豊田真大のVOICE OF JOKER

僕たちはひとりではない

お金欲しい人→は~い!(爆笑)

2014-04-23 21:38:10 | 日記
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こんばんは!

人生、貧乏街道まっしぐらの豊田真大です。

もう笑えるくらい悲惨です(爆笑)

まあ、実家暮らしで両親にお世話になっているような身分ですね。

ハッキリ言って、

働かざる者、消えなさい。

じゃなかった「働かざる者食うべからず」と言われても「そのとおりです」

すいません!

と言いたい気分、満点であります(爆笑)


ちなみに「働かざる者、消えなさい」は我が出生の受動的原因、つまり母の名言であります(爆笑)

この消えなさいは、もっと酷い表現なのですが、ここに書くのが憚られるので、これでw


で、お金について、このお金にだらしない僕の話をするのもどうかと思いますので、我が尊敬するグルジェフさんの逸話をひとつ。


なんと彼は、大量の手紙を受け取っていたが、同封したお金が無い場合は捨てていた!(爆笑)

そして額が少ない場合は、子供や貧しい人にあげ、一番たくさんある手紙にだけ返信していたそうです。

マジかいなw

ということは、もし僕が同時代に生きていたとして、感動して手紙を送っていたら、速攻ゴミ箱行きだったわけです笑


彼は頻繁に職業を転々とし、お金を稼ぐのに時間をかけるのを非常に嫌ったらしい。

とにかく、アイデアと能力と行動力が、半端無いのです。

思いついたら、即行動!

しかも、その思いつきを『抜け目なく』やり遂げるだけの能力を持っている。

あっと言う間に、まとまったお金を稼ぎ、自分の探求、もしくは教育施設の設立に使っていた。

または本当に貧しい近しい人や、子供たちにあげていた。


この秘訣をグルジェフさんは『根気強さ』と『高次の力』と言っています。

そして、この能力を身につけた秘訣は、父親からの教育、なのだそうです。

小さい頃から、何かを覚えて、それを好きになり出したら、すぐに他の知らないことを教えられたそうです。

これは『結果は重要ではない』というプリウーレの方針にも反映されていたようです。

ある意味、常に能力に投資し続けていたお陰で、あの超人的な力を手に入れたのかも知れません。


あと重要な点が、お金を稼ぐのには手段を選ばなかったということです。

壊れかけの蓄音機に、自分で何やら珍しい物語を吹き込んで、それを路上で聞かせるとか、即席の修理工場を造るとか、絨毯を買ってきて、相場の高いところで売るとか、まあ言ったら、お金を稼ぐためには何でもするが、その場限りの仕事ばかりなのです。

しかし、彼の仕事は『お金稼ぎ』ではなかった。

仕事にどうしても必要な、また生活にどうしても必要なお金を、超人的な自己の努力『根気強さ』で稼いでいたのです。

正に『超努力』していたわけです。


まあ、世の中には、そのような立派な方々が、たくさんおられるわけです。

ありがとうございます!

感謝、感謝。


そして、このように『根気強く』やっていると、困ったときに『高次の力』が助けてくれると言うのです!


まあ、怠け者の僕には、程遠い境地ですが『超努力』したら、お金も稼げるということですね。

そして困った人を助けてあげられる凄い人になれるかもしれない!

あなたがです。


お前がなれよ! と言われそうですが・・・・・・(泣)

「と、とりあえず、が、がんばります・・・・・・」


現代社会では、お金は必要ですよ!

当たり前じゃないですか、

水道捻った瞬間に「はい、お金」な世の中なんですから(爆笑)

でも、お金のために仕事をしたり、お金のために人生を過ごすのは、勿体ないですね。


何が勿体ないのかは、当然わかっていますよね?


時間が!!

もったいないのですよ!


なぜなら、死は、間違いなく、大急ぎで、あなたの元にやってくるからです!

