今日のうた

思いつくままに書いています

ヒロシマ・モナムール 2

2015-09-27 13:02:54 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
明日、パリに帰るという女に

男:「君を忘れることなんて できない」
女:「今だけよ 行きずりだから 私もそう」
男:「違う 僕の気持ちは 分かるだろう?」

盆踊りとともに、被爆者の写真を掲げた反核デモが続く。
その後、男の家で

男:「戦争中の恋人はフランス人?」
女:「いいえ フランス人じゃない 
   そう ヌヴェールの話よ
   最初は納屋で会ったの 廃墟で会い 部屋で会った そして 彼は死んだ
   私は18歳 彼は23歳だったわ  なぜ 彼の話をさせるの?」
男:「いいだろ」
女:「いやよ」
男:「ヌヴェールのおかげで 君が分かってきたよ
   君の人生の出来事から 僕はヌヴェールを選んだ」
女:「何となく?」
男:「そうだ」
女:「何か分かったの? 言って」
男:「誰のものでもない 若い頃の君を知った それが嬉しいんだ」
女:「違うわ」
男:「君を理解しないまま別れるところだった 
   だから 話を聞けてよかったよ 君が分かってきた
   今の君は その時から始まったんだね」

女はお酒を飲みながら当時を思い出し、混乱する。

男:「ヌヴェールの地下室で愛し合うのは 寒いだろうね」
女:「寒かった ヌヴェールの地下室は寒いの
   ロアール川沿いの階段状の町よ」
男:「想像もつかない」
女:「ヌヴェールは人口4万人 県庁がある小さな町よ
   そこで生まれ 育ったの 
   学校に通い 20歳まで暮らした町だわ」
男:「ロアール川って?」
女:「フランスでは美しい川として有名よ
   でも川底が浅くて 船が通れないの 
   あなたに見せたい 柔らかい光で輝く水面をね」

その当時の女が髪を刈られて、地下室に閉じ込められている。口の周りは血だらけだ。
男はドイツ兵になり、女に話を合わせる。

男:「地下室にいた時 僕は?」
女:「死んでる そして耐え難い苦しみ
   地下室は とても狭い
   国歌が聞こえる 耳が痛いほど
   暗くて何もできない
   壁をひっかき 血を眺めるだけ 毎日ね
   私はあなたの血をなめた 味わったわ そして血が好きになった

女は更に酒を飲み、
   
   私の頭の上を 社会が通り過ぎる 人々が通る
   平日は急いで 休日はゆっくりと
   私は死んだはず 地下室にいることを 誰も知らない
   非国民の私を恥じて 父が閉じ込めたの」

男:「騒いだ?」
女:「最初は小声であなたを呼んだ」
男:「死んだ僕を?」
女:「死んでも呼ぶの そしてある日 突然 大声で叫び始めた
   だから地下室に移されたの」
男:「何を叫んだ?」
女:「ドイツ人のあなたの名前 何度も叫んだ 私の唯一の記憶
   叫ばないと約束して 部屋に戻ったわ
   あなたを求めることもできない」
男:「怖かった?」
女:「怖かった どこにいても」
男:「何が?」
女:「あなたと2度と会えないことが
   地下室で20歳になった 母がそう言った 泣きながら」
男:「彼女を軽べつした?」
女:「したわ」

更に、男は女に酒を勧める。

女:「あとの記憶は――ないの」
男:「地下室は湿っぽいと言ったね? 古いとも」
女:「そうよ たまにネコが来たわ 私をじっと見るの それだけ
   あとは――覚えていない」
男:「いつまでいた?」
女:「永久よ 若かったのに!
   夜は庭に出られた 母が出したの
   母は私の頭をじっと見る 離れた場所からね
   広場が見えたわ 見つめたの 広いのよ くぼみのある
   明け方 眠くなるの」
男:「雨の夜は?」
女:「壁を背に あなたを思っていた」
男:「苦しんだ?」
女:「死ぬほど愛してたのよ
   髪が伸びてくる 毎日 手で確かめるの
   確実に 毎日 髪が伸びる」
男:「抵抗しないの?」
女:「何もしないわ 町の人が 私を丸刈りにする 当然のようにね」
男:「彼らを恥だと思う?」
女:「あなたが死んだ悲しさで 何も感じなかったわ 日が暮れる
   髪を切るハサミの音で 悲しみが少し和らぐの
   まるで……うまく説明できないけど 
   壁をひっかいて 怒りが和らぐようにね
   あの苦しみ 死の苦しみ

