退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

幸福な世界 7

2015-08-07 08:13:00 | 韓で遊ぶ


待ってあげただけです
発達障害がある息子を一般学級に入れることは一種の冒険でした。
息子は、どこでもきゃあきゃあと声を出して授業の支障になったりしました。
「うぁ、うぁ、あ、あ。」
息子を特殊学級に入れなかったのは、一般学級の教育が発達障害の治療にいいと信じたからでした。ですが、急な突発行動のために、息子は1,2年生の大部分を特殊クラスで過ごしました。ですが、息子に変化が起きたのは3年生になってからでした。息子は授業の時間に、それ以上は声を上げませんでした。
席に座って本を読んだり、一人で昼ごはんを食べたりしました。子供の行動がその様に大きく変わった秘訣は担任の先生にありました。
「私がしたといっても、信じて待ったことの他にありませんよ。」
先生は息子が変る事を願いながら、いろいろな規則を作り、酷なくらいに黙って待っていたのでした。
体育の時間になると、息子が服を着替えるまでクラスの子供たちを待たせ、足野球をする時も息子が先にボールを蹴れるように配慮してくれました。息子がきれいにご飯を食べ終わるままで、連絡帳を全部書き終わるまで、先生の指示に従って子供たちは無条件に待ちました。どんなにのろい動きでも先生は顔をしかめたり怒ったりしませんでした。
その前までは、息子は運動会となると片隅で見物だけをしなければならない身の上でした。今までそうしてきました。ですが、3年生になってからは、友達と一緒に仲良く太鼓踊りを披露しました。ふわりふわりと楽しそうに踊りを踊る息子を見るなり胸がつかえました。
息子は力いっぱい体を動かしました。先生は愛のこもったまなざしで息子の踊りを見ていました。私は胸が詰まって涙が出そうなのをぐっと我慢しましたが、結局は泣き出してしまいました。
「よくやったわ。先生ありがとうございます。ううう、、、。」
先生は、子供を心から愛する方法を教えてくれました。深い愛情を持って、子供が一人でもやりとげられると信じてじっと待つこと。これこそが先生が子供を教える方法であり、うちの子を変化させた秘密でした。
コメント
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