賢い人は、みんなそう、言っているからなのです。


ここで大問題が、あるのでひとつ、書いておきたいと思うのですが、なんと『引き寄せの法則』というのがあって、それによると、なんでもかんでも、潜在意識にお願いすると、手に入るらしいのです。

まあ、あれだ。

これは、普通に考えて、無理(爆笑)

なぜなら、潜在意識という場所は神が管理しているからなのです。

だから僕が例えば「キレイなお姉ちゃんと良い感じになる」とか擦り込んだとしても、神が「アホか」と言うからです(爆笑)


まあ、それはいいとして、貧乏人の、僕が、あの話を読んで、お金持ちになる秘訣と思うのは、

①アイデア

②行動力

③抜け目ない能力

④根気強さ

⑤高次の力の助け

だと、思います。

まあ実際にグルジェフさんは、何度もピンチに陥っては切り抜けてきたようですよ。

すっからかんで弟子連れてアメリカ行ったらしいから、マジで凄まじい行動力!

ここは、見習えません(爆笑)


というわけで、お金が欲しい人は、上記5点を手に入れるよう全力を尽くすべきだと思われます。


で、お金に纏わる問題というのは、稼ぐことが悪いわけじゃないんですよ!

悪いわけ無いじゃないですか、逆に、その能力に感嘆して、できれば盗みたいくらいです。

問題は、お金を何に使っているかなのです!


重要なのでもう一回、書いておきますと、

お金を、その人が、いったい、何に使っているのか、が、問題なんです。

ポイントですよ!


僕のように、飲みに出て散財している人間が、どの程度かはすぐにバレるのです(爆笑)

お金持ちだから悪いというのは、もうこれは、そんなわけないじゃんか! と言うしかない。

問題は、その人の心なのですよ。

そう。

心だったのです!!!!(爆笑)


金持ちが天の王国に入るのは難しいとキリストさんが言ったようですが、この金持ちは、金に執着しているからなのです!

お金に良いも、悪いもありません!

つまり、そこに執着している、この小さい心が問題なだけなのです!

と、自分にも言い聞かせよう(笑い)


『超努力』して『人様』のためにお金を稼いでいる人が、豊かにならないはずがないと僕は個人的には思います。


まあ、所詮は、貧乏人の意見なので、聞き流して下さい。


ごめんw



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今日からペットね、悪魔くん

2014-04-22 21:07:41 | 日記
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想念の囁きに満たされた、ブラックホールで元気に考えている皆さん!

おはようございます!


いきなりですが真実を言いますと、想念と罪悪感が、あなたなのです(爆笑)

そして僕なのです。

それが消えたら、みんな同じ存在なのです。


まあ要するに僕たちは過去の『記憶』以外は同じ存在なのです。

『苦しんだ、または熟慮した記憶』に拘っている強さが、自我の強さなのですw

まあもちろん遺伝による身体の違い、気質の違いもありますよ。

でも、これは実は自分の乗り物なのです。

閃きという『理解機能』がそこに働いていて、この閃き=自己は、みんな同じなのです。

そして心=宇宙は、本来、全員共通の愛である至福なのですが、想念と罪悪感が、そこから離れさせている。

これが、遺伝による身体の違い、気質の違いに『閃き』がくっついているから起こってくる。

のです。

なんと、その遺伝された身体、気質はプレゼントであって、自分ではないのです。

『宝船』なのです。


赤ちゃんを見てください。

3大欲求を解放しまくりですよ、あの人たちは。

3大欲求とは、もちろん、食う、寝る、やるです。

しかし、彼らは、なんと、

たるを知っているのです。

たるです。

足りているのです、満足しているのです。

ギャーと泣いて、ミルク飲んだら忘れてるんですよ(爆笑)

で、また困ったらギャーと泣く。


これです。


これが、想念が囁いたり、罪悪感でいっぱいにならない頃の僕たちなのです。

いちいち考えずにギャーと泣くのです(爆笑)


