2017年に書き始めたのですが、途中で断念してしまいました。
再度、載せます。
石牟礼道子著『花びら供養』を読む。
この本は2017年8月に出版されたもので、主に2000年以降の
石牟礼さんのエッセイなどが収録されています。
石牟礼さんがお書きになる人たちは、慎ましやかに暮らしていて、
お話になる言葉がていねいで美しく、思いやりにあふれています。
こんな言葉が日本にもあったのだと、思い知らされました。
またエッセイの中には、道子さんとお呼びしたくなるような、
愛くるしい目線で書かれたものもあります。
以前のものと重複する箇所もありますが、私の好きな言葉を
引用させて頂きます。
(1)第一次訴訟派で水俣病語り部の杉本栄子さんが、
死の一年くらい前に語った言葉
「道子さん、私はもう、許します。チッソも許す。病気になった私たちを
迫害した人たちも全部許す。許すと思うて、祈るごつなりました。
毎日が苦しゅうして、祈らずにはおれん……。
何ば祈るかといえば、人間の罪ばなあ。
自分の罪に対して祈りよっと。
人間の罪ちゅうは、自分の罪のことじゃった。
あんまり苦しかもんで、人間の罪ば背負うとるからじゃと
思うようになった。
こういう酷(むご)か病気が、二度とこの世に残らんごつ、
全部背負い取って、あの世に持って行く。
錐でギリギリもみ込むごつ、首のうしろの盆の窪の
疼(うず)くときが、いちばん辛か。そういうとき、人間の
仇(かたき)ば取るぞとばかり考えよった。
親の仇、人間の仇とばかり、思いつめよりました。
それで、疼きも一段ときつかったわけじゃ。
許すという気持ちで祈るようになってから、今日一日ば、
なんとか生きられるようになった」
石牟礼さんは水俣病の被害者の方たちを、
「このような地域ぐるみで拡がっている毒殺事件の被害者たち
のことを」と書いている。毒性が分かってからも有機水銀を
垂れ流し続けてきたチッソ、そしてそれを黙殺し続けてきた国は
毒殺事件の首謀者である。
そして石牟礼さんは次のように続けている。
「ヨーロッパも日本も含めて『原罪』なる語があるけれど、
『みんなの罪を、あの世に全部背負って行く』という栄子さんの
言葉を超える教義があろうとは思えない。
この言葉に対してはただひれ伏すばかりである」
(2)坂本きよ子さんという娘さんのお母さんから、
次のようなことを頼まれた。
「きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、
わが身を縛っておりましたが、見るのも辛うして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。
私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、
縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。
たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば
拾おうとしよりましたです。曲った指で地面ににじりつけて、
肘から血ぃ出して、『おかしゃん、はなば』ちゅうて、
花びらば指すとですもんね。
花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。
何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった一枚の
桜の花びらば拾うのが、望みでした。
それであなたにお願いですが、文(ふみ)ば、チッソの方々に、
書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、
花びらば一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいません
でしょうか。花の供養に」
(3)人は何を求めて生きているのだろうか。ここでわが母のことを
思い出す。祖母が発狂したのはいつごろだったか、
尋ねたことがある。
余命いくばくもなくなったのを、ねぎらうつもりだった。
母ははっとしたようにうなだれ、深い息の底からかぼそい声に
なって答えた。
「十(とお)ばかりじゃったろうか……」
わたしは言葉が出なかった。十になるやならずの女の子が、
発狂した自分の親とどう向き合ったのか。
きれぎれの吐息とともに母は呟いた。
「……自分の方が、親にならんば……ち、思いおった」
宙をみつめてさまよっている眸(ひとみ)の色。
発狂した母親を抱えて、自分の方が親にならねばと思ったとは、
それまでに聞いたことがなかった。
私は度を失なって絶句していた。死んでゆく母が、五十を越えた
娘にはじめて言い継ぐ、絶え絶えの魂の声。
何を思い出し、視ているのか、遠くをさまよっていた視線が
ふっとわたしを見た。
「あんまり、よか娘じゃなかったよなあ」
