明日、パリに帰るという女に
男:「君を忘れることなんて できない」
女:「今だけよ 行きずりだから 私もそう」
男:「違う 僕の気持ちは 分かるだろう?」
盆踊りとともに、被爆者の写真を掲げた反核デモが続く。
その後、男の家で
男:「戦争中の恋人はフランス人?」
女:「いいえ フランス人じゃない
そう ヌヴェールの話よ
最初は納屋で会ったの 廃墟で会い 部屋で会った そして 彼は死んだ
私は18歳 彼は23歳だったわ なぜ 彼の話をさせるの?」
男:「いいだろ」
女:「いやよ」
男:「ヌヴェールのおかげで 君が分かってきたよ
君の人生の出来事から 僕はヌヴェールを選んだ」
女:「何となく?」
男:「そうだ」
女:「何か分かったの? 言って」
男:「誰のものでもない 若い頃の君を知った それが嬉しいんだ」
女:「違うわ」
男:「君を理解しないまま別れるところだった
だから 話を聞けてよかったよ 君が分かってきた
今の君は その時から始まったんだね」
女はお酒を飲みながら当時を思い出し、混乱する。
男:「ヌヴェールの地下室で愛し合うのは 寒いだろうね」
女:「寒かった ヌヴェールの地下室は寒いの
ロアール川沿いの階段状の町よ」
男:「想像もつかない」
女:「ヌヴェールは人口4万人 県庁がある小さな町よ
そこで生まれ 育ったの
学校に通い 20歳まで暮らした町だわ」
男:「ロアール川って?」
女:「フランスでは美しい川として有名よ
でも川底が浅くて 船が通れないの
あなたに見せたい 柔らかい光で輝く水面をね」
その当時の女が髪を刈られて、地下室に閉じ込められている。口の周りは血だらけだ。
男はドイツ兵になり、女に話を合わせる。
男:「地下室にいた時 僕は?」
女:「死んでる そして耐え難い苦しみ
地下室は とても狭い
国歌が聞こえる 耳が痛いほど
暗くて何もできない
壁をひっかき 血を眺めるだけ 毎日ね
私はあなたの血をなめた 味わったわ そして血が好きになった
女は更に酒を飲み、
私の頭の上を 社会が通り過ぎる 人々が通る
平日は急いで 休日はゆっくりと
私は死んだはず 地下室にいることを 誰も知らない
非国民の私を恥じて 父が閉じ込めたの」
男:「騒いだ?」
女:「最初は小声であなたを呼んだ」
男:「死んだ僕を?」
女:「死んでも呼ぶの そしてある日 突然 大声で叫び始めた
だから地下室に移されたの」
男:「何を叫んだ?」
女:「ドイツ人のあなたの名前 何度も叫んだ 私の唯一の記憶
叫ばないと約束して 部屋に戻ったわ
あなたを求めることもできない」
男:「怖かった?」
女:「怖かった どこにいても」
男:「何が?」
女:「あなたと2度と会えないことが
地下室で20歳になった 母がそう言った 泣きながら」
男:「彼女を軽べつした?」
女:「したわ」
更に、男は女に酒を勧める。
女:「あとの記憶は――ないの」
男:「地下室は湿っぽいと言ったね? 古いとも」
女:「そうよ たまにネコが来たわ 私をじっと見るの それだけ
あとは――覚えていない」
男:「いつまでいた?」
女:「永久よ 若かったのに!
夜は庭に出られた 母が出したの
母は私の頭をじっと見る 離れた場所からね
広場が見えたわ 見つめたの 広いのよ くぼみのある
明け方 眠くなるの」
男:「雨の夜は?」
女:「壁を背に あなたを思っていた」
男:「苦しんだ?」
女:「死ぬほど愛してたのよ
髪が伸びてくる 毎日 手で確かめるの
確実に 毎日 髪が伸びる」
男:「抵抗しないの?」
女:「何もしないわ 町の人が 私を丸刈りにする 当然のようにね」
男:「彼らを恥だと思う?」
女:「あなたが死んだ悲しさで 何も感じなかったわ 日が暮れる
髪を切るハサミの音で 悲しみが少し和らぐの
まるで……うまく説明できないけど
壁をひっかいて 怒りが和らぐようにね
あの苦しみ 死の苦しみ
町中が国歌を歌い 日が暮れる
私はののしられ 非国民と責められたわ
父は家に閉じこもった 家の恥ね
夜になって やっと帰れたの」
男:「ある日 君は永久から抜け出す」
女:「長かったわ そう聞いているわ
夏も冬も 夕方6時に教会の鐘が鳴るのよ
その日も聞こえたの 昔 聞いた音だった
あなたと聞いた音 幸せなころに
女は記憶を探る。そして周囲を見て確かめる。
私たちが愛し合い 幸せだったころ 憶えてる
インクの香り 日ざしの暖かさ
私の人生 あなたの死
あなたが死んでも 生きる私
部屋の壁に 影が落ちるのが遅くなる
地下室の壁に 影が落ちるのが遅くなる 6時半ごろ
”冬”が終わった
怖いわ 思い出が消える 飲ませて
忘れそう 愛を忘れるのが怖い もっと」
そう言って、女は酒を飲む。 3につづく
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(画像はお借りしました)