何が違うのか。

それは『自分がいるか、いないか』の違いなのです。

赤ちゃんには想念も罪悪感も、まだないのです。

もちろん赤ちゃんにしても、苦しんだ記憶は徐々に形成されつつあります。

それで時が経つに従って熟慮するようになり『賢明』になっていくのです。

遺伝した身体の違い、気質の違いもあります。

それでも、まだ想念=罪悪感が芽生える前なのであります。


腹がいっぱいになったら泣き止むのが、子供なのに、腹がいっぱいになったら『明日』はもっとうまいもん食べたいと『想念=俺』が言うのが大人なのです(爆笑)

この想念=俺が働いた状態で、何か、至福=愛に反することをすると罪悪感が芽生えるのです。

なぜなら苦しんだ記憶からくる『熟慮』というものが、大人には働いているからです。

生きるために、赤ちゃんよりも、賢明になっているのです。


では、なぜ、あなたには罪悪感があるのでしょうか?

神に対する言い訳が、心の中で燻っているのはなぜなんですか?


食べなきゃ生きていけないから、食べるのは当たり前です。

また寝なければ、これも、死んでしまいます。

性欲も無ければ、子孫も残すことができません。

愛情の交感もできませんので、もったいない話です。


さあ、なぜ罪悪感があるのでしょうか!?

なぜ、あなたは、生きることを嫌うのでしょうか?


なぜなら、そこには『至福』がないことを最早知っているからなのです。

自分本来の至福が、生きることに伴っていないことに嘆いているのですよ!


実は、これ、超絶重要な問題なのであります。

この問題が、要するに『金と女』もしくは『男と金』に纏わる、すべての原因なのです!

悪魔と神と人間のドラマなのであります。


わかりやすいように、イメージに還元して書くと、

悪魔とは『想念』です。

神とは『良心』です。

人間とは『理解』です。

これはほんとうではありませんが、なんというか真実の『代弁者』なのです。


罪悪感が生まれるのは、神が悲しんでいるからなのです!

神が悲しむのは『至福=愛』から『理解』が遠ざかっているからなのです。

『理解』が『悪魔』に近づいていくと、神は悲しんで『罪悪感』が生まれているのです。

そして、その反対に、『理解』が『良心』に近づいていくと、悪魔が神を恐れて『想念』が生まれるのです。


この敵対の鋭さは、真の人間が、つまり『理解』が成長するに従って強くなります。

もっと単純化すると『感覚的快楽』と『感情的愛』の対立なのです。

『一瞬の快楽』と『永遠の至福』とが喧嘩をしているのです。

人間は、その中間で、どちらに行くことも赦されて、自由に楽しんでいる。

この、一方に傾くと『強烈な個性』となって悪魔的人間が徐々に形成されていくのです。

まさにベルゼバブ(爆笑)

そしてまた、一方に傾くと『放棄された個性』となって、徐々に聖なる人間が形成されていくのです。


悪魔も神も、絶対にあきらめません。

遂に、ある日、神の悲しみは限界に達し、放心するのです(爆笑)

つまり罪深すぎる人ほど絶望しやすいとも言えるのであります。

だから悪人正機説があるのでしょう。

ここまで崩壊しても自分=悪魔を手放せない人が(つまり放心しない人が)死後、どうなるかは想像にお任せします(爆笑)


まあ、それはいいとして、想念と罪悪感があるということは、まだ人間として完成していない証拠なのです。

もちろん僕もありますよ(爆笑)

しかし、これはチャンスでもあります。

悪魔(想念)が囁くたびに、神(良心)が勝つように理性(理解)を働かせればいいのです。


これは単に経験の問題なのです。

何をするときにも至福と感謝を味わい続けるようにすれば、悪魔は『たる』を知るのです。

目の前の事実から逃げるのが悪魔=想念です。

明日はとか、このあとでとかやつらは言うのです。

また昨日はとか、あのときはとかやつらは言うのです。

しかし、とにかく『いまには愛はない』とね(爆笑)


こうして連想が今、この目の前の真理=至福から遠ざかると、不満が生まれて、感覚的快楽へと導かれる。

悪魔はニヤリと笑って、その餌を食べるのです。

しかし『理解』、つまり人間は何もおいしくないどころか、逆に神の悲しみを増して『罪悪感』に苦しめられているのです。

つまり、あの可哀想な弱っちい悪魔くんに、自分を差しだしてしまったのです!!!!


