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ネットやiTunesのお陰で古今東西のあらゆる音楽が聴けるようになり音楽好きには喜ばしい。
近年では世に知られざるバロックやロマン派の曲も続々と発売されている。
我が谷戸の寂然とした枯景色に最もふさわしいのはやはりバッハのピアノ曲だ。
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若い頃に聴いたリヒテルの弾く「クラヴィア平均律」には格別深い想いがあり、バッハは我が音楽体験の原点でもあり晩生の到着点でもあろう。
演奏者にもよるがこの曲や「フランス組曲」の祈りにも似た厳粛さが、冬の我が暮しを静謐な物にしてくれる。
他にもバッハの四季それぞれに合うピアノ曲のプレイリストを作り、散歩時に聴きながら山河を眺めたりスケッチや句歌を詠めるなら至福の日々だ。
チェンバロ曲も夏向きのプレイリストの方に沢山集まっている。
バッハは場所を選ばず都会のマンションの室内でも十分美しく聴こえるが、ロマン派のピアノ曲は屋外の自然の移ろいの中で聴くのが最も良いと思う。
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ロマン派の楽曲は総じて高次の和音と複合旋律を駆使した目眩く迷宮のような音楽なので、初心者には取っ付きにくい所がある。
ショパンら初期ロマン派の弱点をあえて言えば興行のための行き過ぎた技巧と過剰表現だが、それが後期ロマン派時代には不要になり流麗で煌めくようなバランスの取れた曲調となる。
その中で私が最も好きなのは、世間ではあまり知られていないスクリャービンのピアノ曲集だ。
近年の再評価で出たコンプリートアルバムでは20世紀の評論家達には評価の高かった後期の前衛的な曲より、知られざる前期の小曲群の方が遥かに佳作揃いなのは新発見だった。
彼のピアノ曲と共に歩けば、近所の何気ない枯景色でさえ光輝いて見えて来るのだ。
フォーレのノクターンとバルカローレもまた知られざるロマン派ピアノの名曲集だ。
この曲集も今世紀に入りようやく新進のピアニスト達により演奏されるようになった。
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そもそもロマン派音楽全体が20世紀の進歩発展至上主義で古臭い物と貶されていたのだから仕方ない。
フォーレのノクターン集はショパンのような覚え易いポピュラーな曲こそ無いが、華麗さと深遠さを兼ね備えた飽きの来ない名品揃いだ。
幻冬の陽に煌めく漣のようなピアノの音色は、我が谷戸の風景をキラキラと包んでくれる。
ーーー白鳥を追ふ白鳥の長き水尾(みを)ーーー(旧作)
美しき古楽は五感を覚醒させ周囲の自然に観応し易くする効能がある。
冬枯の我が楽園を巡りながら聴くこれらのピアノ曲の玄妙なる響きは、我が詩魂を身近な自然や時の流れに観入し易くしてくれ、世界が如何に美しく哀しく愛おしい物かとしみじみ感じられるのだ。
©️甲士三郎