コヤチン、さまよい日記

静岡県内を東へ西へ行ったり来たりしています。
応援している清水エスパルスの試合の感想もお伝えします。

斑鳩の里と西ノ京を巡ってきました。(西ノ京編)

2022-10-11 21:53:23 | 旅行
奈良は見所が多いので日帰りの旅が2編に分けて書くことになってしまいました。
法隆寺を出るときに小雨だったのですが、西ノ京に向かっている途中から雨の降り方が本降りになって来ました。もうちょっともってくれると思ったのですが。

西ノ京でのプログラムは薬師寺と唐招提寺の参拝です。時間とお天気が良かったら大池の対岸から薬師寺の東塔と西塔を望みたかったのですが、今回は残念ながら見送る事にしました。

薬師寺
まず薬師寺の駐車場に車を停めて歩きます。
薬師寺は中学校の修学旅行以来です。当時は西塔は再建されていませんでした。
雨が降っていますので傘をさしての参拝となります。

南門に向かう途中に「休ケ岡八幡宮」があります。

説明によりますと「寛平年間(889~898)に栄紹別当により大分県宇佐八幡宮から現在地に勧請されました。休ヶ岡という地名は、斉衡2年(855)に大安寺の行教和尚によって八幡大神が大安寺の元石清水八幡宮に勧請された際、 八幡大神が休息された地であることに由来します。」という事です。古くから薬師寺を守る神社とされています。

休ケ岡八幡宮を参拝した後薬師寺の南門から薬師寺の白鳳伽藍に入っていきます。

南門の外側から東塔西塔がうかがえます。


金堂に向かって右側が東塔です。(国宝・奈良時代)
令和3年まで大改修工事が行われていましたが、再びその優雅な姿を見せてくれています。屋根が6つありますが三重塔です。下から1、3,5番目の屋根は裳階と呼ばれる飾ち屋根です。


左側が1981年再建された西塔です。中学の修学旅行できた時は礎石だけでした。


1976年再建されました金堂です。
金堂の中に安置されている薬師三尊像、センターに薬師如来と両脇の日光・月光菩薩は見ていて安らぎを与えてくれるような感じです。


大講堂です。こちらは2003年再建の割と新しい建物です。弥勒三尊像が祀られています。
また仏足石、仏足跡歌碑(いずれも国宝・奈良時代)も展示されています。

 
西室で水煙や東塔相輪擦銘や東塔古材、また奉納作品を展示しています。


もう一度美しい東塔を見てきました。


東院堂(国宝・鎌倉時代)東塔から東回廊を挟んだ右側にあります。日本最古の禅堂です。

白鳳伽藍から玄奘三蔵院伽藍というエリアに向かいます。

玄奘三蔵とは西遊記の主人公の三蔵法師のモデルになった方です。中国からインドに渡り法相宗の元になる教えを中国に持ち帰り三蔵法師の弟子が法相宗を開き日本には遣唐使を通じて伝えられました。
その三蔵法師の功績をたたえられて作られました。

玄奘塔には、玄奘三蔵のご頂骨(頭部の遺骨)が収められています。

これで薬師寺の参拝を終えまして最後の参拝のお寺「唐招提寺」に向かいたいと思います。
朝からよく歩いていますのでコヤチンも妻も体力的に辛くなってきましたがもう少し頑張ります。
薬師寺から歩いて10分ほどで唐招提寺の南大門に着きます。唐招提寺は初めて訪れるお寺です。
唐招提寺
入って参道を歩いて正面に立つのは金堂です。

金堂(国宝・奈良時代)です。
廬舎那仏(国宝)が収められています。大きな仏様でその大きさに圧倒されてしまいました。その隣には千手観音(国宝)があります。5mを超える高さで千手観音の手は通常42本ですがこちらは953本あります。


戒壇、僧となるための授戒が行われる場所です。本来の堂は焼失してしまい。石段のみが残っています。


鼓楼(国宝・鎌倉時代)、本来ある太鼓がありませんが鑑真が中国から持ってきたお釈迦様の遺骨などが収められています。


開山堂
ここから鑑真和上の墓があります開山御廟に向かいます。

門を入って苔が奇麗に敷かれた庭を眺めて奥に向かいます。


唐招提寺の一番奥に鑑真和上が眠る開山御廟があります。

さて戻りますが最後のスポットに向かいます。

礼堂(重要文化財・鎌倉)


経蔵(国宝・鎌倉時代)仏教の経典を収める蔵です。


宝蔵(国宝・奈良時代)宝物を保管する為の蔵です。

これで本日のプログラムを全て終了しました。
朝早くから活動していましたので一日がとても長く感じました。
家まで長い運転が残っていましたが何とか最後まで集中して帰ってこられました。

古都を巡る旅、これからも色々勉強して行ってみたいと思います。