谷間の泉 カウマン夫人著より
人生は切り石場です。
そこからわたしたちは形作られ、磨かれ、
そして完成させられます。
ゲーテ
マザー・テレサ 日々のことばより
あらゆる困難や障害にもかかわらず、
神に信頼しましょう。
神は決してあなたを裏切りません。
ある願いをかなえてくださらない時は、
神がそのことをお望みではないというしるしです。
もし神があなたにそれをしてほしいとお望みなら、
神はその手段を与えてくださるでしょう。
ですから何も心配ないのです。
荒野の泉 カウマン夫人著より
毎日の戦いと苦闘の中に、聖なる静まりの時を持つことによって、
いつも強められ、すべての良い業に励む備えをさせていただきましょう。
このように神を待ち望むなら、日々に、失った力を新しく与えられ、
走っても疲れないようにされ、歩いても弱らないようにされ、
鷲のように翼をはって、大胆に霊の戦いに登って行けるのです。
J・R・ミラー
荒野の泉 カウマン夫人著より
力をつくして、ひとりで静まる時を
生み出しなさい。
あなた自身に尋ねて、
魂がすりへらしたものを知りなさい。
あなたの密室の中で、
あなた自身を良くみきわめなさい。
すべて目に映るものを
すみずみまで調べるのです。
日の出に向かって カウマン夫人著より
神が定められたことはみな正しい。
神の御旨はいつも正しい
たとえ主が私の運命を定められても
私は静まって信頼する
彼は私の神である
私の道が暗くとも
主は私を支えてくださるので私は倒れない
だから私は彼にすべてをまかせる
S・ロディガスト
今日は、琴浦町社会福祉協議会で行われた「おとなの学習」に参加。
そこで紹介された「あたりまえ」という詩。
あたりまえ 井村和清
こんなすばらしいことを、みんななぜ喜ばないでしょうか。
あたりまえであることを、お父さんがいる、お母さんがいる。
手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いて行ける。
手を伸ばせば何でも取れる、音が聞こえて声が出る。
こんな幸せなことがあるでしょうか。
しかし誰もそれを喜ばない、あたりまえだと笑ってすます。
食事が食べられる。夜になるとちゃんと眠れ。
そして又朝が来る。
空気を胸一杯吸える。笑える、泣ける、叫ぶこともできる。
走りまわれる、みんな、当たり前のこと。
こんな素晴らしい事を、みんなけっして喜ばない。
そのありがたさを知っているのは、それを失った人たちだけ。
なぜでしょう、あたりまえ。
井村和清 1947年 富山県生まれ。岸和田病院内科医として勤務。
1977年 右膝の悪性腫瘍の転移を防ぐため、右足を切断。
その後も立派な医師として働き続けたが、
しかし、やがて腫瘍は両肺に転移し呼吸困難になる。
1979年1月 32歳の若さでなくなる。
今日は、MRIの検査結果を聞きに病院へ。
結果を聞く時は、緊張した。今までにこれほど緊張して結果を聞くことはなかったと思う。
試験の合格発表を聞く時の心境に似ている。
なにしろ、今回の場合、ある意味では命がかかってるいるのだから。少しオーバーか?。
結果は異状なく、また半年後に血液検査をしてみることになった。
MRIの結果がでるまでのこの約一ヶ月間、色々なことを考え、不安であった。
癌検診を受けるのも考えもの。
とりあえず一安心。あらためて健康に感謝。
検査結果報告書には、骨盤部Dynamic MRI「前立腺に明らかなcancer siteは指摘し得ません」とあった。
辞書で調べるとcancerは「癌」、siteは「所在地」、表現が生々しい。
昨日は米子のBOOKOFFへ、3軒のBOOKOFFをはしごして、物色。
月に一度の楽しみ。毎回10冊程度購入。
105円/冊で掘り出し物?があり。
荒野の泉 カウマン夫人著より
私の命は宝石の原石のようで、
ごつごつとした角が多く、
輝きは覆われており、
光も、きらめきもありませんでした。
しかし主の奇蹟がなされて
痛み、敵、試みの一つ一つによって
私の魂が刻みあげられ、
主はその業を見守り、祝福されました。
すべての細工が終わったように、
私の目に写ったとき、
痛みや苦しみがもたらした
光やきらめきを神は喜ばれました。
二つとないようなものとされ、
完成された光り輝く宝石となるために、
磨かれ、台にはめこまれるのです。
主よ、私をご用のために用いたまえ。
メイブル・M・ブラウン
荒野の泉 カウマン夫人著より
あなたの時は短すぎます。
心を刺す残酷な行為や言葉に煩わせられたり、
幸運から少しはずれたと悲しんだりするのには。
「間もなく夜が来るのだから」、
あなたは心のうちに歌を歌い続けるのです。
残る日数は少なすぎます。
あなたは幸福をもたらさない、
悪しき願いや行為をするのには。
「間もなく夜が来るのだから」
栄誉に輝く盾を磨きなさい。
スーザン・ホルトン
シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日より
絶対的愛に包まれているという確信
自分も相手も不完全だけれども、神様に一人ひとり大切にされており、
絶対に打ち砕かれない神の愛に包まれているかけがえのない存在なのです。
その確信で人に接すると、相手の言葉や行動にとらわれることなく、
心の中の深い根底の部分でコンタクトすることができ、
人間関係も大きく変わっていきます。
荒野の泉 カウマン夫人著より
心配しないように。
耐えられないような不幸が襲ってくることはないと知って、
勇気を出しなさい。
ラウレル
今日は、鳥取県立厚生病院でMRIを受けた。
前立腺癌の検査の為で、予約してから3週間待たされた。
検査は、点滴で造影剤を入れ、トンネルの中に体を横たえ30分位寝ているだけのこと、楽な検査であった。
但し、音がうるさかった。なんとも言えない金属音ようなもの。
耳栓を用意してくればよかったと思った。結果は一週間後に。