『 新名所、目黒川の桜 』
高橋 裕一さん 撮影
生まれて以来、疎開の時を除いて30年間目黒区に住んでいたが
桜での目黒川なんて名前は全く聞いたこともなかった。
コンクリートの擁壁の深い、幅の広い汚いドブ川という印象しか
なかったものだが。私が越してからきれいにしやがったのかな!
オスプレーは再び飛び立ち、戦闘機や武器の輸出が解禁、被災地の救済復興は遅々として進まない。
それに関して思うのだが、被災地復興援助と称して割引券を使って行楽旅行。
被災地に行って暖かい布団に寝て美味いものを食べて倒れた家を横目に見て帰る楽しい旅は、
果たして本当に支援なのだろうか。
多少のお金は地元に落ちるかもしれないが、精神的にはしっくりしない感じがして仕方がない。
政倫審では「承知しておりません」「関与はしておりません」「分かりません」「記憶のありません」
の連発で全く意味をなさなかった。政倫審の存在意義も議員らの価値も全くなかった。
日本の政治家の体質をまざまざと露呈してしまったようだ。あれではまるで幼児の如しだ。
胸を張って堂々と入場して来て、質問者を睥睨しその答弁には全く逡巡も反省も恥じらいもなく、
後ろめたさなど全く感じられない。多くの強面顔の議員達も強弁はしているが、その目をよくよく見ると
いささかの羞恥心と反省の色が見える。その点あの中では世耕なんて人にはそんな人間性が全く見えない。
政治家としては立派なのだろうが、そこには血の通った常識人としての人間らしさはなかった。
昔の森首相からの強弁と破廉恥なDNAを引き継いだような議員の何と多いことか。ああした態度はとても
一般人とか善人とか常識人には出来ないことだ。
もはや彼らは人間離れをしている。
そうした人物がたまたま政治家になったのか、政治家になったからああなってしまったのか。
親はあんな人間に育てたつもりはなかったろうに。
人間として恥ずかしくて悲しいのは、詐欺師と痴漢とこの手の政治屋であろう。
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