知っている人は、まあ、離れているのです。

ああ、また悪魔のヤツがペチャクチャしゃべっているなと客観的に冷静に見れるのです(爆笑)


こちらは平然と『囁き』を無視して、食う、寝る、やるをしてあげるのです。

ああ、餌の時間だねと(爆笑)

この時、感覚的快楽は虚しくなっている。

一時的快楽は、ほんとうに、すべてが虚しいのです!

単に生きるために必要だから、悪魔に餌を与えてやっているのです。

もはや想念という悪魔は、主人からペットになったのです(爆笑)

勝利した『理解』は悪魔を憐れんで、こう言うでしょう。

お前は、単なるアホ! とね(爆笑)

まあ猫を飼っているようなものだと思えばいいでしょう。

正に、真に、動物なのですから、やつらはね。

人間身体という動物なのです。

この動物は人生という貴重な冒険をするには欠かせないので、大切にしないといけませんが、悪魔は、それを利用して調子に乗っているのです。


調子に乗る想念と罪悪感なのです。


さあ、正体を見破りました!

これで我々、人類の完全勝利です。

グランドクロス輝く今日、遂にやりました、あとは面倒を見てあげるのみです。

平然と無視して、必要なものを、与えてあげるのです。

これが節制です。

食事と、睡眠と、会話を節制しろとラマナ・マハルシも言っています。

悪魔の与えるものは、常に、一時的だからです。


自分を明け渡す価値など鐚一文もないのです!!!!


悪魔君、君は今日から愛くるしいペットになったのだと言ってあげましょう。

「ニャー」可愛らしく鳴くでしょう(爆笑)

そうしたら悪魔君も愛してあげるのです。

節制しながらも、大切なものを守ることもできる。


大切なものは単に至福、単に真我です。

想念と罪悪感は、もはや、自らを支配する諸要素ではなくなっているでしょう。

虚しいやつらなのです!!!!


しつこい?(爆笑)




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究極瞑想伝授(無料でっせ笑)

2014-04-22 06:08:13 | 日記
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おはようございます!

朝から咳ばかりしている豊田真大くんです。


さて、みなさん、

僕は、この『死なない』が絶対に勘違いされる自信があるので、もうひとつ追記しておきます。

死なないのは至福である愛=心=僕なのです。

しかし、この僕は、僕ではないのです。

意味不明な言葉になっしまいますが、つまり、僕は死んでいるのです。

さいしょっから!

まあ、これは危険な表現ですね。

死んでないんですけど、与えられた生命を生きているわけです。

この与えられた生命というのは意識のことです。

しかし、この意識の本体は心で、この心は、つまり全宇宙は、神が管理しているのです。

だから、死ぬけど死なないのです。

自分の本体は、永遠に残るわけですが、たぶん、神様の世界では、何らかの状態変化があるでしょう。


推測ですよ!

この神様の世界では『意識の』状態変化があるでしょうというところは、

推測です。


でも意識が無くなっても、心の本体は、死なないのです。

なぜかって?

みんな共通の場所だからなのです。

共通なんですよ、この至福=愛=心=神は、自分の心であると同時にあなたの心でもあるのです。

ここでは、もう既に個人性は残っていないのです。

そこへ、神様が、閃光という形で意識をプレゼントしてくれているので人生があるのですね。

つまり、個別的、生というものを楽しんでいるわけです。

まあ、ほとんどが苦しみなわけですが、そこそこ、楽しんでいるのです。

贈り物を!


