ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

心を可視化させるディフェンダー

2024年10月28日 | 日記

 朝の自転車通勤で、常に敷地にディフェンダーが停まっている住宅を見つけた。このデイフェンダーを見る度に過去にアリゾナ州で開催された、オーバーランドエクスポでのオフロード講習会を思い出す。実技に使用されていたデイフェンダーと同色の90である。同じデイフェンダーの存在でも大陸の東西で異なる目的を持って使用されている。実はデイフェンダーの持つ魅力はここにある。西部の荒野での負荷を掛けた使用にも、ニューヨーク郊外の高級住宅外での足としても、その立ち振る舞いは自然で環境にマッチしている、と褒めるのは随分と肩を持った言い方なのかも知れない。人は誰でもアート感覚、芸術性を内に秘めている。各々の秘めた芸術性をビジュアル化し可視出来るとしたら、それは各々がどういったクルマを好むのか?で自身の持つ内的指向を形として掴めるのではないかと思う。その数式を当てはめてみると。朝の自転車通勤の途中で、敷地の中に停められているデイフェンダーを見る度に心が動かされるのは、自分の内面が映し出されている対象を見ているのである。このディフェンダーは常に屋外駐車なんだけど、これも意図された管理方法なのであろうと理解している。
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週末の開放

2024年10月06日 | 日記

 今年の9月の週日は21日間、その内の14日間はグラベル通勤をこなした。雨天と特別な用事の無い日はいつもより早く起きて暗闇の中を漕ぎ出す。夕方は照明を頼りに誰もいない森の中を抜ける。この生活タームはこれから寒い季節になると継続する事は難しくなる。夏の終わりと秋の初旬は気候的に自転車にいい季節であるのだ。平日に自転車に乗る事で週末が開放された。これは、週末になったら自転車に乗ってトレーニングするパターンとは異なり、週末は何か別の事をしよう!  という試みの気持が湧いてくる。これを週末の開放、あるいは、開放された週末、と自分は呼んでいる。


 週末はランクルにマウンテンバイクを改造して組み上げたトレイルバイクを積みこんで、近くの山へトレイル走行に出かける。トレイル走行はオートバイのトライアルに似ている。普段のオンロードの自転車乗りとは異なる感覚で、バランス、スピードコントロール、スリル、スリップ、転倒、担ぎ、オフロードテクニック等、味わい深いものがある。広い敷地のトレールは複雑で毎回道に迷っている。また、何処をどう走ったのか説明が不可な地形ではあり、冒険心が刺激されて面白い。

結局、週末の開放などとほざいてはいるが、週末がオンからオフに変わっただけである。しかし、堂々と、週末はオフを楽しんでいると言える期間なのである。
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Route-29( 国道29号線)

2024年09月09日 | 日記

 今年の夏は猛暑の日本に滞在していました。名古屋からレンタカーを使って山陰地方の島根県にある出雲大社参拝の往復ドライブを試みました。名古屋、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫の各県では主に高速道路を活用。移動の為のレンタカーはトヨタハイエースのエクステンションバンの10人乗り、ホィールベースが長く長距離や高速道路では快適でしたが狭い路地や街の駐車場、特に街中の立体駐車場は高さ2.2Mの制限があり2.3Mのハイエースは扱い難さを感じた。

 中国地方の中心を東西に走る中国自動車道のインターチェンジ分岐地点は山陰地方へ抜けるルートが幾つかあるのだが、今回はあえてローカルな道を選ぶ事にした。兵庫県の山崎インターチェンジで降りて鳥取砂丘に繋がる国道29号線を北上する。給油のためにガソリンスタンドに入るとお絞りを渡された。初めての出来事なので、これは顔を拭くものですか、車内を掃除するものですか?などと聞いてみる。流石日本、おもてなしの心が行き届いていると思った。ガソリンを満タンにしてスタンドのおじさんと喋り情報収集、国道29号線、兵庫県と鳥取県の境にある戸倉峠までは一時間以上の道のり。走り出してまもなく山郷の光景が始まる、ツーリングのオートバイ達と沢山すれちがう。この峠の向こう側に隼駅というのがあり、スズキ隼に乗るライダーが多いのかな?などと思った。コーナーは続くが道は綺麗でよく整備されていた。
 
