ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

農夫と鷲~イソップ寓話集から

2016年03月26日 18時56分34秒 | 本の中から
ある農夫が罠にひっかてた鷲(ワシ)が見てほどいて自由にしてやった。
その後、この農夫がたまたま、いかにも崩れそうな塀の下に腰を下ろしていた。
それを見た鷲は、農夫の頭の鉢巻きを飛んで行って奪い去った。
「こらぁ~!まて~!!」農夫は鷲を追いかけると、後ろで大きな音がする。
さっき座っていた塀が壊れたのだ。
そこで初めて分かった、鷲が自分の命を助けてくれたことを。

そこで教訓、情けを受けたら恩返しをしないといけない・・・
情けは人の為ならず。

これは古今東西言えることだよね・・・
と思いつつも、これって単に願望じゃない?
「情けは人のためならず」ではなく
「恩を仇でかえす」のが古今東西もっと普通に行われてきたのじゃない?

(教訓)
情けは人の為ならず・・・
だったらいいなぁ・・・
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(兄弟げんかをする)百姓の息子たち~イソップ寓話集から

2016年03月26日 18時08分11秒 | 本の中から
ある百姓の息子たちがよく兄弟げんかをした。
いくら言って聞かせても治らない。
そこで息子たちに薪の束を持ってくるように言った。
そして薪を束ねたままで折ってみよといった。
でも息子たちはどうしても折れない。
そこで薪を1本ずつ与えるとみな簡単に折ることができた。
そこで「息子たち心を合わせていれば決して敵に負けることはない。
でも喧嘩をしていればすぐにやっつけられるだろう」

・・・この話、聞いたことがあるような話。
そう、毛利元就の3本の矢。

元就が臨終のとき3人の息子たちに言って聞かせた。
3本束ねた矢を折ってみろと。
でもだれも折れない。
1本だとみな簡単に折った。
このようにこれからは3人で力を合わせて毛利を守って行けと。

そこで疑問に思う。
この3本の矢の話、イソップ物語のパクリではなかったかと?
権謀術策により守護大名・大内氏を駆逐して中国地方を制覇した毛利元就、
その元就にしては恰好のいいこの3本の矢の話。
これがパクリだとしたら納得できるのだ。
そう、元就は(兄弟げんかをする)百姓の息子たちの話を知ってたのではないか?

大内氏は大内義隆のころフランシスコ・ザビエルに領地でのキリスト教の布教を許した。
このとき布教の手段としてイソップ物語も使われたのではないかと思われる。
後に天草で活字本による(キリシタン版)「伊曽保物語」が出版されたのを見ても大いにありうることだ。
きっと山口ではイソップ物語の話は意外とみんなに知られていて、元就もその話を知ってたのではないか?
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狐と葡萄の房~イソップ寓話集から

2016年03月26日 10時03分57秒 | 本の中から
腹を空かせた狐が葡萄棚から垂れ下がった葡萄の房をとろうとしたけど、届かない。
そこで独り言、
「あれはまだ熟れていないんだ」

これは狐が悔しまぎれに言ったこと・・・
自分の力が足らないのを他のせいにすること・・・だと一般に思われてるけど、
むしろ軽口、軽いのり、と受けとめたい。

(教訓)
何ごとも無理は禁物、あきらめが肝心。

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