あらぐさ(雑草)のこころ

(備忘録)真実は見えないところにある

バイク回想 6

2013-07-31 22:16:00 | ノンジャンル
GSX750E4は、気軽に乗れるバイクでしたが、僕のスピード中毒症はさらに悪化していき、さらに仲間たちが高性能バイクに買い替えをしていくので、どうしてもトップスピードの不安定さ(前輪16インチに慣れないのもあり)が気になり、高速安定性のいいバイクを求めるようになりました。
単純な話、高速道路での全開の際にメーターを振り切るくらいの性能が欲しくなりました。

2年の車検ごとに安い中古バイクを買い換えるのが、新車で最新の性能のバイクを買えない僕の経済状態でのパターンになっています。

GSX750E4は、バイク屋に下取りをして、同じ「空油冷エンジン」を使っていながら、より高回転・高馬力に特性を振ったエンジンのスズキ「GSX-R750」の格安中古を見つけたので、下取りに出して代えました。(空油冷エンジンとは、ミッションオイルをポンプでシリンダーのピストン裏側に高速噴射してエンジン温度を劇的に下げるシステム)

僕は、我が家の経済状況もあり、これで最後のバイクにしようと思っていたので、「最高速」にこだわって乗ろうと決めていて、さっそく「スピードリミッター」の回路を切断し、バイパス回路で「180㌔リミッター」が効かないようにしました。

また、何回かの転倒でボロボロになったスーツも新調し、ヨシムラ集合管を装着してバイク歴初めての大幅改造をしないでレーサーポジションで乗れるバイクを手に入れたのです。
何回かの転倒で学んだのでツーリングには、真夏でもスーツの完全武装、チョイ乗りでは古いモトクロブーツで乗るようにしました。





そして、20年以上一緒に走ってきたKさんとのバトルツーリングで、初めて追い越してトップを奪ったのもこのバイクな事もあり、スピードと関連した思い出がたくさんあります。



この写真の直後、僕は前を走るKさんの「ドカティ851ストラーダ」を右インから差して、トップに出たのですが、20年以上走っていて本気でバトルして、抜かれるばかりでしたが、僕がKさんを抜いたのはこれが初めてでした。

「ドカティ851ストラーダ」



そして忘れもしない翌年、最高速を出すために一人で早朝に出かけ、東北自動車道碇ヶ関~青森間の夜明け直後、リミッター標準装備の為に180㌔しか刻まれていないスピードメーターを大幅に過ぎて、推定で200㌔オーバーしたところで回転が付いていけなくなった16本のバルブを全て歪ませてしまい、僕とこのGSX-R750とのコンビは終わりを告げました。

バイク回想 5

2013-07-30 20:15:00 | ノンジャンル
カフェレーサー(もどき)ZⅡは、当然ながら車検状態に戻すには大幅な再改造が必要でしたが、友人が改造部品を欲しがっていたので超格安で売りました。(ただし条件付きで)
部品を売ったら「30%バック」の条件だったのですが、その後まったく連絡が無いままでした。
ところが、市内で偶然(遠目で)見つけたら、とっとと逃げて行ったのでいぶかしみ、知り合いに聞いたらなんと、僕が売った値段の十倍近くで改造部品をばら売りして新しいバイクを買ったとのことでした。
その後、僕の前には二度と現れない彼でした(笑)

そこで次のバイクで買ったのが、(大幅に資金が入らなくなり)人気が無くて安いバイクでした。

スズキ「GSX750E4」です。
その後、他社でも導入し、現在では乗用車にも取り入れられているスズキが開発した「空油冷エンジン」をフューチャーした中で、最も人気の無かった(しかし性能は同様)のおとなしいスタイルのバイクでした。

何しろ、中古価格が圧倒的に安く、知り合いのバイク屋でも売るのに困っていたバイクでした。
早速、マフラーを交換し、ハンドルをレーサータイプの低めのクリップオンにして、バックステップをつけて試運転をしたのですが、スポーツバイクではなく、ツーリングバイクの為に、センタースタンドがコーナー中にガリガリとアスファルトに擦れて危ないので、帰ってすくサンダーでスタンドの左側を削ったりしたくらいの改造しかしなかったです。



