鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

262 残照の廃寺

2022-09-15 12:46:00 | 日記

窓を開けた隙に大きな鬼ヤンマが迷い込んで来た。

赤蜻蛉や塩辛蜻蛉と共にお隣の永福寺跡の池に群をなしているのだ。

その蜻蛉達に誘われて、ふらっと近所で吟行して来よう。


ーーー夕焼の古き都は全て影ーーー



夕照の池のほとりには薄の穂が輝き何種もの蜻蛉が舞い踊っている。

やや強い風が吹いているがまだまだ蒸し暑く秋風とは言い難い。

遺跡と言っても池と大堂の礎石群しか無く、また西洋公園風に整備してしまって見るべきものは薄と鳥虫類だけだ。

整備前には同じ時代の浄土式庭園である平泉の毛越寺跡のようになると言っていたのが恨めしい。

古都は須らく幻影の中に在るべきだろう。


ーーー夢色の蜥蜴息づく鎌倉の 久遠へ滅ぶ草間の礎石ーーー



この石は鎌倉時代の大門辺りの石組だったらしいが、位置が動かされて分からなくなっている。

ここでは青と金に光る蜥蜴をよく見かけるものの、我が病眼と私より年上のライカではとても写真に捉えられない。

その代わり身体はどんなに衰えようと、句歌は病床でも詠めるのが長所だ。


ーーー虫の音は高まり星は回り出し 野辺の仏は半眼半夢ーーー



これは我が荒庭の隅にある石仏で、かなり昔に鎌倉の古道具屋で買った物だ。

吟行ついでに買物をして来たのですっかり夜になってしまい、秋の虫達の大合唱の中への帰宅だ。

山続きの我が庭では各種の虫の声が朝まで響き、夜だけは秋を感受できるようになった。


湯殿で聴く虫の声はひときわ美しく、たまに鉦叩きも来て澄んだ音色で鳴く。

ーーー湯に浸かり眼を閉じて虫の音の 闇の楽土に荒魂曝せーーー



(虫売図 高橋麗泉 古伊万里色絵徳利杯 幕末〜明治頃)

風呂上りには宗全籠に秋草と小菊を入れて、虫の音を聴きながら菊花模様の古伊万里の酒器で画中の美女と一献(私は一口だけ)だ。

この絵のような装束の虫売りや風鈴売りがいた頃の街並は、四季折々にもさぞ風情があったろう。

ご存知の鏑木清方もそんな市井の風俗を良く描いている。


ーーー古籠に馴染む幾種の秋の草ーーー

秋草は花屋で買った物も庭や野辺で取ってきた物も、無造作にごちゃっと活けた方が野趣がある。

花入は古びた竹籠が合わせ易いが、薄などの丈高い物は破れ壺が隠者好みだ。

彼岸過ぎて暑さも治まる頃、谷戸の秋の花と戯れる時が楽しみだ。


©️甲士三郎


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