   町中が国歌を歌い 日が暮れる
   私はののしられ 非国民と責められたわ
   父は家に閉じこもった 家の恥ね
   夜になって やっと帰れたの」
男:「ある日 君は永久から抜け出す」
女:「長かったわ そう聞いているわ
   夏も冬も 夕方6時に教会の鐘が鳴るのよ
   その日も聞こえたの 昔 聞いた音だった
   あなたと聞いた音 幸せなころに

女は記憶を探る。そして周囲を見て確かめる。

   私たちが愛し合い 幸せだったころ 憶えてる
   インクの香り 日ざしの暖かさ
   私の人生 あなたの死
   あなたが死んでも 生きる私

   部屋の壁に 影が落ちるのが遅くなる
   地下室の壁に 影が落ちるのが遅くなる 6時半ごろ
   ”冬”が終わった
 
   怖いわ 思い出が消える 飲ませて
   忘れそう 愛を忘れるのが怖い もっと」

そう言って、女は酒を飲む。                3につづく




(画像はお借りしました)



 
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ヒロシマ・モナムール 3

2015-09-27 13:02:35 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
女:「ロアール川で 会う約束だった
   駆け落ちする気で 約束の時間に行くと
   苦しんでたわ 撃たれたのよ
   私は一日中 死体のそばを離れなかった 夜になっても
   翌朝 死体はトラックが運び去ったわ
   その夜に ヌヴェールは解放
   聞き慣れた教会の鐘が 解放を告げて鳴り続けた

   彼が冷たくなっていく
   死ぬまでの長いこと! いつ? 正確には分からない
   抱いていたのに なのに 死の瞬間に気づかない
   だって 死ぬ直前でも 死ぬ瞬間も 死んだ後でも
   私と彼の体には 何の違いもないんだもの
   私と彼とはまるで そっくりなの
   分かるかしら 初恋だったの」

男は女の顔を2回、平手打ちする。

女:「私はまた騒いだ また地下室へ
   暑い日よ 私は悪夢から脱出したの
   もう騒がない 正気になったの
   正気になったと言われたわ
   ある祭りの夜 私は解放されたの
   ロアール川で 明け方
   さまざまな人たちが 橋を渡る姿を 遠くから見る

   母の勧めで 私は夜のうちにパリに向かった 旅費をくれた
   夜道を自転車で駅へ 夜風が心地よい

   パリに着いて2日後 広島のニュースが届いた
   髪が伸びた私は 人々の輪に入った

   14年が過ぎたわ
   手の傷は治っても 苦しみは覚えている」
男:「今夜のことは?」
女:「覚えているわ でも忘れる いつか すべて」
男:「いつか君が忘れたとき こんなことがまた起きる
   歴史がくり返すように
   そうなったら 君を愛の忘却として 思い出すだろう
   忘却の恐怖の物語として 間違いない」
女:「広島は夜も寝ないの?」
男:「広島は眠らない」
女:「世界中の矛盾から 目を逸らすことも必要よ でないと窒息する
   私から離れて もう会わずに死ぬのね」
男:「たぶん そうだ また戦争にでもなれば 別だが」
女:「そうね 戦争にでも」

女はホテルに一人戻る。頭に水道の水をかけて、酔いを醒ましながら、

女:「分かったつもりで 分かってない 何も
   彼女はヌヴェールで ドイツ人に恋をした
   ”ドイツに行こう” ”結婚しよう” でも行かなかった

明日はパリに帰る日。女は男に惹かれてゆく。

男:「広島に残ってくれ」
女:「もちろん あなたと 広島に残るわ 忘れられない
   忘れていたヌヴェール」

駅の待合所で。

男:「今夜 また会いたい」
女:「何カ月もかけて 記憶を灰にしてきた
   私の体が 記憶を灰にしたから
   ヌヴェールに会いたい
   ロワール川に すてきなポプラに
   忘れよう こんな恋なんか

   あなたと別れた夜 夜明けに解放された
   それ以後 彼女は死んだ
   ヌヴェールの少女
   ヌヴェールの浮気娘

   彼を失い 愛する不幸を知った
   普通の少女 恋に死んだ少女
   ヌヴェールの 丸刈り娘
   お前を忘れよう

   彼と同じく 忘却が あなたの目を奪う
   同様に   忘却があなたの声を奪う
   同様に   忘却がすべてを奪う
   少しずつ 完ぺきに 
   あなたは歌になる

   あなたを忘れる もう忘れたわ 見て」

女:「「ヒ・ロ・シ・マ ヒロシマ あなたの名前」
男:「そう 僕の名まえ
   君の名まえは ヌヴェール
   フランスの ヌヴェール」         (引用ここまで)



(画像はお借りしました)


   
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