「後先なしの考えなしなら一番か!? 恐れるものは何もなし」
これっくらい悪意をもって神さまを侮辱しようとした男の話。この男…… いやいや、男なんて言っちゃいけない。立派なテッサリアの王様は、一体どういう了見かは知らないが、ゼウスをコケにしてやろうと目論んだ。
とにかくイクシーオーン王は、ゼウスを正真正銘の寝取られ男に仕立て上げて、天下の笑い者にしようとした。そして企てたのが、なんとゼウスの正妻ヘーラーの誘惑だった。 ……成功しようが、失敗しようが、想像するだに恐ろしいのだが…… 、と思うのは、我々が凡人だからだろうか。しかし、ヘーラーの性格を知っていたら手を出す気にはならないと思う。
ゼウスは当たり前のことながら、このバカバカしくも神をも恐れぬ陰謀を事前に知る。怒るより先に呆れたかもしれないが、ともかくゼウスはこの厚顔無恥の傍若無人の男にふさわしい、手の込んだ仕返しと罰を用意した。
ゼウスは、ヘーラーの姿を写した女を雲で作り上げ、これに低次元の魂を吹き込んで、ネペレーと名づける。イクシーオーンはこれをヘーラーと思い込んでさらって行っていく。
―― ゾンビもどきを天の女王と間違えて連れて行くとは、所詮愚かしい人間の浅はかよ。けっけっけ、引っ掛かったな、ざまあみろ ―― と思っただけでは、当然すまなかった。
これはたんなる前菜で、天罰にふさわしく、ゼウスの放った雷電が、イクシーオーンを一撃のもとに撃ち殺す。
さあ、これからがメインディッシュ。ゼウスはハーデースに命じて、冥界にイクシーオーンのためのVIP待遇の特別コースを用意させたのだ。それは燃えながら回転する巨大な火焔車。
これにイクシーオーンを縛りつけて炎に責められながらぐるぐる回転し、その間ずっと地獄の鬼に鞭打たれたという。実に念の入った内容だった。
ゆえにイクシーオーンは、その愚かな行為よりは、地獄の観光名所の一つとして有名となり、シーシュパスやタンタロンと並んで、地獄の描写には、俳句の季語のように約束事として登場する、ありがたくも大切な役目を担っているのだ(う~~~~~ん、でも…… ねえ)。