やっとそれだけ言えた。
八十を過ぎた母上は、畑にゆく人に畑の草に言づてを頼んだという。
「草によろしゅういうて下はりませ」
(4)渚のことを縷々(るる)と描くのは、この列島の近代と
いうものが、おのが産土(うぶすな)の風土を、いかに
骨ぐるみ腐食させ、隅から隅まで再生不能と思えるほど
化学毒の中に漬けこんできたか、
おのおの足もとを見ていただきたいからである。
そこは何よりも今現在、生きとし生けるものたちを
丸抱えにしたまま息絶えようとしている大地であるから。
たとえば一個の人体としてこの列島を見てみるとする。
水俣だけにかぎらない。
心臓も腎臓も右脳も左脳も、もう血液どろどろではないか。
ちなみに山つきの棚田のほとりの、水の源、小川のはじまる
ところを見てまわっていただきたい。必ず、三面コンクリート
張りのドブに改修され、フナもドジョウもウナギも足長エビも
ナマズもタニシもシジミも川藻も死に絶えて、
「小鮒釣りしかの川」は腐臭を発しているはずである。
少なくとも私の身辺では、そうなっている。
近代教育を受けるようになって知的に上昇したつもりで、
田舎を見下げ、その山川や先祖の墓地の面倒を
見てきた村落を見捨ててきた都市の年月があった。
「都市と地方の格差」は経済のことだけではなく、この国の
近代の精神史に、異様なゆがみをもたらしている。 2につづく
※ずっとInternet Explorerを使って書いていました。
ある時からやたらと字が薄くなったので、投稿したものを
全て太字にしました。
今朝はじめてInternet Explorer以外を使ったところ、字が太くてでかい!
これなら太字にすることもなかったと思いました。
Internet Explorerもガラケーもなくなる運命にあるのでしょうか。
私は二つとも好きです。
だがInternet Explorerでは出来ないことが増えています。
初めてオンライン診療を受けようとしても、Internet Explorer
では出来ません。ツイッターも出来なくなりました。
私は小学生の「かきかた」みたいに大きな字が苦手です。
せめてガラケーだけは今のところ、死守するつもりです。
そういえば、2018年に「ハタチ基金」に寄付をしようと
したところ出来ませんでした。他のWebプラウザーを使うよう
指示されたのですが、その時はその意味が分かりませんでした。
今思うと、Internet Explorerが使えなかったのかもしれません。
再度、載せます。
石牟礼道子著『花びら供養』を読む。
この本は2017年8月に出版されたもので、主に2000年以降の
石牟礼さんのエッセイなどが収録されています。
石牟礼さんがお書きになる人たちは、慎ましやかに暮らしていて、
お話になる言葉がていねいで美しく、思いやりにあふれています。
こんな言葉が日本にもあったのだと、思い知らされました。
またエッセイの中には、道子さんとお呼びしたくなるような、
愛くるしい目線で書かれたものもあります。
以前のものと重複する箇所もありますが、私の好きな言葉を
引用させて頂きます。
(1)第一次訴訟派で水俣病語り部の杉本栄子さんが、
死の一年くらい前に語った言葉
「道子さん、私はもう、許します。チッソも許す。病気になった私たちを
迫害した人たちも全部許す。許すと思うて、祈るごつなりました。
毎日が苦しゅうして、祈らずにはおれん……。
何ば祈るかといえば、人間の罪ばなあ。
自分の罪に対して祈りよっと。
人間の罪ちゅうは、自分の罪のことじゃった。
あんまり苦しかもんで、人間の罪ば背負うとるからじゃと
思うようになった。
こういう酷(むご)か病気が、二度とこの世に残らんごつ、
全部背負い取って、あの世に持って行く。
錐でギリギリもみ込むごつ、首のうしろの盆の窪の
疼(うず)くときが、いちばん辛か。そういうとき、人間の
仇(かたき)ば取るぞとばかり考えよった。
親の仇、人間の仇とばかり、思いつめよりました。
それで、疼きも一段ときつかったわけじゃ。
許すという気持ちで祈るようになってから、今日一日ば、
なんとか生きられるようになった」
石牟礼さんは水俣病の被害者の方たちを、
「このような地域ぐるみで拡がっている毒殺事件の被害者たち
のことを」と書いている。毒性が分かってからも有機水銀を
垂れ流し続けてきたチッソ、そしてそれを黙殺し続けてきた国は
毒殺事件の首謀者である。
そして石牟礼さんは次のように続けている。
「ヨーロッパも日本も含めて『原罪』なる語があるけれど、
『みんなの罪を、あの世に全部背負って行く』という栄子さんの
言葉を超える教義があろうとは思えない。
この言葉に対してはただひれ伏すばかりである」
(2)坂本きよ子さんという娘さんのお母さんから、
次のようなことを頼まれた。
「きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、
