僕の設計した地下鉄タイヤが遂に世界最大の地下鉄網で走行を開始しましたので、次に、「僕の人生中盤の夢!~その2」として、日本から最遠地点の地下鉄として営業されいた「チリのサンチャアゴ地下鉄」への装着を考えていました。
そこで、メキシコ地下鉄での走行実績を基にアプローチをすることで、1988年から現車投入を開始することができ、遂に日本から最遠地点の地下鉄へのタイヤ装着も果しました。
当時、チリのサンチャアゴへの渡航は最短でも「成田⇒ダラス⇒マイアミ⇒サンチャゴ」でのルートとなり、トータル34時間もの長時間をかけてのものでした。
又、日本とは季節が反対ですので、渡航時期をもっぱら5月から6月にかけての時期としていましたが、日本の春からいきなりサンチャゴの秋の気候へ飛び込むようなものでした。
サンチャゴは太平洋から約150Kmの内陸のアンデス山脈の麓の標高800mの盆地となっていますので、日本で云えば丁度「軽井沢」的な気候でした。
魚介類も豊富であり、チリワインも豊富に生産され、こだわりのある日本人の食文化をも充分に満足させてくれるものでした。
又、牛肉は長さ1mを超える長さの巨大な鉄棒の串に巨大な各種牛肉の塊を突き刺したものを炭火でジュージューと焼き、それをテーブルの傍で切り取ってもらえるものでしたので、若き胃袋をも大満足の代物でした。
このチリのサンチャゴへの渡航も7回を経験し、楽しい思い出となっています。
そこで、メキシコ地下鉄での走行実績を基にアプローチをすることで、1988年から現車投入を開始することができ、遂に日本から最遠地点の地下鉄へのタイヤ装着も果しました。
当時、チリのサンチャアゴへの渡航は最短でも「成田⇒ダラス⇒マイアミ⇒サンチャゴ」でのルートとなり、トータル34時間もの長時間をかけてのものでした。
又、日本とは季節が反対ですので、渡航時期をもっぱら5月から6月にかけての時期としていましたが、日本の春からいきなりサンチャゴの秋の気候へ飛び込むようなものでした。
サンチャゴは太平洋から約150Kmの内陸のアンデス山脈の麓の標高800mの盆地となっていますので、日本で云えば丁度「軽井沢」的な気候でした。
魚介類も豊富であり、チリワインも豊富に生産され、こだわりのある日本人の食文化をも充分に満足させてくれるものでした。
又、牛肉は長さ1mを超える長さの巨大な鉄棒の串に巨大な各種牛肉の塊を突き刺したものを炭火でジュージューと焼き、それをテーブルの傍で切り取ってもらえるものでしたので、若き胃袋をも大満足の代物でした。
このチリのサンチャゴへの渡航も7回を経験し、楽しい思い出となっています。