 戸倉峠、兵庫県の山崎から鳥取市へ繋がる国道29号線、曲線半径が150メートル以下のカーブが132箇所存在する約85キロの道。日本全国、何処にでも存在しそうな山郷と青い山並みが続く道だが、今日、こういったローカルロードが面白い。自動車交通網の発展により都市と都市は高速網で結ばれ、移動時間の短縮とより安全な運送経路が存在する。その影響で旧輸送道路であった国道29号線は一見寂れている様にも感じる。輸送トラックはなくなり、おそらく観光バスも通らない?1970、80年代に生産された昭和時代のマニュアル車や現在の86なんかにとっては特に面白いコースかも知れない。日本全国にこういった道は沢山存在するのであろう。起伏があり季節がある、山も海も美しい、食べ物もおいしくバラエティに営んでいる。日本は間違いなくドライビング天国である。
 
*写真は戸倉峠の麓に位置する鳥取県若桜町にある道の駅
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グラベル通勤

2024年06月30日 | 日記

 とある自転車のパーツのパッケージの箱に、楽しみ (FUN) と自由 (FREEDOM) を追及する人々へ、という走り書きのメッセージが記されていた。いいメッセージだと思った。少しだけ説明を追加するならば、FREEDOM の意味の中に開放感という要素が含まれている。楽しみと自由を追求する手段として今のアメリカではグラベルバイクの需要が増えている。そういう時世に後押しされて、自由を形にし、その味わいを確かめるために、自称グラベルバイクなるものを組み上げた。消耗品のゴムやワイヤー類は別として、パーツ類は、もらいもの、ひろいもの、既にあるものを活用した。とりあえず形になったバイクは金を掛けなかった事と試行錯誤を繰り返した結果により、自由を体得する道具となった。
 
 写真は朝の出勤途中、森の中で出会った鹿に挨拶をし、シカとされているところです。出勤にかかる時間は、朝は70分。最近は野いちごのシーズンを迎えたので自然の恵みにあやかり、それを摘まみながら帰路につく故に帰りは2時間かかる。岩を越えて木の根っこを乗り越える、時々転ぶ。ふとした瞬間に、俺って何にやってんだろ?って思い自問する…。 この夏は週一のペースでグラベル通勤を実行している。
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ウエルカム ツウ カリフォルニア

2023年06月01日 | 日記

 

 ニューヨークのラジオでよく流れる曲に1970年代のイーグルスが歌ったホテルカリフォルニアがある。ラジオからこの曲のイントロが聞こえてくると、乾燥した砂漠の真っ直ぐな道をランドクルーザー60で片腕を外に出して窓から風を巻き込みながら走っている光景のドラマを思い出す。実際にアリゾナ、ネバダ、カリフォルニアの乾燥した砂漠地帯のフリーウェイを走行している時にホテルカリフォルニアがラジオから流れてくると心身共に共鳴する、そんな体験をする。この詩を書いたメンバーのドン フェルダーのインタビューの中で彼が語った当時の情況と心境にこの歌の本質が読み取れる。イーグルスの構成メンバー達はアメリカのあちこちからやって来てカリフォルニアで出会い集った。このシンプルな当時の若者の行動、夢を追ってそれを叶える為にやって来た土地がカリフォルニア(ロサンゼルス)であった。その状況を謳って書いたのがホテルカリフォルニアという曲の本質である。イントロが流れると何処にいたとしても気持ちはカリフォルニアに向い、誰もがそこに夢を見るのだ。

 

