
この11月号の英国Classic Land Rover 誌にMr. Land Rover と呼ばれているRoger Crathone氏のランドローバー社現役時代の回顧が載っている。5ページに及ぶその写真と記事に目を通じてみるとCrathone氏はとことんマニュアル指向(思考、嗜好、試行)者であったのだという理解に至る。あったという過去形だけではなく今も現役のマニュアル指向者である。それは現在も日常にランドローバーシリーズⅠを活用している事から伺う事が出来る。
1966年に Range Rover 開発の企画が始まった。レンジローバーの開発の為にアメリカからジープラングラーとフォードブロンコ、そして日本からランドクルーザーFJ55が取り寄せられた。Crathone氏のお気に入りのテスト用車はランドクルーザーであった様子。まず最初に手を付けたのはロングベースのワゴンに対応するヘビーデューティなアクスルの開発でアクスル自体の構造は同じだがランドクルーザーの物よりも30%強度が高い物を開発した。しかし、走行テストでそれを装着したランドローバーは恐ろしく遅かった。4x4の開発においては丈夫で強度の強い物を造る事が出来ても、それが動きに対しての適応性を兼ねていなければならない。そこが開発の課題の一つであるという事なども学んだ様子。
4x4の存在を大きく変えたのはレンジローバーである。当時ランドローバーの開発デザインにかかわる人々と Spen King 氏はフォードブロンコに装着されていたコイルスプリングに注目しておりレンジローバーの足元はコイルスプリングで固める方針を進めていた。しかし、Crathone 氏はリーフを推していた。ランドローバーの中南米のセールスマネージャーに Tom Barton という人物がいて彼もリーフスプリング以外に4x4は考えられないという持論者であった。彼は昔鉄道関係のエンジニアでリーフの特質を良く理解しており、なぜリーフが4x4に良いのかを理論的に説明出来る存在であった。Crathone氏はベネズエラの工場から Tom Barton を呼んでコイルスプリングではランジローバーは絶対に成功しないと主張してSpen King 氏達の説得に挑んだ。
そういった物語の後にコイルスプリングのレンジローバーは生まれた。コイルスプリングを備えたレンジローバーはリーフよりもしっかりと地面をとらえ尚且つ快適であった。このコイルスプリングがレンジローバーにに採用される事が決まってから、この足回りに相応しいエンジンという事で Buick 製のアルミニウムV8エンジンを取り寄せた。この頃からSpen King 氏と若いエンジニア達はレンジローバーの開発にコンピューターを活用する事を始めていた。1969年の当時2台のプロトタイプのレンジローバーが製作され2台がテストの為にアメリカに運ばれた。そして1970年にワークホースとして存在してきた4x4に乗用車の様な快適さを持ったレンジローバーが世に出てきたのであった。(ブロンコもコイルであったが高級という概念はまだ持ちえていなかった。)

1970年レンジローバー誕生、
1970年、当時ブリティッシュ・レイランド(British Leyland Motor Corporation : 略称BL)の1ブランドであったランドローバーから、フルタイム4WDのオールパーパスヴィークルとして発表された。BLの技術者、チャールズ・スペンサー・キング、(Charles Spencer King 通称スペン・キング:Spen Kingとも)などが中心となり、ランドローバー以上のオフロード性能を持ち、普段は高級乗用車と変わらぬ快適性を持つことを目標に開発されたまったく新しい概念の革新的車であった。はじめから海外でのノックダウン生産も考慮して設計が進められ、耐久性、メンテナンス性も考慮されていた。「ラグジュアリーカー、エステートカー、パフォーマンスカー、クロスカントリーカーの4つの車の役割を1台の車で可能にする」と謳われた。当初は2ドアモデルのみであったが、後に4ドアモデルが追加された(経緯は後述)。現在では初代モデル全てを、レンジローバー クラシック(Range Rover Classic)と呼ぶようになっている。(wikiより)
エンジン:GMから製造権を買い取ってローバー・3500(Rover 3500)に使われていた、シリンダーヘッド、シリンダーブロック共にアルミ製の軽量なV型8気筒OHVの3528ccローバー・V8エンジンを採用し、発表当時としては優れた静粛性と 155km/hのクルージングを可能にしていた。このトルクフルで頑強なエンジンは、当初、ゼニスストロンバーグキャブレター装備であったが、後には電子制御燃料噴射式となり、排気量も3.9リッターから、最終型では4.2リッターにまで拡大された。また8気筒ながら、当時のランドローバー(Land Rover (Series/Defender))シリーズII Aに使われていた鋳鉄ブロックの4気筒よりも軽いことにより前後の重量配分が50:50となっており、結果としてオンロードでの旋回性能やオフロードでの走破性を良好にしている。またエンジンが短いことが前述のように広い車室の獲得にもつながっている。wikiより)
サスペンション:耐久性とオフロード性能を第一に追い求めたため前後輪ともコイルスプリングによるリジッドアクスル式サスペンションを採用。柔らかく長いコイルバネにより大きなホイールストロークを確保し、良好な乗り心地と卓越した悪路走破性を実現している。フロントはリーディングアームとパナールロッドによる3リンク式サスペンションで、自由な上下動と抗ロール性を両立しており、後のフロントリジッドアクスル4X4(SUV)に大きな影響を与えた。またリアは重い荷物を積んだときにも車を水平に保つボーゲ(BOGE)製ダンパーを用いた機械式セルフレベリングユニットを組み込んだセンターAアームと、2本のトレーリングアームにより長大なストロークを確保している。これは現在に至っても優れた地形追従性を持ったサスペンションと知られるが、ダンパーや大きな力が加わるAアームのピボットの寿命が短いなどの難点がある。(wikiより)

コイルサスペンションの採用が4x4を快適にした最初の一歩であった。
トヨタの4x4フラッグシップであるランドクルーザーは1991年のランドクルーザー62の時代まで4輪リーフを履いた。それは Roger Crathorne 氏の影のアドバイスがあったのかも知れない(笑)。レンジローバーは開発の初期設定が砂漠のロールスロイスであり現在もその方針を貫いて進んでいる事が理解出来る。

ランドローバーの原点はレンジローバーではなくて、シリーズにある。
どの様な物や組織にも改革推進派と保守派が存在する。4x4改革推進派をレンジローバーとするならは保守派はMr.Land Rover となる。昨年末にディフェンダーの生産が終了した時にランドローバー(シリーズの流れを持つディフェンダー)は死んだという声がランドローバー愛好家(特にディフェンダー愛好家)達からあった。それは聖書の福音書の節『生きているというのは名だけで、実は死んでいる。』という表現が該当するのかも知れない。Mr. Land Rover は自らがリーフを愛する姿勢を見せる事によって長年愛したランドローバー社に対してバランスの有り方を示している様に感じる。ランドローバーというブランドの中でレンジローバーの原点は60年代の後半から70年に存在するが、ランドローバーの原点は更に古い1948年から1958年のシリーズに有ると言う事を忘れてはいけない、そのポイントを忘れるとランドローバーはランドローバーで無くなってしまうんだと Mr.Land Rover は伝えている様に感じた。