セルビアの作家パヴィチが死去したそうです。
新聞でその小さな記事を偶然目にして、かなり驚きました。ショックだった、と言ってもいいくらい。
パヴィチの『ハザール事典』を読んだのはもう何年も前になりますが、これはとてつもない小説で、ポストモダン文学だなんだと色々言えるとは思いますが、しかしそういう範疇を軽々と飛び越えた、奇想と幻想とプロットの巧みさ、それにロマンチシズムに充ち満ちた美しく偉大な小説でした。
まず、女性版と男性版とがある、ということからして普通の小説じゃあないことが一目瞭然なのですが、その両方の版では、一箇所だけ異なる部分があるのです。あとは全部同じ。ぼくは両方とも目を通しましたが、両方とも所有していません。実はこの本、片方だけを持っていれば、どこかでもう片方を持った人と出会ったときに、二人の間が欠けたものを補える関係性に発展することを期待されているようなのです。その意味で、この本は心の比喩であり、また男女の比喩でもあります。
全体としては、夢の狩人、というプロットが通奏低音になっているのですが、各エピソードは色々で、そのいずれもが奇怪な幻想で彩られています。事典形式の小説なので、どの項目から読んでもよく、どこで読み終えても構いません。読みの自由度を極端なほど拡張した、非常に現代的な小説なのです。ハイパーテクスチュアルな小説、と読んでもよいと思います。ロシアの作家ガルコフスキーなどともそうすると共通項が見られるはずです。
しかし、そうした形式的な奇抜さより何より、内容のおもしろさがすばらしい、とぼくは考えていて、本当に飽きさせないのです。これでもかこれでもかと摩訶不思議な出来事を繰り出してきて、その魔術的な筆致は読者を幻惑させ、異界へといざないます。
今年の9月には『帝都最後の恋』を読みました。レビューはそのとき書いたので繰り返しませんが、この本もやはり奇想の百花繚乱、規格外の小説です。
ぼくは翻訳された三作品しか読んでいませんが(『ハザール事典』『風の裏側』『帝都最後の恋』)、いずれもまず形式に趣向を凝らした小説であり、そして内容的には突飛な出来事がふんだんに盛り込まれた幻想小説の要素が濃く、現代小説として第一級のものだったと思います。とりわけ『ハザール事典』は、ホメロス以来の文学史上でも特異で且つ優れた文学作品である、と言っても過言ではないのではないでしょうか。世界文学をそんなにたくさん読んでいるわけではないのであまり大袈裟なことは申せませんが、しかしこれはそんな大仰なことを言いたくなるような、そしてたぶんそう言ってしかるべき小説です。
パヴィチはたぶん日本ではそれほど有名ではないと思うので、これから翻訳がどれだけ出るかぼくには未知数ですが、全作品を訳してしまうくらいの勢いで翻訳者の方々には頑張っていただきたい。潜在的な読者は多いはずですからね。
新聞でその小さな記事を偶然目にして、かなり驚きました。ショックだった、と言ってもいいくらい。
パヴィチの『ハザール事典』を読んだのはもう何年も前になりますが、これはとてつもない小説で、ポストモダン文学だなんだと色々言えるとは思いますが、しかしそういう範疇を軽々と飛び越えた、奇想と幻想とプロットの巧みさ、それにロマンチシズムに充ち満ちた美しく偉大な小説でした。
まず、女性版と男性版とがある、ということからして普通の小説じゃあないことが一目瞭然なのですが、その両方の版では、一箇所だけ異なる部分があるのです。あとは全部同じ。ぼくは両方とも目を通しましたが、両方とも所有していません。実はこの本、片方だけを持っていれば、どこかでもう片方を持った人と出会ったときに、二人の間が欠けたものを補える関係性に発展することを期待されているようなのです。その意味で、この本は心の比喩であり、また男女の比喩でもあります。
全体としては、夢の狩人、というプロットが通奏低音になっているのですが、各エピソードは色々で、そのいずれもが奇怪な幻想で彩られています。事典形式の小説なので、どの項目から読んでもよく、どこで読み終えても構いません。読みの自由度を極端なほど拡張した、非常に現代的な小説なのです。ハイパーテクスチュアルな小説、と読んでもよいと思います。ロシアの作家ガルコフスキーなどともそうすると共通項が見られるはずです。
しかし、そうした形式的な奇抜さより何より、内容のおもしろさがすばらしい、とぼくは考えていて、本当に飽きさせないのです。これでもかこれでもかと摩訶不思議な出来事を繰り出してきて、その魔術的な筆致は読者を幻惑させ、異界へといざないます。
今年の9月には『帝都最後の恋』を読みました。レビューはそのとき書いたので繰り返しませんが、この本もやはり奇想の百花繚乱、規格外の小説です。
ぼくは翻訳された三作品しか読んでいませんが(『ハザール事典』『風の裏側』『帝都最後の恋』)、いずれもまず形式に趣向を凝らした小説であり、そして内容的には突飛な出来事がふんだんに盛り込まれた幻想小説の要素が濃く、現代小説として第一級のものだったと思います。とりわけ『ハザール事典』は、ホメロス以来の文学史上でも特異で且つ優れた文学作品である、と言っても過言ではないのではないでしょうか。世界文学をそんなにたくさん読んでいるわけではないのであまり大袈裟なことは申せませんが、しかしこれはそんな大仰なことを言いたくなるような、そしてたぶんそう言ってしかるべき小説です。
パヴィチはたぶん日本ではそれほど有名ではないと思うので、これから翻訳がどれだけ出るかぼくには未知数ですが、全作品を訳してしまうくらいの勢いで翻訳者の方々には頑張っていただきたい。潜在的な読者は多いはずですからね。