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お茶 レーサー

2023年04月02日 | 日記

 初春の穏やかな午後、一台のオートバイが僕の目の前を流してゆく。スピードがゆっくりで、トコトコと走っているのでスーパーカブかな?と最初は思った。しかし、下部の左右のエンジンの突き出しは疑う余地のないBMWのボクサーエンジン. フラットツインである。おそらく1950年代のRシリーズではなかろうか? 後を追いかけて走っているとライダーの気持ちよさそうなフィーリングが伝わってくる。車間距離を保って僕もビンテージBMWの走りの後姿を愉しんだ。5分位走っているとライダーは遅いスピードを更に落とし左手を横に突き出して、左に曲がります、の手信号。BMWはローカルな小道に吸い込まれて行った。ウィンカーも付いていないとは渋い!春の穏やかな景色と空気にはちょうどいいオブジェクトであった。カフェレーサーというと速く走るイメージと重なるので、トコトコとゆっくりと走る形容はカフェではなくオチャ(お茶)レーサーと呼ぼう。慌しい毎日の活動の中で、ボチボチ行きましょう、まあ、一杯のお茶をどうぞ!とする、春の計らいであったのだ。

 

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使えば使うほど増えていくという不思議な道具

2023年01月05日 | 日記

 

 アメリカの多くの州ではスタンドでのセルフサービスを実施しているが、東部のニュージャジー州では有人給油となっている。この国では州を跨げば税金もサービスも異なるのでガソリンの値段も異なっている。アメリカでは、と一括りに出来ないのがアメリカなのである。

 ロクマルの給油口には鍵が掛かっておりエンジンを止めてクルマを廻って給油口に鍵を入れて自分で鍵を開けなければ給油が始まらない。このプロセスが癖になってしまい4RUNNER で乗り付けても反射的に車から降りてしまう。座席に座ったまま窓を開けて、レギュラー満タンプリーズ!と言ってカードを差し出せば全てまかせられて済んでしまう事なのである。給油口の前で担当者がやって来るとカードを差し出して、ごきげんいかが? 今日はくそ寒いなあ、とか何か一言簡単な声を積極的にかける。スタンドはサービス業なので大方いい返事をしてくれる。そして、その時に帰ってくる返事とその後のたわいのないやり取りを楽しむ。暇な奴がいる、また時々寂しい奴もいる。あるいはやたら話したがる奴もいる。昨夜はそんな奴に捕まってしまい90歳を超えた自慢のおばあちゃんの話をしっかりと聞いてあげた。

 こうしてつくづくと思うのは言葉って大事だという事だ。これは英語での表現が大事だという技術的な事ではないので誤解しないでほしい。そして、言葉を使うという行為が更に大切な事だという事。言葉は道具(コミニケーションツール)であるが目に見えるものでは無い。気持ちや意思を伝えるツールである。いい道具を持って大事に保管していてもしょうがない、いい道具とは使い込む使命を持っている。使い込んで消耗していく物質ではなく、むしろその逆で蓄積を感じる。いい感情をもって使う言葉というツールは使えば使うほど何故か増えてゆく(気持ちが豊かになる)という不思議な道具である。

 

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冬至明けの一本

2022年12月25日 | 日記

 

 冬至明けのクリスマスの凍て付いた朝、澄み切った冷たく痛い空気の中で東の正面に真っ赤な太陽が顔を出す。地平線に顔を出した陽を凝視すると鼓動を打つ心臓の様な茜色の強い生命力を内部に観る。地球という星が宇宙の中で生きている強大な生命体であるという事を太陽の活力を目にして知る。今日、我々が生きて生を営んでいる全てのエネルギーの源がこれである。太陽はあれよあれよという間に地平線を離れ独立した存在となり辺りを赤く照らしてゆく。

 今朝ここパリセーズの森の大地に一本の酒を持参した。別に特別な事ではなく日本の正月祝いのアメリカンバージョンである。早朝の麗しい酒の香りで大地に潜む精霊を呼び集め今年の感謝を捧げた。誰でも大切な道具は大切に扱うし、愛車はメインテナンスを必要とする。その日常の道具という範囲が大地や山、河の水や大空といった掴みがたい対象となるわけである。当然、この掴みがたい人智を超えた対象物にもメインテナンスが必要である。古代日本人はその事をよく理解していたように思う。クリスマス(冬至)が終わりもう直ぐ御正月を迎えるこの時節、愛車ランドクルーザーで走れる大地の存在にまず感謝を捧げる。大地へのメインテナンスとは感謝の気持ちを送る行為である。貰って嬉しいよりも捧げて嬉しいと感じるのは、きっと捧げた気持ちが届いたのだと信じている。

