南斗屋のブログ

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外地での戦犯裁判と派遣された日本人弁護士

2021年09月21日 | 歴史を振り返る
( BC 級戦犯関係資料集)
BC級戦犯の弁護にあたった弁護人の活動について興味があるので、折をみて近くの図書館に足を運んでいます。
最近、「 BC 級戦犯関係資料集」(全6巻)という本が緑蔭書房から出版されているのを知りました。
 同資料集の第1巻は、厚生省引揚援護局法務調査室編集の「戦争裁判と諸対策並びに海外における戦犯受刑者の引揚」という昭和29年9月に出版されたものの復刻版です。
 同書には、 外地での戦犯裁判に携わった弁護士の氏名が掲載されています。

(外地での戦犯裁判とは)
外地での戦犯裁判と書きましたが、これは、BC級戦犯裁判は、内地(日本)と外地(外国)の両方で裁判が行われたからです(注)。
 内地の裁判は、横浜裁判であり、この裁判記録をもとに横浜弁護士会の弁護士が著したのが、「法廷の星条旗〜BC級戦犯横浜裁判の記録」です(2017年4月29日の本ブログ記事参照)。
 外地の裁判は、アメリカの法廷が4箇所(グアム等)、イギリスの法廷が11箇所(香港、シンガポール等)、オーストラリアの法廷が9箇所(ラバウル、マヌス島等)、オランダの法廷が12箇所、フランスの法廷が1箇所(サイゴン)、フィリピンの法廷が1箇所(マニラ)、中国国民政府法廷が10箇所です(田中宏巳「BC級戦犯」)。

(派遣された日本人弁護士)
 一方、日本人弁護士が派遣されたのは次の法廷に留まります(前掲「BC級戦犯関係資料集第一巻」)。
 グアム11名、シンガポール方面45名、ラバウル10名、南印方面16名、香港7名、マニラ12名、マヌス島4名、仏印(サイゴン)1名
 この人数は、あくまでも日本で弁護士資格をもち、日本から派遣された弁護士の人数です。また、例えばシンガポールに派遣されても、香港でも裁判を担当した場合もあるようで、備考欄に付記されているため、派遣先として分類された箇所だけで弁護人を担当したというものでもないようです。
 日本人弁護人の派遣について、田中前掲書は、「通訳や弁護士人が派遣された法廷は、以前と違ってまともな裁判に変わった。」と評価されています。具体的には、「検察官調べ、弁護人調べが厳正になり、証拠の提出が裁判の行方を左右するようになってきた。周辺に被告人の所属部隊がまだ残っていて、証拠書類があり、証人を出席させられれば、被告を大いに勇気づけることとなった。」と証拠提出に関する弁護人の役割が大きかったことを指摘しており、日本人弁護人の存在が、被告人の防御に資するものであったことがわかります。

(注)
 令和二年六月十二日の政府答弁書(内閣参質二〇一第一三六号)では、この点について次のように述べられています。
  
第二次世界大戦における日本国民の戦争犯罪に関して行われた裁判としては、①東京において行われた極東国際軍事裁判所の裁判、②東京において行われたいわゆるGHQ裁判及び③連合国各国が開いた法廷において行われた裁判があったと承知している。③については、米国はマニラ、横浜、上海、グアム等において、英国はシンガポール、クアラルンプール、タイピン、ラングーン、香港、ペナン、ジェッセルトン、メイミヨウ等において、オーストラリアはラバウル、ウエワク、モロタイ、ダーウイン、シンガポール、香港、マヌス等において、オランダはバタヴィア、バリクパパン、マカツサル、モロタイ、ポンチャナック、メナド、アンボン、メダン、クーパン、バンジェルマシン、ホーランデイア等において、中国は上海、南京、広州、北京、徐州、漢口、瀋陽、済南、台北、太原等において、フランスはサイゴンにおいて、フィリピンはマニラにおいて裁判を行ったと承知している。
これらの裁判において起訴された者は五千七百三十人であり、うち、死刑、無期刑又は有期刑に処せられた者は四千四百二十九人であると承知している。



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