葉山の海と森

葉山町の自然と日々の暮らしのスケッチ

ヤメル、止める、辞める、病める

2012-09-09 11:15:07 | Weblog
この一月の間の私の中でのフェーバレットの単語はヤメルの4活用であった。タバコをやめる、酒をやめる、会社をやめるなど数々の同義語がめまぐるしく飛び交った。
生きていく上で生業とする仕事、それをするためには健康を維持する事、常に個人生活でも常にイノベーションを考え、これらの全てが相まって世の中が上手く回ると思うのだが、この20年この国を覆っているスモッグのような視界不良の毎日が確実に国民を劣化させていると思うのだが、皆さんはどう自分の事と考えておられるのかと考え込む毎日です。

極々小さな会社であっても取引先や外注さんとの付き合いも皆10年以上の付き合いのところもあり、ツーと言えばカーと間柄で、こちらの図面を出せば意図した物を作ってくれるそんな仕入先や外注さんがこの所何社か店じまいと言う問題に直面している。客先は幸いな事に大手なので海外移転などはあっても直接には被害は無いが、外注さんは困る事が多すぎる。基本は一つの職種に2社購買の原則はあるが、この技術はどうしてもこの会社の社長でなければというものは頼らざるを得ない事がある。その1社が今月で会社を閉鎖すると言う。

販売不振もさることながら後継者難、特にもの造りをしたいと言う若者が出てこない、綺麗な職場でスーツを着て格好よく仕事をしたいのだろうか?はたまた自分の意思を持てずに付いていくだけの公務員やサラリーマンが良いのだろうか?物作りの現場は確実に縮小している。大田区の外注さんは家族だけで食べていけるだけで幸せと達観しているし、拡大する要素は間違いなく無くなっている。事業の停止は人間で言えば死を意味する。この死の淵から立ち返らせるのは政治しかないのだが、それも又崖っぷちを綱渡りしている。

辞めてくださいと思われる政治家はごまんと居るのだが、何しろ法律と言うのが立ちはだかり、自分達が作った法律だから都合の良い様に解釈できるし改定もできる。最近なるほどと思った言葉に『政治家稼業』は気楽なもんだと来たもんだという植木等の歌にあるように、ある人が『政治家家業』は気楽なもんだと言っていたが、政治家は稼ぐ仕事であり代々家業として受け継いでいく生業になってきていると言うのだ。
どう見てもその任に相応しくない人がその役職につき政治を動かす、増税をする、朝貢外交のような事をするそれ違うだろうと言ってもメディアもキチンと報じない。震災復興しかり、原発しかり今やることを何故やらないのか出来ないのか、国民の一人として責任を感じる毎日です。

又、この一月の間に3人の知りあいを亡くした悲しみを味わいました。知っている人がこの世から消え去るのは悲しい事ではあるけれど、人それぞれ役目を終わり帰るところに帰って行くのだと思うことにして残された人達とこの世にある限り思い出を持って生きたいと思うのです。

夫々の方達の生き様を一寸ご紹介いたします。

一人は8月のお盆の最中に亡くなりました。鎌倉のバー『トノヤマ』でいつも会う葉山のダンディでした。
私より2歳年上のトレンチコートとおしゃれな帽子が良く似合ういつもロックかハイボールを黙って飲んでいる銀座でも有名な紳士でした。奥様と葉山の大豪邸に住む彼は外資系のシンクタンクのアナリストであり片隅でタバコをくゆらせながら原書の本を読んでいたのを懐かしく思い出します。

もう一人は私の友人父上ですが、8月最後の日曜日朝横須賀線の電車に跳ねられて不慮の死を遂げられました。
その人生は一代で鎌倉の経済発展に尽くし、私達が自動車の免許を取った50年前、その以前から下馬の交差点でガソリンスタンドを経営し、当時のモービルガスの唯一のスタンドで学生時代からお世話になりました。
鎌倉や藤沢、逗子までこの辺では一番のスタンドで、立派な方でした。現在はご子息が立派に後を継いで居られます。人間何時何処で天に召されるかという本当に分からない事の証左でした。

最後は私の一番の親友の母上でした。老衰でしたからむしろ大往生かも知れませんが、我々の時代多くあった戦争未亡人と残された息子という母子家庭でした。ですから友人は父親の顔は知らないし、お母さんと2人で生活をしてきているので人一倍母親思いの孝行息子でした。晩年は毎日病院に通い、話が出来なくても会いに行ったそうです。ある種戦後の歴史に隠された戦争の犠牲者で子供のためか、ご主人を愛されていたのか分かりませんが、綺麗な人なのに再婚もせず鎌倉でひっそりと暮らしていたのがとても印象的でした。
彼にとっては本当に戦後が終わったのだと思います。夫々の人生を思い返す時生きているものの責任は重いと思わざるを得ません。

折りしもロンドンのパラリンックをやっていますが、障害者の皆さんが頑張っているのに健常者の我々がこの体たらくでは申し訳ないと思いませんか?秋の政治の季節がやってきました。生きているものの務めを確り果たし、次の時代に繋げたいと思います。

ヤメルのはいつでもできる。それまでは全力疾走をしたいと思います。










































コメント
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