高辻課長は山川君を呼び寄せてこう言いました 。
「今夜の勘定は俺が払うから気にせずやって来れくれ 」
「それと彼女は市内じゃあないからタクシーで送ってやれよ」
それだけ言うと山川君にタクシーチケットを渡しました。
「はぁ…」何かを言うつもりでしたが、何を聞けばよいのか…直ぐに思い付きません。
ペコリと頭を下げると「頑張れよ♪」パンと肩を叩かれ山川君はもう一度頭を下げていました。
それから・・・二人は借りてきた猫・・・(ちょっと古い言い方ですか)みたいにじっと座り込んでいました。お店のほうは心得たもので(・・と言いますのがこの時代、このようなぎこちないカップルには皆が暖かい目で見守っていたのです。) 適当に料理を運ぶ以外には立ち寄らないでいました。
山川君はしきりにタバコを吸っては消し、又吸っては消しを繰り返しているだけで気の利いた台詞なんか出せる状態じゃあありません。単発に「今日はなんだか暑いねぇ」「ええ・・・」「最近仕事忙しい?」「いえ、あまり・・・」「俺もそう忙しくなくて・・・」「・・・」ただ灰皿だけが見る見る間にいっぱいになっていました。やがて・・・時間は過ぎて、(こうなると女のほうが厚かましく出来ているのでしょうねぇ(^^)モジモジして煮え切らない山川君に「私そろそろ帰らなきゃあ」「おっ!もうこんな時間か」我に返った山川君(笑)高辻課長からレクチャーどおりに言いました。「送っていくよ」「ありがとう、でもまだ早いから大丈夫です」なるほど・・時計はやっと八時を過ぎたころでした(^^)
井上さんは座り直しながらおかっぱ髪をサラリとなで上げます。その仕種が妙に色っぽく見えたのです。
何かの行為を終えた後の水商売系の造作に似ていましたが、初心(うぶ)な山川君は気がつきませんでした。むしろ新鮮に映っていたのです。
このとき瞬間的に山川君は恋をしました。たぶん井上さんは気がつかなかったでしょうが、男はこんな謂われないところでふと嵌(はま)ってしまう生き物でした。
「あの・・今度の休みに映画見に行かない」帰り際に山川君は思い切ってアプローチをかけました。在り来たりのセリフですが、この際映画でも魚釣りでも何でもよかったのです。
「はい、」うつむき加減のまま井上さんはうなずきました。(^^)
「じゃあ、又会社で・・・」#なにが会社か分かりませんが要するに詳細は連絡する。ということでしょうね(^^)#ああ携帯があったらメールかなんかで済ませるものを・・・
「おやすみ」「おやすみなさい」居酒屋の前で二人は別れました。
その姿を少しはなれたところでじっと見ている人影がありました。