駅の改札を抜けると、私は商店街のアーケードへと足を向けた。
クリスマスが終わり、アーケードの各店舗は正月を迎える装いへと変わっていた。店先に並ぶお正月料理の食材や松飾りなどのお正月飾りがクリスマスとはまた違う華やぎを見せ、年内最後の歳末セールをうたうポップな広告が、正月という特別な日を目の前にした人々の購買意欲をかき立てる。
私は、10月まで毎日通っていたこのアーケードを懐かしく思いながら、ゆっくりと歩いて行った。そして、アーケードを通り抜けると、かつて住んでいたマンションへと向かった。
平日の昼時ということもあって、マンションのまわりは閑散としていた。約束の時間にはまだ、10分ほどあったが、遊歩道の手前の道路に彼の車が停まっていた。
助手席に乗り込んだ私は、彼に待った?と聞きながら、美味しそうな匂いが車内に漂っていることに気づいた。
「いや。そんな待ってへん。おまえが向こうから、えろうのんびり歩いてくんの見てたわ」
「ちょっと懐かしんでたの。ねえ、それ肉まん?」
私は彼の膝の上にあるコンビニ袋を指差した。
「おまえ、食いしん坊やなあ。見えへんのにようわかったな」
「わかりやすく匂いすぎだよ」
「食う?」
「食う!」
「女子が食うとか言うなや……」
袋を私に寄越しながら、彼がぼやく。袋からまだホカホカの肉まんを取り出して彼を見た。
「きみ君の分は?」
「コンビニから車までの間にもう食った」
「食いしん坊はそっちじゃん」
二口目を食べたところで、彼が車を出した。
「肉まんは俺らにとっては特別やな。もしあん時、肉まんなかったら、たぶん俺ら付き合ってないんちゃう?」
「なふかひいね」もぐもぐ頬張りながら、私は頷いた。
「せやな。懐かしいって思うくらいに時間が経ってんやな」
とても寒かったあの春の夜。あのまま、私たちの人生が二度と交わることなく終わったとしても、決しておかしくなかった。あの時、私が彼を追いかけたりしなければ。あの時、彼がコンビニに立ち寄って肉まんを買ったりしなければ。
「パリって、肉まんとかあるん?」
「中華料理屋さんに行けばあるかな」
「そんな本格的になるんや」
「コンビニの肉まん、パリにも欲しいなあ。あっあと、たこ焼き屋!」
「そんなもんあったら、パリが道頓堀みたいになってまうで」
「そやね、街のど真ん中を川が流れてるし」
「たこ焼き食いたいんなら、ウチくるか?俺作ったるで」
私は肉まんにかぶりついた状態で、運転席の彼を見た。
ウチに?彼の?いまから?
「おまえ、一度も来たことないやろ。合鍵渡しといてんから、いつ来たってええのに」
肉まんが口の中で邪魔をして、返事ができない。
「今日の予定変更してもええねんで。弟も先に大阪帰っとるし」
私は急いで肉まんを飲み込みながら、首を横に振った。
「なに?」
「いい。予定通り、海行こ」
「いや、よう考えたら海寒いしな。ウチ行こ、ウチ」
「ウチはヤバいって」
私は首を回して、この車の後をつけている怪しい車が来ていないか、見た。
「おまえ、何してんねん」
彼が私を見て笑う。
「やだよ。パパラッチされたらどうすんの?」
「俺なんてそんなん対象やないで。錦戸やったらな、あるかもしれんけど。おまえも、親戚ですって顔してればええねん」
「親戚……?」
「ええから。はよ肉まん食えや」
もう残り半分もない肉まんだったが、喉を通りそうにない。今から、彼の自宅に行く、という思ってもいなかった展開に、頭の中がパニックになりそうだった。でも、合鍵を渡しているから、いつ来てもいい、という彼の言葉は本音だろう。たしかに、こんな風に休暇を利用して日本に帰ってきた時に、彼と心置きなく会える場所が今の自分にはない。
ドリンクホルダーに置いてある彼のペットボトルに手を伸ばした。
「お茶、もらうね」
「おん。それより、おまえ、名古屋来てたか?」
「うん。行ったよ」
「どこいたん?ぜんぜんわからんかった」
「1塁側のスタンド。サンタ服着て」
「ドームん中、サンタの格好した女子だらけやったぞ。わかるか。そんなん」
「そうだね。ドーム広いし、人も多いし、遠いとよく見えんやろし」
彼は何か言いかけて、しかしそのまま口をつぐんだ。5大ドームツアーというビッグな成果にケチをつけるつもりはなかったのに、私の言葉は会場への不満にでも聞こえてしまったのだろうか。
「でも、俺……」
「うん?」
「探したで」
「うん。ありがと」
「ライブはどうやった?」
「うん、めっちゃ楽しかったよ!みんな、カッコエエね」
「みんな?」
この問答、前にもしたよなあ。私は思い出してクスッと笑いながら、「うん、みんな」ともう一度言った。
「なんで笑とんねん」
「ねえ、なんでMCで、恋バナしたん?」
「なんや、おまえ、妬いたんか?」
隣を見なくても、彼がドヤ顔しているのがわかる。
「……昔の方がくどき方、上手だったね」
言うなり、頭をコンと叩かれた。
「おまえ、ホンマに素直やないな。せっかくパリに行ってんやから、恋のノウハウ磨いてこいって」
そういうけど。恋に素直じゃないのは、お互い様だよね。
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短編の短編、みたいになってますけども。
初期のころの作品は、こんなカンジでした。
改行も多かったし。
間奏曲ですね。軽い感じで書いてみました。
さて。明日から大阪です。
30日のチケット、譲ってくださる方がいないですね……
ま、入れなくても、明日ライブ終了後に飲み会あるんで、そっちを楽しみにしてます。
というわけで。これから遠征準備しまーす!!