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篠原美也子『白い月』(2005年)を聴く   250101

2025年01月01日 00時33分00秒 | 急行特急は行く…


篠原美也子のアルバム“us”(2005年)より、『白い月』(2005年)を聴いてみる。
20年前のナンバーであるが、音源CD化されて出会ってから気に入った1曲。まさかの「ラブソング」と言う扱いに驚いた気がする。
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篠原美也子“Fool in the Rain”(1995年)を聴く  250101

2025年01月01日 00時25分00秒 | 急行特急は行く…
篠原美也子のアルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)より、“Fool in the Rain”(1995年)を聴いてみる。
1995年当時は、ただ、長い歌でその歌詞の中身も曲の感じも好きにはなれず放置していたナンバー。それが変化していったのは、2000年代に入ってからのセルフカバー化やライヴに行って聴いたりだった気がする。
今になって、より大人社会で負け組感、敗北感、劣等感と行ったものを背負う中で手間で重くなる傘がもっている事は決して、楽しくはない。
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篠原美也子“MIND FACTORY” (1995年)を聴く  250101

2025年01月01日 00時19分00秒 | 急行特急は行く…
篠原美也子のアルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)から“MIND FACTORY”(1995年)を聴いてみる。
埋もれた30年前のナンバーであるが、1995年当時、個人的には気に入っていたのは、このナンバーがポップな感じだったからなんだろうと想う。
赤く錆びついた役に立ちそうにないものばかり心中で生まれゆく事は、今もそう珍しくなく、価値ある物はそうは簡単には生み出されない。
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篠原美也子“Don't forget”(1995年)を聴く   250101

2025年01月01日 00時12分00秒 | 急行特急は行く…
篠原美也子のアルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)より、“Don't forget”(1995年)を聴いてみる。
1995年当時には、忘れたくない、忘れるな⋯と言う想いがあるほど生きてもいないのに、何かがあると霧と靄の中の灰色と妄想を見ていたのだろうと想う。そして今、2025年になって、忘れたくない、忘れるなと言う想いは、かつて感じた何かの霧と靄が少し晴れて、姿を現しつつあると信じたい。
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篠原美也子“Dear” (1995年)を聴く   250101

2025年01月01日 00時07分00秒 | 急行特急は行く…

篠原美也子のアルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)より、“Dear”(1995年)を聴いてみる。
このナンバーの風景や思想観にもたどり着けないままに、30年。1995年のアルバムにだけない、アルバムのあとがきを歌にしたような所もあるが、アーティストにとってきっと言葉に出来ない想いが当時あったのだろうと思う。
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篠原美也子『名前の無い週末』(1995年)を聴く  250101

2025年01月01日 00時00分00秒 | 急行特急は行く…

篠原美也子のシングル『名前の無い週末』(1995年)を聴いてみる。
世に出て本年2025年で、30年が経過する重みあるナンバー。なかなかに生演奏は聴けない1曲なので、音源CDとしてここにあるのは、喜ばしい限り。
1995年、アーティストが所属レーベルを移籍して出した渾身の1曲で、多くの人に知れ渡らなくとも、この傑作感は表現し難いものがある。
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篠原美也子『名前の無い週末―セルフカバーミックス―』(2003年)

2024年12月31日 23時55分29秒 | 急行特急は行く…

篠原美也子のセルフカバー“SPIRAL”(2003年)から、『名前の無い週末』(1995年)を聴いてみる。
セルフカバーは世に出て22年となるが、長く続く土曜日状態の一瞬の頂上目がけてこのナンバーを今日2024年12月31日最後にセレクト。
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篠原美也子『灰色の世代』(1994年)を聴く    241231

2024年12月31日 23時50分00秒 | 急行特急は行く…
篠原美也子のアルバム『いとおしいグレイ』(1994年)より、『灰色の世代』(1994年)を聴いてみる。
世に出て、30年。埋もれ曖昧になってもなお確かにある1曲であり、永遠に手を伸ばせてもその価値観なり人生観なりには辿り着けない。
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篠原美也子『パーティ』(1994年)を聴く  241231

2024年12月31日 23時44分00秒 | 急行特急は行く…
篠原美也子のアルバム『いとおしいグレイ』(1994年)から、『パーティ』(1994年)を聴いてみる。
音源CDでしか会えないナンバーと化したお気に入り曲も今年音もなく世に出て30年経過。
30年前、どこかで感じていた、某所での疎外感は、今は別な形になってこの身に降り掛かっている。因果応報とは言え、どうにかするには、全てを0から変える事は出来ない以上、悔やみようもない。
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篠原美也子『河を渡る背中』(1994年)を聴く   241231

2024年12月31日 23時38分00秒 | 急行特急は行く…

篠原美也子のアルバム『いとおしいグレイ』(1994年)から、『河を渡る背中』(1994年)を聴いてみる。
人生における必要で渡らなければ、普通はおろか幸せも勝組にもなれない大きな河を渡る事は、出来ないままに歳月が流れている。それすなわち、30年間、その「大きな河」を渡り行き、私を追い越す背中をずっと見続け、それは今もこれからも変わらない様で。
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