木曜日に東京都美術館のクリムト展に行ってきました。
グスタフ・クリムトの没後百年と、日本とオーストリア友好百五十周年を記念する本展は、国内で開催されたクリムトの展覧会の中では過去最大級。クリムトの油彩画二十五点以上を含む全百二十点の作品が展示されています。
九時半の開館に合わせて七時ごろに家を出たら、思ったより道が空いていて八時半過ぎに現地についてしまい、小雨の中を暫く並ぶことになりました。でも、この日は並んでいる人数が多かったこともあって、十分前に開門してもらえましたよ。
我々が帰るころには、来た時以上の長蛇の列になっていたので、朝一を狙って正解でした。ムンク展の時ほどの混雑では無かったですが、クリムトも日本で高い人気を誇っていますね。
私は図説、娘コメガネは「ヘレーネ・クリムトの肖像」のポスターを購入しました。ヘレーネはクリムトの姪です。
図説の表紙は「ユディトl」と「女の三世代」の二種が置いてあったので、私は「女の三世代」を選びました。「女の三世代」が表紙の図説は、館内のショップ限定だそうです。
展示会場は八つに分かれていて、そのうちのChapter1が「クリムトとその家族」でした。
「ヘレーネ・クリムトの肖像」の他に、クリムトの姉妹の肖像画「ヘルミーネとクララ・クリムト」やクリムト家の人々の写真、クリムトの親友フランツ・マッチュの写真が展示されていました。
他には、クリムトの末弟で彫金師のゲオルクの「サテュロスとニンフ」、「踊り子」も展示されていました。ゲオルクは、クリムトの主要作品の額縁や分離派会館の巨大な金属の扉を手掛けています。もう一人の弟エルンストも画家で(彼はヘレーネの父親です)、彼の作品はChapter2「修業時代と劇場装飾」に「甲冑のある静物」と「フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ」が展示されていました。
クリムトとマッチュは工芸美術学校の同級生ですが、Chapter2には、二人が学生時代に同じモデルを使って描いた「レース襟をつけた少女の肖像」が並べて展示されていました。二作の個性の違いが面白かったです。
クリムトとエルンスト、マッチュの三人はグループを結成し、1892年にエルンストが亡くなるまで「芸術家カンパニー」として活動していました。
生涯独身だったクリムトですが(婚外子は十数人いました)、親族や友達のことはとても大切にしていたようです。
Chapter2には、鉛筆、黒チョーク、白いハイライトを使った壁面装飾の図案も六点ほど展示されていたのですが、細かい方眼に緻密な人物画が書き込まれていたのが印象的でした。
クリムトの修業時代の作品は、ハンス・マカルトの影響が強く、我々が通常クリムトの作品として思い浮かべる様な作品が展示されていたのは、Chapter5「ウィーン分離派」以降でした。
クリムトの代表作として名高い「ユディトl」や、「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」などが展示されていたのもChapter5です。
他には、壁画「ベートーヴェン・フリーズ」の原寸大複製が分離派展で展示されたのと同じ並びで展示されていたのにも、オオッとなりましたね。「ベートーヴェン・フリーズ」で描かれた女たちの姿は、Chapter8「生命の円環」のテーマに繋がっているのではないでしょうか。
Chapter8「生命の円環」に展示されていた「女の三世代」は、誕生と、若さと、老いと、死のすべてが一枚の絵に描かれているのですが、私はこの三人は同一人物ではないかと思いました。人物の髪や背景の装飾も美しく、個人的にはこの画がもっともクリムトらしい作品だと思っています。
昨日の今日で、購入した図説もまだ殆ど読んでいない状態なので、今後感想が変わってくるかもしれません。が、とりあえずクリムト展を見た直後に感じたのはこんなことでした。
クリムト展を出た時にはもうお昼近かったので、さくらテラスで昼食を取りました。
その後はアメ横を散策してから帰路につきましたよ。
令和!!!