8/9 朝 蝉に踏んだらしょうちしないぞって言われた
朝買い物に行った
もう8時過ぎだ。
地面にいろんなものが落ちている。
ふと見たら蝉だ。
横を通りながらチラっと、でもじっと見た。
ゆっくり動いている。
そうしたら蝉からの強い圧力。
踏んだらしょうちせんで!!
踏むわけないだろう!
8/9 私の料理の話 まずナスのサラダ
薄切りにしてちょっと塩を入れてシナとさせる。
左手で塩のびんを持って、パッと投げかけたら
パラっと塩がナスのカットした袋に入った。
簡単にもんで、袋の口を結んで1日忘れてしまった。
水をきって、袋から容器にナスを出す。
オリーブ油、酢、七味なんかかけてから
だし汁をちょっと入れた。
塩を入れすぎたのか、時間を置きすぎたのか
最後のだし汁が多かったのか
サラダにしてはしょっぱくて
次にナスが来たら、今度はもっと慎重に作る。
夏はナスのサラダ、いいよ。
珍しく残りのジャガイモで味噌汁を作った。
1個しか残ってなかったので、タマネギも入れた。
タマネギの味噌汁なんて考えられない。
タマネギ帰国してから食べられるようになった。
タマネギのみじん切りを炒めて、ピザ生地の上に置いたの
おいしいのだけど、それ以外は好きじゃなかった。
タマネギが食べられるようになって食べられるものが増えた。
肉じゃがも食べられる。
肉じゃがは作ったことない。
テレビで見ると、男の胃袋をつかむために出てくる料理の
一番が肉じゃがだけど、
男はなんであんなもの好きなんだろう?
関西の友人は肉じゃがに牛を使うけど
東京では豚だよね。
8/9 原爆投下の日 広島 長崎
母は戦争中、学生だった。
看護婦を目指していた。
アルバイトで陸軍のなんとかってところで働いていた。
おじ(母にとってのおじで、私との位置関係はもうわからない)
のおかげで、陸軍に関係したところで働けた。
給料だけでなく、労働条件もよかったみたい。
母は破傷風のワクチンの研究室にいたとか。
原爆投下の日、母が何をして何を思ったのか知らない。
一度も話したことない。
普段は戦争中のことだけでなく
若かった日のことを話すの好きだったけど。
私は母の繰り返しのおしゃべりは聞きたくなかった。
戦争中の話は無残であり、私にとって非現実的であり
思い出したくない話だった。
でも昨日バンキシャで戦争体験者の話を聞き、書き留め、
それを話して受け継ごうとする若い人々を見た。
戦争の醜いサイドを伝えることによって
戦争を二度としないことに結びつくのかもしれない。