つまり、この共通の宇宙意識は死なないわけであって、これは個人意識が消滅したときに現れるのです。


さて、これを踏まえて究極瞑想です。


『放心すること!』


僕は座禅や瞑想を、まあ人より多くしたとは思いませんが、たまにやってきました。

それは自我が、消えなくてはならない自我が、自分の意識に対象化されたものを、自分じゃないかと空想する旅だったのです。

全部、自分じゃありません(爆笑)

探している、その意識、そのものが自分な訳です。

そこには想念はありません。

まあ、自分の普通の状態ですね(笑い)

ぜんぜん凄い事じゃないわけです。

豊田真大くーん、「はーい」の間にある閃きのことなのです。

この閃きは活動しているのであって、捉えようとしなくてもいいわけです。

というか、捉えようとしたら無理、一瞬過ぎる(爆笑)


で、ですよ。

まあ、この閃光は心の中に発生しているわけですが、自分が消えないわけです。

で、この消えない自分を消そうとしたら、あなた、

絶対無理!(爆笑)

なんでって、怖いもん。

怖くて、怖くて、余計に自分を意識してしまいます。

しかし、放心状態では、勝手に消えてくれるんです、自然に消えるのです。

自分は何もしていないのに消えるのです。

すると真っ白な宇宙、愛の宇宙、心の大本が、その姿を現すのです。

ここでハッと閃光が働くと消えますよ。

自分の意識が関与してはいけないのですね。

ただ、ただ、放心状態。

疲れ果てたとき、感動で心が解き放たれたとき、こうなるんです。


全力で何かをやったあとに起こるのです。


だから、この、

究極瞑想状態では茫然自失しているのです。

ショックが必要なのはこういうわけなのですね。

ショックを受けないと茫然自失しませんが、全力で本気で真剣に何か事に当たらなければ、ほんとうにショックなんか受けません。


こうなる前は、よーし、この俺が真我を発見して得てやるぞ-とか、よし、この俺が、俺を消去してやるぞ-とか、よし、この俺が、ただ座る状態に移行してやるぞーとか、しているのです(爆笑)

俺が瞑想しているのですwwwwwwwwwwww


そこに俺がいるのに、どうやって瞑想するというのでしょうか。


だから究極の瞑想は人生と完璧に繋がっているのです。

別ではないのです。

目を瞑って『俺』が別世界に移行することが、瞑想ではないのです。

放擲することなのでありました。


完全に絶望して、もう、茫然自失状態になると、自然に自分が消えているのですね。

すると、あの愛である神。

真我である心があるのです。

そこは光、いや優しい真っ白な雰囲気に包まれています。

自分自身の心なのです。

自分の自然な、なにもないときの状態なのです。


これは全員が最初っからいる場所なのですが、『俺』がいるから、そこにいないと勝手に思っているのです。

しかも、ここは全員がひとつ共通にいる場所で、自分の本体なのです。

ここは死なないが、自分は死ぬのです。

人生は続いていくのです。


しかも、何一つ変わらずに人生は続いていくのです。

だから、悟っても、何も凄くないわけです(爆笑)


だって、そのまんまが、そのまんまあるだけなのですからね。


しかし究極瞑想は、することではないですよ。

訪れるのです。

だから何かに真剣に心を込めてやっている人は、絶望して、初めて、茫然自失します。

しつこい?(爆笑)


というわけで、究極瞑想伝授のお時間でしたー!


無料でっせ(爆笑)




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心は宇宙-宇宙意識の目覚め方

2014-04-21 20:39:17 | 日記
こんばんは!