男:「君を忘れることなんて できない」
女:「今だけよ 行きずりだから 私もそう」
男:「違う 僕の気持ちは 分かるだろう?」
盆踊りとともに、被爆者の写真を掲げた反核デモが続く。
その後、男の家で
男:「戦争中の恋人はフランス人?」
女:「いいえ フランス人じゃない
そう ヌヴェールの話よ
最初は納屋で会ったの 廃墟で会い 部屋で会った そして 彼は死んだ
私は18歳 彼は23歳だったわ なぜ 彼の話をさせるの?」
男:「いいだろ」
女:「いやよ」
男:「ヌヴェールのおかげで 君が分かってきたよ
君の人生の出来事から 僕はヌヴェールを選んだ」
女:「何となく?」
男:「そうだ」
女:「何か分かったの? 言って」
男:「誰のものでもない 若い頃の君を知った それが嬉しいんだ」
女:「違うわ」
男:「君を理解しないまま別れるところだった
だから 話を聞けてよかったよ 君が分かってきた
今の君は その時から始まったんだね」
女はお酒を飲みながら当時を思い出し、混乱する。
男:「ヌヴェールの地下室で愛し合うのは 寒いだろうね」
女:「寒かった ヌヴェールの地下室は寒いの
ロアール川沿いの階段状の町よ」
男:「想像もつかない」
女:「ヌヴェールは人口4万人 県庁がある小さな町よ
そこで生まれ 育ったの
学校に通い 20歳まで暮らした町だわ」
男:「ロアール川って?」
女:「フランスでは美しい川として有名よ
でも川底が浅くて 船が通れないの
あなたに見せたい 柔らかい光で輝く水面をね」
その当時の女が髪を刈られて、地下室に閉じ込められている。口の周りは血だらけだ。
男はドイツ兵になり、女に話を合わせる。
男:「地下室にいた時 僕は?」
女:「死んでる そして耐え難い苦しみ
地下室は とても狭い
国歌が聞こえる 耳が痛いほど
暗くて何もできない
壁をひっかき 血を眺めるだけ 毎日ね
私はあなたの血をなめた 味わったわ そして血が好きになった
女は更に酒を飲み、
私の頭の上を 社会が通り過ぎる 人々が通る
平日は急いで 休日はゆっくりと
私は死んだはず 地下室にいることを 誰も知らない
非国民の私を恥じて 父が閉じ込めたの」
男:「騒いだ?」
女:「最初は小声であなたを呼んだ」
男:「死んだ僕を?」
女:「死んでも呼ぶの そしてある日 突然 大声で叫び始めた
だから地下室に移されたの」
男:「何を叫んだ?」
女:「ドイツ人のあなたの名前 何度も叫んだ 私の唯一の記憶
叫ばないと約束して 部屋に戻ったわ
あなたを求めることもできない」
男:「怖かった?」
女:「怖かった どこにいても」
男:「何が?」
女:「あなたと2度と会えないことが
地下室で20歳になった 母がそう言った 泣きながら」
男:「彼女を軽べつした?」
女:「したわ」
更に、男は女に酒を勧める。
女:「あとの記憶は――ないの」
男:「地下室は湿っぽいと言ったね? 古いとも」
女:「そうよ たまにネコが来たわ 私をじっと見るの それだけ
あとは――覚えていない」
男:「いつまでいた?」
女:「永久よ 若かったのに!
夜は庭に出られた 母が出したの
母は私の頭をじっと見る 離れた場所からね
広場が見えたわ 見つめたの 広いのよ くぼみのある
明け方 眠くなるの」
男:「雨の夜は?」
女:「壁を背に あなたを思っていた」
男:「苦しんだ?」
女:「死ぬほど愛してたのよ
髪が伸びてくる 毎日 手で確かめるの
確実に 毎日 髪が伸びる」
男:「抵抗しないの?」
女:「何もしないわ 町の人が 私を丸刈りにする 当然のようにね」
男:「彼らを恥だと思う?」
女:「あなたが死んだ悲しさで 何も感じなかったわ 日が暮れる
髪を切るハサミの音で 悲しみが少し和らぐの
まるで……うまく説明できないけど
壁をひっかいて 怒りが和らぐようにね
あの苦しみ 死の苦しみ
町中が国歌を歌い 日が暮れる
私はののしられ 非国民と責められたわ
父は家に閉じこもった 家の恥ね
夜になって やっと帰れたの」
男:「ある日 君は永久から抜け出す」
女:「長かったわ そう聞いているわ
夏も冬も 夕方6時に教会の鐘が鳴るのよ
その日も聞こえたの 昔 聞いた音だった
あなたと聞いた音 幸せなころに
女は記憶を探る。そして周囲を見て確かめる。
私たちが愛し合い 幸せだったころ 憶えてる
インクの香り 日ざしの暖かさ
私の人生 あなたの死
あなたが死んでも 生きる私
部屋の壁に 影が落ちるのが遅くなる
地下室の壁に 影が落ちるのが遅くなる 6時半ごろ
”冬”が終わった
怖いわ 思い出が消える 飲ませて
忘れそう 愛を忘れるのが怖い もっと」
そう言って、女は酒を飲む。 3につづく
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(画像はお借りしました)