタマネギ吊ししその下の放射線量 2マイクロシーベルト 《推敲》)
                        
わが市より一桁(ひとけた)ひくき測定値テレビは流すじゅもんのごとく
               NHK首都圏ネットワークで放射線量が毎日放送された

放射能汚染・除染が日常の言葉になれる二〇一一

空(くう)を截(き)りツバメが一羽飛びゆけり奇跡のように夏がまた来る


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ふたりご 9

2015-01-01 20:40:08 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
     柿のはな

葉洩(も)れ日のなかに咲きいる柿のはな乳歯のごとき光を返す

蚊のいない灼熱の地より帰り来て日本の夏は暑いとむすめは

「おばあちゃん、Rの音が違うの」と口尖(とが)らせてRightと言いぬ

小鉢置く音して「もっと」の声きこえ家族の食卓もどれるごとし

墓石(はかいし)の蟻に怯(おび)ゆるおみなごを亡き父母(ちちはは)に引き合わせたり

鏡にはわれに抱かるる孫うつる オバアチャンヲワスレナイデネ

色うすきアカイエ蚊のいる夏の夜(よ)を白湯(さゆ)をすすりてアルバム捲(めく)る

      バケツ・リレー

汗かきて乳房(ちぶさ)ひえゆく初夏(はつなつ)の山にひび交(か)うホトトギスの声

桃のうぶ毛に剃刀(かみそり)当つるようにして昼餉(ひるげ)にむかいき
舅(しゅうと)とわれは

わが苦労わらい飛ばして四度目の結婚記念日むすめは迎う

金銭に触れでひと日の過ぎてゆく食パン一斤(いっきん) Suica(スイカ)に払う

つぎつぎとバケツ・リレーをするごとく雨水(あまみず)はしる鎖竪樋(くさりたてとい)

紫蘇の実を笊(ざる)いっぱいに扱(しご)きゆく何ごともなく秋のいちにち

紫蘇の実のヤニ色に染まりし指を嗅(か)ぐ一服(いっぷく)をする農夫のように

打っちゃりの決まったような秋の空どこまでもどこまでもコスモス

      踏絵のごとく

余震かと起きれば荒れて吹く風は太き腕(かいな)に家を揺すれり

冬至にはミニ柚子あまた届きしを今年はもがぬと友は言いたり

すそ分けのできぬ白菜、大根が冷蔵庫の中ひしめき合える

工場にお節(せち)詰めゆく人がみな白防護服に見ゆる年の瀬

わが生(あ)れし日は「運命の日」と呼ばれゆく南東の風・二基爆発す
            三月十五日に、放射性物質が拡散して行ったことが後になってわかる

空を透かせど見えざりしものここに在り雑草(あらくさ)のびて人絶えし公園

あの朝は雨がはげしく降っていた 放射性プルームわが町通過す
                       放射性プルーム=放射性物質を含んだ気流

憎まれ役を貫き通す東電のスポークスマンに白きもの増(ふ)ゆ

踏み絵のごとく原発賛成・反対に人を分けつつ一年が過ぐ

わが町のはけより出(い)づる湧水を飲みておりけむ志賀直哉もまた
                 はけ=急傾斜の段丘斜面  志賀直哉の別荘があった

      小氷河期

おおいぬのふぐり、仏(ほとけ)の座が咲いていつもと同じ春がきていた

立体マスク顔の一部におさまりて街にあふれるエイリアンのひとり

地に触るる力の戻りこぬ春にプランターは土の容(い)れもの

ピンクと白の花筵(はなむしろ)なす芝桜 目立たぬように後(おく)れぬように

犬歯(けんし)もつ夫(つま)と糸切り歯もつわれと黙(もだ)して食べる豚の味噌漬
                         犬歯も糸切り歯も同じ歯のこと

除草剤に枯れし傾(なだ)りのその下に稲穂は青くふくらみてゆく

海を出(い)で陸に息する人間のひとりとして今わが咳やまず

晩年はいつからだろう梅雨の間(ま)を重なりながらゆく蟻の列

太陽は小氷河期に入(い)るという 自分のために生きていこうか

      卵かけご飯

アフリカの大地に育つルイボスを煎じてわれの一日(ひとひ)はじまる

砂漠の地に子は活花を習いいるオリーブの枝を剣山に挿して

炎天に黒く乾ける蚯蚓(みみず)おり 髪に手をやり汗を確かむ

わが胸が帰りくる場所 ドラえもんの枕とカップ、タオルを備う

帰国して検診・診察受けるなりアラブ料理は辛くて鹹(から)い
                           鹹い=塩分がつよい

八歳で二十カ国を旅したるおみなごの生命線はふとし

川の字に眠れば孫のあしが伸びわれは柱に押しやられゆく

牛丼と寿司は叶えど卵かけご飯が食べたかったとむすめは

お土産の死海の塩はざりざりと湯船に沈みやがて消えゆく


※2018年1月28日に反原発東葛連合が行った「福島の今とエネルギーの未来」の
 報告書に、東京電力福島第一原発事故後に、上空に巻き上げられた放射性物質の
 雲状の塊(放射性プルーム)のデータが載っていたので、引用させて頂きます。
 やはり2011年3月15日ー16日、20日ー21日に関東、東北地方に
 拡散したそうです。
 