今朝は時間が無いのと、自分の居場所発見の興奮で、アホ丸出しの記事を書いてしまいました(爆笑)

みなさん、僕はひとつ、ひとつ確かめてみたのですが、結論がでました。

それは、心は宇宙です。

なんと、この全宇宙が僕たちなのです。

そして、あなたの宇宙と僕の宇宙は似ているけど少しずれている。

この宇宙は、肉体ではありませんので死なないと思います。

しかし、この中に神が何を展開させるのかは御心のみぞ知るであります(爆笑)

というか、神様は凄いですよ、皆さん。

お願いしましょう。

すべて明け渡すから教えてくださいと、お願いしますと、必ず答えをくれるのです。


無言でね(爆笑)

というか、爆笑もいいかげんうざいかな。


まあ、いいとして・・・・・・。


みなさん名前を呼ばれると「はーい」と返事をしますよね。

心でハッと気が付いて僕が呼ばれている「はーい」です。

またまた、例えば烏のカアカアという鳴き声がすると、ああ鳥が鳴いていると、心で思いますよね。

この心は、なんと自分なのです。

別に、なんと、じゃないかw

普通の話なんだけど、まあ心ってあります。

この心に想念がああだこうだと言っているのです。

あの烏は黒いとか邪悪な鳥だとか、その他、いろいろ価値観を持ち込みます。


で、この理解する働きをしているのが僕な訳です。

個人的僕です。

この個人的僕は、世界に生きていると思っていますが、実はですよ!


心の中に生きているのです(爆笑)


自分の心の中で、あれこれ、動いたり価値判断したりしているのです。

しかも、実は、これ、動いてないんです。

あの直感というか閃光というか、まあハッの時に反応している僕個人は動いてない。

一歩も!

まあ、これは知っていたけど、動いてないのが閃光だということは新発見なのです。

しかも、この閃光(僕自身)は、いつもいるわけじゃない。

呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンなのです(爆笑)

それなのに、自分はいつもいると個人的に存在していると思っているのです。

まあ、それはいいとして。


この閃光にスクリーンが張り付いているんですね。

うん。

心です。

そう!

心だったのですよ!!!!


みなさん自分の心がどうやって存在していると思いますか!?

自分自身の心です。

どうやって、そこに心が在るのでしょうか??

考えてみたら不思議ではないでしょうか。

心を自分で作ったわけではないのに、心があるのですよ。


まあ、みんな、そこは罪悪感でいっぱいなんではないですか?

なんで罪悪感でいっぱいなのでしょう。

自分自身の心って、誰が、作って、管理していると思いますか?


さあ、もうわかりましたね。

そう!

もちろん神なのです。

心=宇宙を管理しておられる神様だったのですね。

だから神にはすべてバレバレなのです(爆笑)

こっそりやっちゃった、あのことも、このこともぜーんぶ、知ってるんですよ(笑い)

ここで、この神は悲しんでいるのです。

すると、罪悪感がぼわーっと沸いてきて、さっきの閃光である、個人的僕はそれに気が付いているのです。

しかあああし。


ここでカノ有名なる『想念』さんが、ささやくのです。


「バレなきゃいいじゃん」とね(爆笑)


この想念と罪悪感が、一体となって、微妙にずれた宇宙にくらしているのが、僕たちなのです。

本来はひとつの宇宙=心なのに、あの人、この人、僕彼らで違う宇宙にいるのです。

ひとつの宇宙は至福である愛なのです。


うーん、ここまで書いてきて、これはもう完全に誰にも伝わらないんじゃないかと思う(爆笑)


で、何が言いたかったかというとですね。

烏が鳴いてるのも、コーヒーの味がするのも、まあ、超キレイなオネーチャンも、ぜんぶ、自分の心の中に生活してるんですよ!

