「お隣り、いいかしら?」
シェリルの言葉にアルトは黙ってうなずく。
カウンター席のアルトの左隣に座ったシェリルの顔を見てアルトはハッとした。
僅かだが目が赤くなり、少しやつれた顔立ちに彼女がつい先程まで泣いていた事を思い知らされた。
シェリルは黙ったまま持っていたミネラルウォーターのボトルに口をつける。しかしそれ以外何か言葉を発する訳でもなく、そして決してアルトの方を向こうとしなかった。
「…シェリル」
そこまで言ったものの、どう切り出せば良いか分からず言葉に詰まるアルト。
逆に話を切り出したのはシェリルからだった。
「アルト、私はどんなにあなたに戦う事を反対されても今の気持ちを変える気はないわ。わがままと思われようと身勝手な女と思われようと、この戦いから逃げ出したくないの」
アルトの方を決して見ようとせず言葉を紡ぎ出すシェリル。
彼女の発する言葉はゆっくりと、しかししっかりとした決意が込められた言葉だった。
その言葉を聞いて気持ちの整理がついたアルトが口を開く。
「シェリル、俺はあんたを戦場に出して死なれる事が怖かった。シェリルを失いたくない一心であんたの切実な思いから目をそらしたんだ」
そのアルトの素直な言葉にシェリルはようやく彼の方を向いた。その表情は驚きと嬉しさが入り交じったものだった。
「馬鹿ね、私がそんな簡単に死ぬ訳ないでしょ?そんなのだったら当の昔にこの世とお別れしているわよ」
アルトの優しさに触れ、その嬉しさで溢れそうになる涙をごまかそうと笑ってみせるシェリル。
しかし、すぐに何かを思い出したのか、シェリルは急にしおれてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ごめんなさい。今の私、考えてみたら“半分死んでいる”って思ったら切なくなっちゃって」
「半分死んでる?確かに俺やシェリル、それにミシェルも公には死亡扱いだけど」
「それもあるけど、ねぇアルト私のあだ名何か覚えてる?」
そう問われてアルトは考えを廻らせた。
「確か“銀河の妖精”だったよな?」
「ええ、そして今の私は『歌』という羽をもがれた“片羽の妖精”なのよ」
「片羽の妖精?」
「そう、今の私があるのは“歌”を歌ってこれたから。“歌”があったからここまで羽ばたいてこれた。けど今の私はその歌を奪われてしまったわ。“あの人”の手によってね」
シェリルが『あの人』という言葉を発した時、彼女が落ち込むのがアルトにも判った。
シェリルが長く信頼していたマネージャーのグレイス・オコナー、その彼女が一連の事件の黒幕の一端を担い、ましてシェリルを亡き者にしようとしていた事実はシェリルをおおいに落胆させていた。
マクロス25に来てからシェリルはグレイスの名を口にせず、“あの人”と呼んでいた。
「けどね、アルト」
そう話すシェリルの口調は少しだけ明るさを取り戻していた。
「私の羽は全てもがれた訳じゃないわ」
「?」
「今の私にはアルトやS.M.Sの人達がいる。そしてバルキリーという羽がある。だから私はまだ羽ばたく事ができる」
「そして“歌”という羽をもう一度取り戻すの」
シェリルの言葉を聞いてアルトは安堵していた。
シェリルの言葉を聞いて彼女の決意が確かなものだと確信を持てたからだ。
「けどシェリル」
アルトが口を開く。シェリルの決意が本当に本物か確かめる為に、あえてある質問をする事にしたのだ。
「“あの人”と対決することになってもシェリルは戦う出来るかい?」
アルトの言葉にシェリルの表情が固まる。
そしてシェリルは唇をキュッと噛んだ。
「ずいぶんと意地悪な質問をしてくれるわね、アルト」
そう言ってシェリルは一つ深呼吸し、言葉を続けた。
「“あの人”との対決、出来るわ、いやしなきゃいけないの」
「だってそうでしょ、私が知っているあの人が悪事を企て、何の罪もない人達を惑星一つ巻き込んで平然と殺してしまうような事をして、そんな事誰かが止めなきゃいけない。でも他の誰かじゃなく、自分で彼女と決着をつけたいの!」
そこまで言って感情が高ぶったのか、シェリルの目から涙が溢れはじめた。