 柏市(千葉県)3月15日、10時――93・3ベクレル
         3月21日、9時――319ベクレル
 取手市(茨城県)3月15日、9時――113・3ベクレル  
         3月21日、9時――497ベクレル
 福島市(福島県)3月15日、22時――45・5ベクレル
         3月21日、15時――104・1ベクレル (引用ここまで)
 (2018年2月5日 記)
  
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ふたりご 10

2015-01-01 13:42:44 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      荒神(こうじん)様

いちはやく秋を知りたりわが胸に笛のちいさく音たつる夜(よ)は

傾(なだ)りにはかたまり咲ける曼珠沙華あかき舌先しゅるりと伸ばし

巨(おお)いなる貌(かお)が空より現れて「ワタクシガセキニンヲトリマス」と言う
             二〇一二年六月八日、大飯(おおい)原発三、四号機の再起動決定

敷島のやまと積まれし焼却灰 今日より落葉は不燃ゴミの日
                    敷島の=「やまと」にかかる枕詞
                    焼却灰に含まれる放射性セシウムの測定値が高く、
                    二〇一二年六月より落葉や草は焼却できなくなる

                          
二十人は入れるほどの穴掘られ小(ち)さき公園の除染はじまる
                           原発事故から一年半が過ぎた

勢いを持ちてドミノの倒れゆく 原発輸出・武器の開発
                  二〇一三年六月七日、安倍政権は日仏共同声明を発表

後悔のなきよう言葉を残しゆく いつかその日の言質(げんち)のために

火を怖れ荒神(こうじん)様を祀(まつ)りしはほんの五十年前の暮らしぞ
                           荒神様=かまどの神様

新米を取りにおいでの無くなりて二十三年 五キロを買いぬ

六十歳(ろくじゅう)をすぎて気づきぬ足の甲ひらたきゆえに靴下まわる

乾きゆく白子(しらこ)の脳を想いおり人の名前の出(い)で来(こ)ぬ夜に

老いるとはかくもさびしき口角(こうかく)を上げることなく一日が過ぐ

手足病む母はベッドに臥していき父を目で追い父の名を呼び

タイルの上に父は正座しその膝に母すわらせて背中洗いし

うす味の鰤の照り焼き食(は)みしこと母の最後の食事と気づく

寒鰤(かんぶり)にあら塩を振るそのせつな能登の荒波しずもりおらむ


      反転ボタン

空飛ぶはみな美しきフォルム持つ オスプレイには瘤(こぶ)ふたつあり

校庭に臙脂(えんじ)のジャージが並びいる十七歳のからだを隠(かく)し

風邪という病気は無いと言う医者の待合室に【東大】の文字

片陰(かたかげ)に身を寄せあるく夏の午後 男が握る反転ボタン
                   反転=ネガ像をポジ像に、あるいはその逆をすること

一瞬にわが軸足を奪いたり悔しまぎれの君の言葉は

食いぶちを稼がぬことのさもしくてパンを頬張りことばのみこむ
                          さもしい=卑しい

柱には笑いつづける貌(かお)があるわれには見えて夫(つま)には見えぬ

男(お)の子あらば冬樹と名付けむやわらかき光をまとい閑(しず)かに立てる


      なにやらたのし

とつぜんに蝌蚪(かと)の卵が産まれたり視野にひろがる無数の点・点・
                          蝌蚪=おたまじゃくし

悪意なき人の中へと身を置きぬただ前をむき讃美歌を聴いて

「創世記」は史実であると言う人の眼鏡(めがね)の中のまなこの円(まろ)し

湯の中にアサリが殻(から)をひらくごと半年ぶりに力が抜ける

若鶏の唐揚げかりかり食(は)みており ひとりに居るはしみじみうれし

  
笠智衆(りゅうちしゅう)の「やあ」に会いたく観ていたり尾道弁の「東京物語」
                        小津安二郎監督作品に多く出演した

重心をひくく坐れるうしろ姿(で)は父と見まがう笠智衆なり

ふるさとの〈甲子(きのえね)正宗〉そなえたり禁酒を解(と)かれし父の墓前に

長身に痩せいし父の肋骨のくぼみを指になぞりたき夜

「母さんに鼻の線(ライン)がそっくり」と嫌がりもせずに今は子が言う

子の内(うち)に何歳(いくつ)のわれが棲(す)むならむ 二十年のち、五十年のち

色違(たが)うハンド・タオルを子と持ちてなにやらたのし紅椿咲く




(画像はお借りしました)
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