ただし、今まで乗ってきたバイクは前輪18インチだったのに、このGSX750E4は16インチなので、コーナーの倒し方が違っていて慣れるまでずいぶんかかりました。



「鳥海山ブルーライン」での早朝模擬レースでは、100㌔ほどでの左コーナーでの大転倒でクランクケースを側溝のU字溝で割ってオイルが無くなったり、軽い骨折などもしたりとあったのは、たぶん「16インチ乗り」という独特のライディング技術に慣れなかったからだと、20年以上たった今でも思っています~まったくの言い訳ですな(笑)


バイク回想 4

2013-07-23 15:06:00 | ノンジャンル
バイク回想③のCB750改造車は、2年後車検もとらずに鉄工所の友人に無料で譲り(ノーマルパーツが無かった)、代金代わりに様々な部品を作ってもらい、弟から買ったカワサキ750RS(ZⅡ)を大改造するための準備をしていました。

カワサキ750RS(ZⅡ~2型)


以前、北海道から帰ってきて買って、子供が出来て売ったのと同じ年式のバイクを再び買ったのです。
しかし、僕はもうハイスピードツーリングの鬼と化していたのと、映画「マッドマックス」やコミック「キリン」、横浜のクラブ「ケンタウロス」のスタイルに傾倒していたので、車検をとると直ちにノーマル部品を外し、鉄工所の友人が現物合わせで作ってくれる様々な試作品をつけて、本格的な完全レーサースタイルのカフェレーサー(あくまでも雰囲気~もどき)を作りました。
この改造スタイルのままに北海道に行ったり、東北を中心に2年間走りまわりました。

秋田県唯一の「ZⅡ超"違法"改造カフェレーサー」


改造箇所
(足回り)前後H型アルミホイール、フロントブレーキダブル化(ステー友人作)、タンデムステップにフットレスト溶接(チェンジペダル特性)、リヤショックはモモのガスショック
(キャブレター)ケイヒンスクエアキャブ、エアファネル
(マフラー)モリワキ直管~さらに中抜き
(シート)当時のレーサーであるヤマハTZから型どりし、FRPで作ったタンク・シート一体
(ハンドル関係)クリップオン(レーサー用を使ったのでミラー無し~右グリップのアクセルワイヤー・スイッチ類などは取り回しの為に前方に180°回転→人差し指で前方に向いているセルボタンを押す)
(メーター)スピードメーターを取り付けるスペースが無く、真ん中にタコメーターだけを残してスピード計無し(笑)
(強度化)フロントフォークその他の強度・剛性を上げ、高速コーナリング時の車体の捩じれを解消するために、フレーム数か所に補強アルミ板を溶接
(電装)ハロゲンライト、サイドカバーの中にある「チェーンオイル自動給油タンク」をはずし、セミトランジスタイグナイターを装着



バイク回想 3

2013-07-23 13:47:00 | ノンジャンル
ZⅡは、独身~長女誕生まで乗って、育児資金捻出のために売却しました。
バイクの無い生活は、淡々としていますがやっぱりどこか寂しいのです。
そこで僕は、暇を見つけてCB750Fを探しました。

もうすでにナナハンブームが終わり、全盛を誇ったホンダCB750Fが、バイクを「卒業」してセリカやスカGに夢中な友人のガレージ片隅に埃をかぶっているのを譲ってもらうのです。ハイライトやチェリーのタバコ+清酒一本と交換で、軽トラで回収して3台を集めました。

当時のCB750Fは、初代から「K0→K2→K4」と型式が替わっていたのですが、僕が集めたのはK2とK4、合わせて3台でした。フロントが壊れている、エンジンがだめ、リヤが壊れているなどの3台から部品を外して一台にして車検を取るという作業は半年もかかりました。
作業場所は、当時の僕の担当する現場詰所にあった小さな空き倉庫でした。

K0


K2


K4


車両をバラシテ組み立てるだけなのですが、ホンダは年式によって少しずつ部品を改良していて、たとえば、フロントフォークの径が同じなのに、アウターフォークに刻まれているオイルラインの経路が違っていたりなど数多くあり、特に不動車3台の4連キャブレターをばらして使える部品を組み合わせ、4連を同調させるのには、出番ごとの休憩時間を全て費やし、非番も帰宅せず、休みも出てきて調整を繰り返し1か月以上かかりましたがずいぶん勉強になりました。