わが身を縛っておりましたが、見るのも辛うして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。
私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、
縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。
たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば
拾おうとしよりましたです。曲った指で地面ににじりつけて、
肘から血ぃ出して、『おかしゃん、はなば』ちゅうて、
花びらば指すとですもんね。
花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。
何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった一枚の
桜の花びらば拾うのが、望みでした。
それであなたにお願いですが、文(ふみ)ば、チッソの方々に、
書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、
花びらば一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいません
でしょうか。花の供養に」
(3)人は何を求めて生きているのだろうか。ここでわが母のことを
思い出す。祖母が発狂したのはいつごろだったか、
尋ねたことがある。
余命いくばくもなくなったのを、ねぎらうつもりだった。
母ははっとしたようにうなだれ、深い息の底からかぼそい声に
なって答えた。
「十(とお)ばかりじゃったろうか……」
わたしは言葉が出なかった。十になるやならずの女の子が、
発狂した自分の親とどう向き合ったのか。
きれぎれの吐息とともに母は呟いた。
「……自分の方が、親にならんば……ち、思いおった」
宙をみつめてさまよっている眸(ひとみ)の色。
発狂した母親を抱えて、自分の方が親にならねばと思ったとは、
それまでに聞いたことがなかった。
私は度を失なって絶句していた。死んでゆく母が、五十を越えた
娘にはじめて言い継ぐ、絶え絶えの魂の声。
何を思い出し、視ているのか、遠くをさまよっていた視線が
ふっとわたしを見た。
「あんまり、よか娘じゃなかったよなあ」
やっとそれだけ言えた。
八十を過ぎた母上は、畑にゆく人に畑の草に言づてを頼んだという。
「草によろしゅういうて下はりませ」
(4)渚のことを縷々(るる)と描くのは、この列島の近代と
いうものが、おのが産土(うぶすな)の風土を、いかに
骨ぐるみ腐食させ、隅から隅まで再生不能と思えるほど
化学毒の中に漬けこんできたか、
おのおの足もとを見ていただきたいからである。
そこは何よりも今現在、生きとし生けるものたちを
丸抱えにしたまま息絶えようとしている大地であるから。
たとえば一個の人体としてこの列島を見てみるとする。
水俣だけにかぎらない。
心臓も腎臓も右脳も左脳も、もう血液どろどろではないか。
ちなみに山つきの棚田のほとりの、水の源、小川のはじまる
ところを見てまわっていただきたい。必ず、三面コンクリート
張りのドブに改修され、フナもドジョウもウナギも足長エビも
ナマズもタニシもシジミも川藻も死に絶えて、
「小鮒釣りしかの川」は腐臭を発しているはずである。
少なくとも私の身辺では、そうなっている。
近代教育を受けるようになって知的に上昇したつもりで、
田舎を見下げ、その山川や先祖の墓地の面倒を
見てきた村落を見捨ててきた都市の年月があった。
「都市と地方の格差」は経済のことだけではなく、この国の
近代の精神史に、異様なゆがみをもたらしている。 2につづく
※ずっとInternet Explorerを使って書いていました。
ある時からやたらと字が薄くなったので、投稿したものを
全て太字にしました。
今朝はじめてInternet Explorer以外を使ったところ、字が太くてでかい!
これなら太字にすることもなかったと思いました。
Internet Explorerもガラケーもなくなる運命にあるのでしょうか。
私は二つとも好きです。
だがInternet Explorerでは出来ないことが増えています。
初めてオンライン診療を受けようとしても、Internet Explorer
では出来ません。ツイッターも出来なくなりました。
私は小学生の「かきかた」みたいに大きな字が苦手です。
せめてガラケーだけは今のところ、死守するつもりです。
そういえば、2018年に「ハタチ基金」に寄付をしようと
したところ出来ませんでした。他のWebプラウザーを使うよう
指示されたのですが、その時はその意味が分かりませんでした。
今思うと、Internet Explorerが使えなかったのかもしれません。