 

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感謝祭の休日が終わる

2022年11月27日 | 日記

 今年も感謝祭が終わり、冬至まで一月を切った。今年の感謝祭は4日間連休で、自転車トレーニング以外は何処にも出かけず、自宅にてゆっくりとした(ゴロゴロ)時間を過ごした。毎年、感謝祭の七面鳥料理には腕を振るって労力を使うが、今年は近所のアメリカ人の家庭から感謝祭の夕食の招待を受け、好意に甘えて家族で手厚いもてなしを受けた。この機会は楽しく学び得る機会となり、今後、自身の生活姿勢への一発パンチとなった。作家の開高健が、心に通じる道は胃を通る。と語っていたがそれは事実である。また、誰かが言っていたのは、ご馳走とは高価な食べ物の事ではなく、その時食べたいものを、食べたい人と食べる時間の事だと。アメリカの感謝祭の伝統料理はミリオネアーも庶民も、ほぼ同じ物を食べている。今年の感謝祭の休日の期間はゴロゴロすると腹を決めたおかげで充実しました。時には視点を変えてみる事もいい事だと実感した期間でした。

 ニューヨークでは日々寒さが増してゆきます。写真は路上で冬至が過ぎるのをじっと待つ、我が愛車ランクル80。

 

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黄金の道

2022年11月13日 | 日記

 自転車でのトレーニングを続けてこの秋で7年が過ぎた。秋冬春夏と季節が変わる毎に流れる景色が異なり、その都度その変化を楽しみ刺激を受けてきた。明るい太陽と新鮮な空気と水は求めればいつもそこにあるのは、本当に価値があるものは実は無償で与えられている事を実感してきたのである。

 晴れた晩秋の森の中の一本道は、落ち葉の絨毯がびっしりと敷かれ黄金に輝いている。スピードを出すにはもったいないが、自身と相談して全力で走り切る。ランクルのハンドルを握るとゆっくり走るのに、自転車にまたがるとスピードを求めるキャラはどの様に説明していいのか分らない。同じような感覚をもっている輩も多く黄金の絨毯の上で接戦となり、秋の風光は瞬く間に視界から去ってゆく。これがまたおもしろい。

 自転車を駆る恵みというのは人間と自然の接点になるようであるが、同時に人間を観察するおもしろい機会である。息を切らせて走っている自分がどういう顔をしているのであろうか?辛いときの顔、残念ながら歯は食い縛ってはおらず、その時を耐え、いずれ終わるであろう試練を楽しんでいる。同時に他人がもがいている形相も観察の価値がある。これらの顔は普段は観る事が出来ない人間の顔の持つ一面である。それは喜怒哀楽の枠から外れた忍耐の相、鬼の形相である。おもしろくないのに笑い顔、怒っちゃいないけど怒り顔、たいがい皆、優しい人達である。

 自転車で踏みしめる落ち葉の音と感触は期間限定の贈り物、これはクルマでは味わえないな。

 

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MOAB 危機

2022年10月09日 | 日記

 今秋2022年のWHEELS AFIELD誌にある JONATHAN HANSON氏のコラムの中で、今年2022年に開催された OVERLAND EXPO WEST に参加したブースの中から、彼の目に留まった新しい商品を紹介している。そのコラムの前置きとして、2009年に彼ら夫婦がこのイベントを創めた時の総参加者の数は900人程であった事。この初期の開催時に、イベントが今日これほど大きく展開するとは思わなかった。という創始者の驚きの声が書かれている。実際にコロナ過前の2019年には400を越すブースが並んだのであった。

 先週、トヨタランドクルーザーアソシエーション (TLCA)からのメールで、ユタ州にあるオフロードの聖地モアブで今まで解放されていた4x4トレールルートが、BLM ( BUREAU OF LAND MANAGEMENT, 土地管理局)の方針で多くのルートが閉鎖の対象になる事を伝えてきた。このルートはTLCAが毎年CRUISE MOAB を開催するルートも含まれている。

