数百キロも離れている実家と婿入り先との
間の往来。
当然ながら、新幹線をはじめとする交通機
関を利用するのが一番楽だった。
「万一途中で事故にでもあったら、しょう
がないやろ。孫がおる。お金はなんぼかかっ
てもええ。絶対、新幹線で帰ってくるんやで。
車で来るっていうんやったら来んでもええ」
三年前に亡くなったおふくろの、若い頃か
らの言い草だった。
私はよく働いた。
「よう働くむこさんやなあ」
そうおっしゃるひとがいるほどだった。
さいわいにも私を見込んで仕事を与えてく
ださる、徳のある方にも恵まれた。
働いただけ、それに見合うだけの収入があっ
たから、種吉は子どもにひかり号に乗せてや
ることもできた。
子どもは大喜びだった。
ところが、今は晩年。
七十歳に達し、身体があちこち痛みはじめ
た。それなのに、自ら運転して帰郷するはめ
になっている。
自らの運命を呪いたくなり、種吉はその思
いを振り切ろうと、大げさに首を横にふった。
「えらいすまんな。大変やろ?よう、標識
見とかんと、うまいこと名神に乗れへんな」
種吉がМの横顔をちらりと見て、いう。
「ああ、むずかしわ。車線の変更がな。やっ
ぱり連休ちゅうとこや。車が多い。気をつけ
んとレーンに入れへん。神経つかうわ、ほん
まに」
種吉はわが耳を疑ったが、これは紛れもな
くМの言葉。彼は関東生まれ。関西生まれの
種吉がなまるのは少しもおかしくない。彼は
年老いれば老いるほど、ふるさとの言葉が出
てしまうものだからだ。
子どもはなんたって、母ちゃんがいい。言
葉から常日頃のくせに至るまで、彼女に似て
いた。
(カルチャショックやったやろ。おれの子
どもはみんな、そう……)
「もう少しで、環状線を出られるよ」
たくまずして、Мの言葉が喜びをふくんだ。
「そうか、良かった。お疲れさん。そした
らすぐに運転代わってやれるから」
バルルルーン。
ふいに一台のバイクが、我々の乗っている
ワゴンの右わきをかすめた。
車間距離をあまりとらず、そのままスピー
ドを上げていく。
「あいつ、あほちゃうか。あぶないことし
よるな。もうちょっとで、突っころばしてし
まうとこやったで」
「命知らずが多いから、困ったことや。単
車と車のぶつかりっこじゃ、なんてったって
こっちの分がわるい」
「物損だけで済まんもんな。人身になって
しもたら終わりや」
それにしても、もう少し老後のことを考え
ておくべきだったと種吉は反省する。
種吉はすっと、ジャケットの内ポケットに
手を差し入れた。たまには家族におだいじん
のようなぜいたくをさせてやりたいと思うよ
なと、やせてうすっぺらのパンくずのように
なった札入れをなでた。。
四十年ほど前、農家を支援するかのように、
養子として他人さまの家庭に入った。初めは、
農家も実入りが良かった。いちごとこんにゃ
く、それに麻。それらが、その頃の換金作物
だった。
種吉が入った家では、米とこんにゃくが主
流。当時こんにゃくの半俵で、およそ一万円。
割合、高い値段で取引された。
ふいにぐるぐる目が回る予感がして、種吉
は目をしっかりと開けた。
Мが懸命にハンドルを切っている。
「一番最後にでけた子がもうこんな大人に
なってくれとる。おれは子年、こちょこちょ
動きまわるばかりで、なあんも残らへんかっ
たな」
種吉の頭の中は、ぐちとも嘆きともとれそ
うな思いでいっぱいになり、思わず口をひら
いた。誰にもわからない程度に、それらを言
葉に変えた。
名古屋の環状線を出たところで、Мと運転
を代わった。
種吉は、つもりにつもった憤懣をどこかに
ふっとばすような勢いで車を走らせた。
太陽が金色の濃さを増しながら、西へ西へ
と傾いていく。
太陽を追いかけるようにしてまっすぐ、平
坦なハイウエイが西へ西へとつづいた。
「おいおい、父ちゃん。大丈夫かい、そん
なにスピード出して。ほらほら、しっかり前
向いて。いつまで追い越し車線に収まってる
つもりや。ぼやぼやしてたらあおられるで」
野太い声で叱咤するМの言葉に、種吉ははっ
として、ようやく自分をとりもどした。
。
間の往来。
