ーーー残鶯の声に始まる詩人伝ーーー
先日ようやく見つけたワーズワースの抒情詩集が届き、数年かけて集めていた18〜19世紀イギリス詩の原書がある程度揃った。
英語に強い若い家人の助けも借りてこの夏は英国浪漫派に浸りきるので、その状況をまた何度かに分けて報告しよう。
夏は昼間が暑ければ暑いほど、ひと息つける夜涼の時間が貴重に思える。
そんな夜を夢幻の英国ファンタジーで過ごすなら、先ず取り出すべきは文字通りシェークスピアの「真夏の夜の夢」だろう。
(真夏の夜の夢 ウィリアムシェークスピア 1908年版 同アーサーラッカム挿絵集)
英国浪漫派の先駆けとなるシェークスピアの作品は全て定形韻文詩で書かれているが、残念ながら日本語版は口語訳しか無くその荘重たる気韻は原書で味わうか、Youtube等には英国人俳優の朗読も出ているのでそちらをお薦めする。
翻訳詩では神話や妖精世界の神聖古代語までは無理としても、英文学を代表するシェークスピアが子供向けのような口語訳しか無いとは思わなかった。
もしや日本の翻訳家は英語は堪能でも、肝心の日本語の文語韻文が書けないのかも知れない。
英国の妖精達は中世キリスト教によって貶められたギリシャローマの神々や土着の自然神達だと言う説が主流で、我が国の八百万の神々や精霊とも似通う所がある。
挿絵のアーサーラッカムは妖精画の名手として今でも愛好者は多く、シェークスピアのファンタジー世界のイメージを詩情豊かに伝えてくれる。
ーーー風鈴は夢の中まで届く音ーーー
英国浪漫派でシェークスピアに続くのはミルトンだろう。
(失楽園 ジョンミルトン ギュスターブドーレ挿絵 1880年版 同日本語版)
画家のギュスターブドーレはこの失楽園やダンテの神曲の挿絵でその名を不朽の物とした。
彼のオリジナルエッチング(銅版画)は以前紹介したので省くが、現代のファンタジー映画やゲームのビジュアルもドーレの創り上げた神話世界のイメージの影響を強く受けている。
ドーレやラファエロ前派の19世紀幻想画はどれも、物質主義全盛だった20世紀よりも今世紀になって人気が再上昇している。
写真の日本語訳本も近年ようやく出たのだが、原典と並んでしまうと現代日本の書籍の安っぽさは否めない。
もうひとりは原典が高価過ぎて手が出せないブレイクだ。
(ブレーク選集 山宮充訳 初版 大正時代 青南京小瓶 瑪瑙獅子 中国清時代)
ウィリアムブレイクは画家であり詩人であったので、書中の世界全てを自分だけで完結出来た人だ。
なのでそのオリジナル版となると大変貴重で高価な物となっている。
この隠者も一応詩画人なので、画文双方による世界創造の万能感は良くわかる。
この大正の袖珍本(小型本)訳詩シリーズは立派な文語韻律の名訳が揃っている上に、恩地孝四郎装丁の絹張り天金の書と来れば全巻集めたくなる。
当時の日本人の英国詩に対する憧れが良くわかる豪華本だ。
ブレイクの画集の方は昔持っていたはずなのに、呪われた我が画室の混沌の海に沈んで見つからない。
ーーーこれだけは世捨人とて手放さぬ 明窓浄机天金の古書ーーー
次回はコールリッジとワーズワースの予定。
©️甲士三郎