どうせ二個一ならぬ「三個一」をするならと、車検後に直ちに「姑息貧乏改造カフェレーサー」に大変身です。
タンクは、友人の鉄工所の息子の試作品(25LタンクのFRP手製シングルシートに貼りなおし、ダブルディスク、バックステップ、フォークブーツを外してインナーフォークを磨き、マフラーのカバーを外しクリップオンハンドル etc・・・で作り上げたのがこのバイクです。

秋田県唯一の「CB750Four カフェレーサー(もどき)」



ツーリングに行くためには、低速用と高速用のメインジェットを持って行って、シチュエーションが替わるとキャブレターのジエットを交換して乗るというとんでもないバイクでしたが、自分で作ったバイクでしたので愛着もあり楽しかったです。


バイク回想 2

2013-07-19 16:38:00 | ノンジャンル
初めての北海道は、CB500Fと弟のカワサキ650WⅠSAと二台でで行きました。

カワサキ650WⅠSA



憧れの北海道!
直線の国道が延々と続く。
当時は、現在とは違い、大型バイクで北海道に渡ってツーリングする事自体が、バイク仲間内では結構自慢になるような「ステータス」だった時代でした。

北海道は、フェリーを使うので、お金も時間もかかるのですが、友人と話をしていた時、片足が義足の友人の話になり、彼が北海道に行ったことに激しく影響されて、本州は関西まで走ったこともあって、「いよいよ北海道!」という気持ちになりました。



襟裳岬への途上、故障でエンジンが止まってしまっている旧車スズキT500の名古屋ナンバーを牽引したり、千葉のCB750と仲良くなったりで、楽しい道中だったのですが、最も心を動かしたのが当時発売されたばかりのカワサキ「750RS=通称ZⅡ(ゼッツー)」でした。
北海道4日目あたり、国道で一服している初期型ZⅡのファイアボールを見て、次はこのバイクにしようと決めたのでした。

カワサキ750RS(ZⅡ)初期型ファイアボール



このバイクは、何と言っても優雅で美しいフォルムが印象的です。
ところが、資金が無いためにCB500を下取りに出して、苦しいローンでようやく買ったのが翌年になってしまいました。
新車で買ったのでⅡ型になりましたが、素晴らしいバイクでした。
ZⅡは、伝説的な旧車として現在の中古価格は軽く150万円にもなっています。
しかし、欠点も結構ありました。
一番困ったのが、走行距離が増えてくると、スインアームピポットの「へたり」やフロント周りの剛性不足が目立ってきました。
高速コーナリング中(或いは「ベタ寝せ」コーナー)には、フロントがふわふわするし、リヤタイヤがフロントよりも「寝て」しまって、コーナーの外側にはみ出てしまう症状が顕著でした。
といっても、限界走行での症状ですので通常の使用では全く問題が無くて、一般的にはあまり問題にならなかったようです。

1975年、下北におにゃの子とタンデムしてツーリングした時のZⅡ。
この後まもなくおにゃの子と結婚しましたが、この亡妻とは、子供が出来るまでは東北のあちこちを随分ツーリングしました。
この上ない楽しい思い出です。
しかし、この髪型、どうしちゃったのでしょう。笑えます・・・



この後、3年ほどノーマルのままZⅡに乗っていましたが、長女が生まれるという事を機に、当然生活一番なので車も軽自動車にして、ZⅡは売却しバイク無しの生活になりました。

ところが、一旦バイク所有が途切れている間に、僕のバイクとのかかわり方は「のんびりツーリング」から「限界スピードマニア」に変貌していました。

次回からは、貧乏愛車改造物語です。

北海道ツーリングの歌です。


<ツーリングブギ>

エンジンを切り 東を振り返れば
長い長い影が 草原に伸びる
体の痛みは 旅の証

そんな旅を 繰り返し老いてゆく
何を求め今日も バイクを駆るのか 
俺の胸にそっと 聞いてみる 

国道沿い 小さなバス停の待合室
シュラフにくるまり 夜露から体を隠す
泥のように 眠りに落ちる

タンデムシートに濡れたシュラフと 埃だらけの荷物を縛り
地図を広げて  今日のルートを目で追って
煌く朝陽に 走り出す

旅に出てもうどのくらい 走り続けたのか
故郷を想う 俺の心は
旅の終わり を告げるのか

若い頃から いつでも一人旅
求める答えは 故郷に帰り着き
風呂上がりの 一杯のバーボン

ツーリング ツーリング ハイウェイ ツーリング
ツーリング ツーリング ワインディング ツーリング
ツーリング ツーリング ハイスピード ツーリング