モーツァルト:幻想曲とフーガ ハ短調 KV394
幻想曲 ハ長調 KV395
幻想曲 ハ短調 KV396
幻想曲 ニ短調 KV397
幻想曲 ハ短調 KV475
ピアノ:ワルター・クリーン
発売:1976年
LP:日本コロムビア OW‐7691‐VX
これは、モーツァルトの幻想曲全5曲を収めた珍しくも愛らしいLPレコードである。モーツァルトの幻想曲だけを集めた録音は、あるようでなかなかないものだ。これらの曲は、いずれも小品であるし、ピアノソナタと一緒に演奏されたりすることはあるが、独自の存在を強くアピールするような性格を持ち合わせていないからであろう。だからと言ってそれらが魅力がない作品かというと、決してそんなことはない。それは、このLPレコードを通して聴いてみれば即座に分る。即興的な趣が強く、さらに陰影のあるその曲調を聴くと、モーツァルトの魅力がこれらの曲の中にぎゅっと凝縮されているようでもあり、一度その魅力が理解できると、生涯忘れられない思い出深い曲に一挙に大変身を遂げるのである。「幻想曲とフーガハ短調KV394」は、1782年にウィーンで作曲された。アダージョの短い序奏の後、3つの部分と短いコーダが続き、半終止でフーガに入る。「幻想曲ハ長調KV395」は、1778年、滞在中のパリで書かれたという。トッカータ風の曲で、大きく3つに分けられ、3つ目がカプリチッョ。「幻想曲ハ短調KV396」は、1789年、ヴァイオリンソナタとして書き始めたが完成せず、それを基に2年後にピアノ曲として完成させた作品。「幻想曲ニ短調KV397」は、1782年にウィーンで作曲されたとされる美しい曲。最後の「幻想曲ハ短調KV475」は、ピアノソナタ第14番と組み合わせて演奏されることが多いことで知られる。1785年にウィーンの出版社から出版された時、両曲が合わさった形で出版されたためにそうなったようだ。これらの5つの幻想曲を演奏しているのがオーストリア、グラーツ出身のピアニストのワルター・クリーン(1928年―1991年)である。「ブゾーニ国際ピアノコンクール」および「ロン=ティボー国際コンクール」で入賞。クリーンの演奏の最大の特色は、音の透明な美しさにある。それと同時に強靭なピアノタッチも持ち合わせており、脆弱さや曖昧さとは縁遠い演奏を聴かせる。その透明感のあるピアノ演奏は、モーツァルトの作品にはぴったりと合うし、特に、これらの幻想曲の演奏には正に打って付けのピアニストと言える。ここでも、特徴であるみずみずしく、そしてきらめくような、類稀な演奏を披露しており、その演奏内容は、気品のある詩情味豊かなものとなっており、見事な出来栄えだ。(LPC)