鳴咽の為に言葉が続かずうなだれるシェリル。そんな彼女を見ていられず、アルトはシェリルを抱きしめた。
「すまない、シェリルの決意を確かめたかったとはいえ君に辛い思いをさせてしまって」
その言葉を聞いてアルトの腕の中でシェリルは静かに首を横に振った。
「出来ることなら私あの人に直接、問い質したいの。なんでこんな悪事を企ているのかって」
「知らないままなんてあまりにも目覚めが悪すぎるもの、プロになってすぐのころから私と共に歩んできたあの人があんな恐ろしい事をした理由を」
長らく自分と共に歩んできた敏腕マネージャー。その彼女が惑星一つを消滅させ、様々な謀略を企て、自分を亡き者にしようとした。その事実を目の前にしてもシェリルは心のどこかでグレイスの事を信じていたいと思っていた。
だからこそ、自分が直接彼女に問いただしたいとシェリルは考えていた。
「その為にも俺達と一緒に戦いたいと?」
アルトの言葉に頷くシェリル。
「それに…」
「それに?」
「私の為に戦ってくれる人がいる。そしてその人は私が好きな人。好きな人の力になりたいの」
その言葉を発した後シェリルはとんでもなく恥ずかしい台詞を吐いた事に赤面し、アルトの胸に顔を埋め、アルトはアルトでどう対処して良いか判らず、その場で固まってしまった。
そんな二人の様子を遠くから見守る人影が。
ミハエル・ブランとクラン・クランの二人である。
「なぁミシェル、これで良かったのか?」
「こうでもしなきゃあの二人いがみ合ったままになってたからな」
実はアルトにクランが接触したのはミハエルのアイデアだった。加えてシェリルにそれとなくレクリエーションルームに向かうよう仕向けたのもミハエルだった。
彼らを含めS.M.Sの人達はアルトとシェリルの関係をひそかに応援していた。だからこそ二人の喧嘩に心を痛めあれこれ裏工作をしていたのだった。
「そろそろ行こう、今の二人に気付かれたら後が怖い」
「そうしよう、ミシェル」
二人はアルト達に気付かれないよう、その場を後にした。
その後もしばらく抱き合うような形になっていたアルトとシェリル。先に口を開いたのはアルトだった。
「シェリル、きみのVF-25だけど、何かアイデアはあるのかい?」
「え!?」
「シェリルの空戦格闘術の高さを生かせる機体をチューンナップできないかと思ってさ」
「それならルカくんの協力を既に仰いでるわ」
「ルカの?」
ガリア4からアルト達が帰還したあと、スカル小隊のルカ・アンジェローニはひどく落胆する事になる。
グレイス・オコナーとレオン・三島の謀略を垣間見た為に、グレイスにキャサリン・グラス共々殺されそうになった事に加えて自分の実家であるL.A.Iで開発された人工フォールド断層発生装置、通称
ディメンション・イーター
がアルト達を抹殺する為にガリア4で使われた事を知り、すっかり気を落としてしまったのだ。
仲間の助けもあり何とか持ち直したルカだったが最近はハンガーに篭る事が多くなっていた。
「それであいつ、最近自由時間にあまり姿をみせなかったのか」
「こんなこともあろうかと彼にいち早く協力を頼んで良かった。実は明日の午後には仕上がる予定なの」
「意外と手回し早いんだな」
「まあね」
そんなシェリルの言葉を聞きつつ、室内の時計に目をやるアルト。時刻が午前0時少し前を指していた。
「シェリル、今日はもう遅い、そろそろ寝るぞ」
「了解です、隊長どの」
軽く敬礼をするシェリルの頭をアルトがコツンと小突く。
「調子に乗るな」
「はい」
部屋を出る際、シェリルがアルトの肩を軽く叩いた。
アルトの振り向き様にシェリルが彼の頬にキスをして、そのまま走っていく。
アルトは頬に残る柔らかな感覚の余韻を感じながら部屋を後にした。
つづく
あとがき:昨日のアルト×シェリル小説の続きになります。本当はシェリル専用VF-25のお披露目でしめとしたかったのですが、本編が長くなりすぎた為にその部分は後日掲載にすることにしました。
『そんなのどうでもいいじゃん』
と言われそうですが、シェリル専用VF-25はこの話を考えた時の肝の為、省くことが出来ませんでした。
マクロスF14話の放送も間近ということで本編も色々と楽しみな状況です。