当然ながら、新幹線をはじめとする交通機
関を利用するのが一番楽だった。
「万一途中で事故にでもあったら、しょう
がないやろ。孫がおる。お金はなんぼかかっ
てもええ。絶対、新幹線で帰ってくるんやで。
車で来るっていうんやったら来んでもええ」
三年前に亡くなったおふくろの、若い頃か
らの言い草だった。
私はよく働いた。
「よう働くむこさんやなあ」
そうおっしゃるひとがいるほどだった。
さいわいにも私を見込んで仕事を与えてく
ださる、徳のある方にも恵まれた。
働いただけ、それに見合うだけの収入があっ
たから、種吉は子どもにひかり号に乗せてや
ることもできた。
子どもは大喜びだった。
ところが、今は晩年。
七十歳に達し、身体があちこち痛みはじめ
た。それなのに、自ら運転して帰郷するはめ
になっている。
自らの運命を呪いたくなり、種吉はその思
いを振り切ろうと、大げさに首を横にふった。
「えらいすまんな。大変やろ?よう、標識
見とかんと、うまいこと名神に乗れへんな」
種吉がМの横顔をちらりと見て、いう。
「ああ、むずかしわ。車線の変更がな。やっ
ぱり連休ちゅうとこや。車が多い。気をつけ
んとレーンに入れへん。神経つかうわ、ほん
まに」
種吉はわが耳を疑ったが、これは紛れもな
くМの言葉。彼は関東生まれ。関西生まれの
種吉がなまるのは少しもおかしくない。彼は
年老いれば老いるほど、ふるさとの言葉が出
てしまうものだからだ。
子どもはなんたって、母ちゃんがいい。言
葉から常日頃のくせに至るまで、彼女に似て
いた。
(カルチャショックやったやろ。おれの子
どもはみんな、そう……)
「もう少しで、環状線を出られるよ」
たくまずして、Мの言葉が喜びをふくんだ。
「そうか、良かった。お疲れさん。そした
らすぐに運転代わってやれるから」
バルルルーン。
ふいに一台のバイクが、我々の乗っている
ワゴンの右わきをかすめた。
車間距離をあまりとらず、そのままスピー
ドを上げていく。
「あいつ、あほちゃうか。あぶないことし
よるな。もうちょっとで、突っころばしてし
まうとこやったで」
「命知らずが多いから、困ったことや。単
車と車のぶつかりっこじゃ、なんてったって
こっちの分がわるい」
「物損だけで済まんもんな。人身になって
しもたら終わりや」
それにしても、もう少し老後のことを考え
ておくべきだったと種吉は反省する。
種吉はすっと、ジャケットの内ポケットに
手を差し入れた。たまには家族におだいじん
のようなぜいたくをさせてやりたいと思うよ
なと、やせてうすっぺらのパンくずのように
なった札入れをなでた。。
四十年ほど前、農家を支援するかのように、
養子として他人さまの家庭に入った。初めは、
農家も実入りが良かった。いちごとこんにゃ
く、それに麻。それらが、その頃の換金作物
だった。
種吉が入った家では、米とこんにゃくが主
流。当時こんにゃくの半俵で、およそ一万円。
割合、高い値段で取引された。
ふいにぐるぐる目が回る予感がして、種吉
は目をしっかりと開けた。
Мが懸命にハンドルを切っている。
「一番最後にでけた子がもうこんな大人に
なってくれとる。おれは子年、こちょこちょ
動きまわるばかりで、なあんも残らへんかっ
たな」
種吉の頭の中は、ぐちとも嘆きともとれそ
うな思いでいっぱいになり、思わず口をひら
いた。誰にもわからない程度に、それらを言
葉に変えた。
名古屋の環状線を出たところで、Мと運転
を代わった。
種吉は、つもりにつもった憤懣をどこかに
ふっとばすような勢いで車を走らせた。
太陽が金色の濃さを増しながら、西へ西へ
と傾いていく。
太陽を追いかけるようにしてまっすぐ、平
坦なハイウエイが西へ西へとつづいた。
「おいおい、父ちゃん。大丈夫かい、そん
なにスピード出して。ほらほら、しっかり前
向いて。いつまで追い越し車線に収まってる
つもりや。ぼやぼやしてたらあおられるで」
野太い声で叱咤するМの言葉に、種吉ははっ
として、ようやく自分をとりもどした。
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