 これらの内容にはアメリカにおける四駆アクティビティの動向が示唆されている。モアブの状況は客観的に考えると、四駆乗りにとって立ち入りが出来なくなる事は危機である。同時に土地の管理者は、これ以上四駆での走破は自然保護にとって害となるので危機だという判断である。

 エクスポにおいてのブースの数は四駆アクティビティうんぬんではなくて、その正体はビジネスの話なのである。創始者であるHANSON氏が現在は主導権を他人に譲り自らは関わりを持ちながらも静観者の立場にあるのは、自身の四駆思想とビジネスという狭間に乖離を感じているからだと僕は観ている。このへんの所は、将来HANSON氏に出会い、立ち話の機会があれば直接伺ってみたい関心事である。同時にビジネスという観点から観ると、どれ位の商品が生き残るのか?という観点も持続けるべきであろう。実際に現在、我々が良しとする商品は生き残ってきた商品が多いはずだと思っている。ビジネスと自然保護等、四駆アクティビティの理解とは実に立体的なものである。

 

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ガソリン価格

2022年05月27日 | 日記

 昨年からインフラで日用品の値段が上昇し、将来の見通しが付かない事からこの傾向はまだ暫くは続きそうである。移動の足となる自動車のガソリンの値段は昨年から30%は上昇しているので、ガソリンスタンドでの給油後にレシートを見るとその金額に驚く。先週、行きつけのガソリンスタンドでロクマルを満タンにした後にオレとガソリンスタンドのあんちゃんとの間で交した会話。

 

給油後に頂いたレシートを見て、

 

オレ:オーマイガー、いつもより全然高えじゃねーか!

あんちゃん:ちょうど先程30分前に30セント/ガロン値段が上がったんだ。

オレ:なんだとお!俺って運悪ぃぃ...

あんちゃん:いやいや、悪くないぞ!

オレ:なんでや?

あんちゃん:来週はまた上がるから今週入れといて正解だ。

オレ:...

 

 生活費が値上がりするというのは不安要素である。この時代を乗り切る為に思考を変えなければいけない基点に立っていると感じる。インフラはけしからん、何とかしろ、という感情が時代の世相であるが、そもそも平和、安定、安全等があたり前ではなかった。という事に気が付く時世である。ガソリンスタンドに行って金を払えばガソリンが買える、という事があたり前であるという事に疑いを持った時に思考は変わってくる。

 ガソリンタンクの表示を見ると、今週もそろそろ給油しなければならないが、今週はどの様な会話が待っているのであろうか...。

 

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秋の味覚

2021年11月07日 | 日記

 ニューヨーク洲にある秋の自然公園を訪れた。この公園内には未舗装のグラベルロードが展開し、そこを自転車で駆け廻り秋の味覚を愉しむのである。秋真っ最中の落ち葉の積もった山野の森は静かな冷気が漂っていた。秋の味覚というのは肌に受ける冷えた風や、積もった落ち葉の匂いや音、木の隙間から差し込む優しい太陽のぬくもり等の事である。週末に自転車で走り汗を流すという習慣が季節を体感する為の手段となっている。

 

 科学的な根拠等は全くなく証明するには無理があるのであるが、土地には気という目には見えないエネルギーが存在しそれは無限に提供されている。美しい自然の中に居ると爽やかな気持ちになったりする。そういった自然の中には体と心に好い気が充満していると感じている。では、その気というエネルギーを自身の中に取り込むにはどうしたらよいのか? それは呼吸である。なるべく沢山その場の空気を吸い込む事。美しい自然の中での有酸素運動というのは大地の気をより沢山吸収出する事となる。今日は自転車で4時間程走ってきた。体は少し疲れてはいるが気分は充実している。僕にとって近くにある天然の自然はエネルギー増強の場所である。秋の紅葉はピークを越した、森の中の道を走る僕の直ぐ後ろに冬が迫っている事を感じた時間でもあった。

 