ぶっ(爆笑)

というか、全部、自分なんです。

なにもかも自分の自作自演映画をやっちゃっているんです。

この自分は「エロイこと考えている僕」じゃなくて、自分の心のことです。

心がやってるんです、すべて。

そこに僕という閃光が参加しているのです。

まあ閃きが身体にくっついているのですね。


そして、この閃き=悟りは、全員が最初っから、そこにいる場所なのです。

しかも、この宇宙=心は、神であり、この神の中で、自分たちが遊んでいるんですよ。

言い換えれば、自分の心の中で、自分の意識が戯れているのです。

ね、あほらしいでしょ(笑い)


全員、これを自然にやっているのに、分離してるとか勝手に思って、喧嘩してるんですw

自分の心の中で喧嘩してるんです。

死んだりしてるんです笑


まあ、いつまでも書き続けられそうだけど、纏まり無いし、この辺りで~。


また次の記事で書くね。

な~んだ!(ガックシ)

2014-04-21 07:27:53 | 日記
おはようございます。

今日は喜ばしい福音が溢れていますね(爆笑)

昨日はなんと、現代の覚醒者の花岡修平さんが僕の話を聞いてくれました。

質問してくれた人には、みなさんに答えてくれてるのかな。

たいへんな労力だろうなと思います。

感謝、感謝。


なんか、嫁さんが、チャミグリとかいうのに嵌ってYouTubeばっか見てる。

悟りまくってるな(爆笑)


まあ、それはいいとして、花岡さんのお話聞いて、昨日からマジ真剣に足掻いていた僕。

今朝、風呂入ってたら気づきました。

あ、僕って悟りじゃん(爆笑)


あ~、こんだけのことかー。

ある意味、ガックシ(笑い)

なんで覚醒した人が、他の人に教えないのかわかりました。


それは、

なんと、

たいしたことないからなのです(爆笑)

あかん、笑える。


つまり、僕の嫁さんも、会社の人も、好きな人、嫌いな人、みんな覚醒してるんですね。

さいしょっから!!!!

というか、去年生まれた、我が息子、悠聖も悟っていらっしゃる(爆笑)

なんだ、普通の状態のことだ。


理解のことだ。

それで、僕の身体も何もかも、烏の鳴き声も、音楽も、パソコンも、なにもかも、ある意味僕だ(爆笑)

ぜんぜん凄く無いじゃないか、悟り!

当たり前の状態wwwwwwwww


こらあ、あれですな。

あんた、悟ってんのに悟りたいって誰が言ってんの?

っていう、気軽な感じだったのかも知れんw

昔の覚醒者。

まあ、ほっとけ、ほっとけ。

どうせ、悟りに気が付くでしょ、そのうちー、みたいな?(爆笑)


というか、興奮して、さいきん書きまくってたのが恥ずかしいなw

なにせ、あなた、みんな覚醒者なんだから、今から新しい宗教なんか出てきたら困りますがな。

新たな牢獄だ。


あー、だからクリシュナムルティが、宗教なんかいらん、目の前に今も展開してんじゃん、俺の理解ってことが言いたかったんだろうな。

別に痛いし、死ぬし、何が起こるか未来もわからんし、超人的にも成らないし、ただ、これ、生まれたまんま、いや生まれる前からずっとこれ。

生まれても死んでも、たぶん、これ。

単なる至福、単なる真我。


理解ですがな、理解。

ああああああ、マジで花岡さん、ありがとう。

またお礼書いとかないとや。


単に俺の普通の状態やんかいなー。

想念攻撃を社会やら大人がやるから、普通じゃないとなる。

対象に探しても見つからない。

俺、以外のなにものでもない。


だから、私は在るというか。

うーん『俺、最初っから俺やンとなる』(爆笑)

在るなのかなあ。

在るって書くと、なんか身体感覚的にイメージするよね。

ある、うん、まあ、あるなんだけど。

いるでもいいんじゃない?

いる、さいしょっから!

さいごまで!

最初も最後もあるかないか分かんないけど気にしないよ、みたいな。


ってことは、まあ、やっぱり、

人生は贈り物って言葉は、ほんとうに真実の言葉だね。


みんな死ぬよ。

でも、死なない(爆笑)

死ぬけど死なない。

だって、俺は、すべてに、いや、すべてと同じだからだ!