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夏の終わり 誰もいない自然公園

2021年09月09日 | 日記

 奈良県の吉野の南に位置する大嶺山を縦走する前日の夜中、林道の端に車を停めて渓谷の河原にテントを張り眠りについた。やがてテントを叩く雨の音で目が覚めた。隣のテントで寝ていた山岳隊長が、急いでテントを畳んで車に戻る様に指示を出した。雨は激しくなり水が増水してきているのが分る。我々が車に避難してまもなく、先程テントを張っていた場所は水が流れ出しやがて激流となった。安全な所へ移動する目的で車を走らせたが、路上を塞いだ土砂崩れで走行不可、Uターンして走り出したが再度土砂崩れに遭遇して脱出不可能となり万事休す展開となる。雨が止んで辺りが明るくなってくる頃に窮屈な車内で深い眠りに落ちた。朝の7時過ぎ重機の音で目が覚めた。土砂を撤去して下さった方々に御礼の挨拶をすると、この辺りはしょっちゅう起こるのでいつも待機しておる。という事であった。

 ニューヨークにアイダと呼ばれた熱帯低気圧が豪雨をもたらしてから一週間が過ぎた。40人以上の死者が出る程の豪雨と洪水で、地下鉄は水に浸かり道路は陥没した。多数の爪跡が残り多数の車が水に浸かった。閉鎖されたパリせードインタースティツパークの中の荒れたトレールを走りながら考えた。もしも、この山道のトレールの途中で豪雨に襲われたら何処に身を守るのか、どうやって逃げるのか?トレールには土砂と激流が流れ込み移動に困難をきたし孤立するであろう。非常に危険な状況を想定し、結論として、森には入ってはいけないと強く感じた。

 今回のドラム缶をひっくり返した様な豪雨で大峰山の麓の河川での一夜を思い出した。あの時のリーダーの適切な判断で事無きを得ることが出来たのであった。リーダーの判断は、逃げろ!であった。逃げて正解であった。逃げるというのは一つの技である。今後も生きていれば何処かで水による災いに遭遇するかもしれない。大雨の警告が出たら絶対に森に入ってはいけない。逃げるという事は避けるという事でもある。これは刺激を求める自分への警告である。最近は携帯を持っていると常に警告が送られてくるので、昔に比べると災いに対する警告を事前に知ることが出来る。ニューヨークでの大きな水害は約10年振りであった。

 

パリせードインタースティッ公園を管理するグリーンの Ford F-250.

 

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木の声を聴く

2021年09月06日 | 日記

 AI(人工知能)の研究開発が進んでいる。AIは便利な様でもあり、同時に脅威でもある。脅威だと感じる理由は人間が開発したコンピューター頭脳(機械)が人間以上の知力を持ち、これを活用して国家や特定の企業が人間社会を支配操作する世の中が出来てしまう事である。そういった懸念を抱きながらも、この現実はもはや後戻りする事はない。

 夏は陽が長いので一日の仕事が一段落するとランニングパンツ一丁とジョギングシューズを履いて森林浴気分で森の中を走る。森のトレールを走りながら常に意識しているのが、木の声を聴く、という姿勢である。森にある木や草木花、そして岩や土、風景と話をするのだが、どうやって話をするのか?というと、とても簡単で、尊敬する穏やかな気持ちを持って接するだけである。万物の霊長である人間の放つ植物に対する尊敬心はとても歓迎され喜ばれ、また来てくれ!という事でトレールラン二ングが継続している。

 テクノロジーが更に発展の展開を見せるこの時代は同時に人間の持っている本来の能力を開花させる必要が求められる。その一つが、木の声を聴く、である。これからの人間にとってAIが踏み込む事が出来ない領域を持つ事は、人間が人間として生きて行く為の必要項目であり、それによってテクノロジーにたよる隷属ではなくて、テクノロジーを凌駕する精神性を保持する事が出来ると観ている。

 木の声を聴くというのは同時に、気の声を聴くでもある。木に対する尊敬心は実際に自身の気の有りかを教えてくれる。森に生えている一本の木に話かける行為は、その背後にある壮大な世界に触れる窓口なのである。

 

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